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20. ロイヤルゲーム

 

「他には?」

「あ、オペラが見たいです」

「オペラ?さすがに見たことあるだろ?」

「あ……その、そう、なんですけど……」


 婚約者だというのにともに観劇したことは残念ながらなかったものの、オペラの劇場へと足を運ぶセラフィーナの姿を、アルバートは何度も見たことがあった。

 隣には、必ずといっていいほど、父のオールディス公爵が居たのを、アルバートは今でもよく覚えている。


「その、父が決めた演目しか見たことなくて……最近の流行りの演目というよりは、その……」


 そこまでで、アルバートはなんとなく理解してしまった。

 セラフィーナが見たものは、オールディス公爵が王太子妃、そしてゆくゆくは王妃となる人間が見ておくべきと判断した、歴史的な演目ばかりだったのだろう。

 となると、貴族令嬢の間で話題になるような、恋愛をモチーフにした演目には縁がなかったのかもしれない。


「そっか。じゃあ、今度、セフィの見たい演目があったら、見に行こうか」

「はいっ」


 嬉しそうに笑うセラフィーナに満足しながら、アルバートはペンを走らせる。


「他に、思いつくものはある?」

「海、見てみたいです。絵では見たことあるんですが、実際には行ったことなくて、あ、船にも乗りたいです、あと釣りも……っ」

「海かぁ、確か海の近くに王室所有の別荘があったはず。確か船にも乗れるよ」


 小さい頃、アルバートは行ったことがあったはずだ。

 あまりに幼い頃なので、うっすらとしか記憶にはないけれど。


(セフィは、旅行なんてしたことないだろうしな……)


 海だけではなく、せっかくなら他にもいろいろ遠出させたい、そんな思いも沸き上がる。


「釣り、は僕もやったことないな。釣った魚とか、食べられるのかな?楽しみだね」


 釣りに詳しそうな人物をあれこれ思い浮かべながら、アルバートはまたペンを走らせた。


「あ、それなら、お料理も……っ」

「料理?セフィが作るの?なら、僕はそれ、食べたいな」

「え、あ、えっと……」


 上手くできるかわからないから、食べさせるのはさすがにちょっと、とセラフィーナは思った。

 だが、うきうきとした様子でペンを走らせるアルバートを見ていると、何も言えなくなってしまう。


(せめて、問題なく食べられるものが、できてくれるといいのだけれど)


 あまり器用でないという自覚はある。

 特別おいしいものをという、高望みは決してしないから、胃薬が必要になるような事態だけは避けたい、セラフィーナは心の底からそう願った。


「あとは?」

「え?えっと……」


 まだまだ、たくさんあったはずだ。

 それなのに、あらためてこうして訊ねられると、全部出てこない。


「大丈夫だよ、セフィ。今、全部言わないといけないわけじゃないから」


 他には何があっただろう、と必死な様子のセラフィーナを落ち着かせるように、アルバートはその頭を撫でた。


「また、思い出した時に教えてくれる?」

「それで、いいんですか?」

「もちろん。その代わり、思い出したら、すぐ教えてね、約束」


 そっと小指を差し出すと、セラフィーナは少し戸惑ったようだったが、同じように小指を差し出してくれた。

 きっと、何かをしている時に思い出すだろうし、何かの拍子にやりたいことも増えるだろう。

 しっかり指切りをして、アルバートは手帳がさらにセラフィーナのやりたいことで埋まっていくのを、楽しみにした。




(どうして、こうなってしまったんだろう……)


 セラフィーナは、最近、こう思うことが多くなってきているような気がした。


(確かに、わたくしがやりたい、と言ったのだけれど)


 目の前のテーブルには、チェス盤とトランプ。

 先日、セラフィーナがやりたいと言ったばかりなので、それに不満など微塵もない。

 問題は、目の前に座る人物である。


 アルバートはもちろん、今回も一緒にやるのだと思っていた。

 これから仲良くなれたらいい、とはアルバートだけでなくセラフィーナも思っている。

 当然、そこにも不満など微塵もない。


 だが、その隣ににこにこと座る人物たちには、問題しか感じなかった。

 てっきり、かくれんぼの時のように、メイドや執事が招集されるのだと想像していた。

 だが、そこに現れたのは、なんと国王夫妻だったのである。


(国王、王妃、王太子が並んでトランプやチェスをやろうなんて……)


 国のトップといえど、常に国政に励んでいるわけではないし、息抜きの時間くらいはあるということはわかっている。

 だが、いつかこうして並んでともに国政を論じる日が来るだろうと思っていた日々があっただけに、国の将来が少しだけ心配になってしまうセラフィーナであった。


「トランプなんて、久しぶりだわ」


 そう言いながら意気揚々とカードを切り出したのは王妃だった。


「トランプが終わったら、是非チェスの対戦もお願いしよう。こう見えて、私は結構強いんだよ」


 得意気に胸を張る様子は、失礼かもしれないが、幼い姿のセラフィーナから見ても少々子どもっぽい仕草に映った。

 おそらく、アルバートも同じような感想を抱いたのか、父の様子を見て苦笑している。


「セフィは、チェスはじめてでしょ?その時は僕とペアでやろっか」

「あら、それがいいわね」


 初心者の小さな女の子相手に、手加減を忘れてしまいそうだから、と王妃がからからと笑う。


(こんな風に楽しそうな王妃様、久しぶりな気がする)


 いつの間にか厳しい目ばかりをセラフィーナに向けるようになってしまった王妃も、セラフィーナが幼くなってからは優しい目を向けてくれるようになった。

 それでも、これほど楽しそうな姿を目に機会は、未だなかった、そう思うほど今日の王妃の声は弾んでいるように聞こえたのだ。


「わ、私だって、手加減くらいは……っ」


 とてもこの国の権力者とは思えない、威厳というものが抜け落ちてしまったかのような国王の声。

 王妃とアルバートが笑い出し、それにつられるように、気づけばセラフィーナもくすくすと笑っていた。




 最初にやったトランプを使ったゲームは、王妃に簡単だからと薦められたオールドメイド。

 持っているカードからペアとなったものを捨てていき、ペアのできないジョーカーを最後まで持っていたら負けというわかりやすいルールだった。

 頭を使う、というよりは、運要素が強いとセラフィーナは感じた。

 やたら、国王にジョーカーが行きがちだったようにも思えたが、勝っても負けてもセラフィーナは楽しかった。

 ただ、ジョーカーを持つ国王はあまりにわかりやすいので、やっぱり少しだけ国の将来を案じてしまったけれど。


 次にやったのは、神経衰弱。

 これは、セラフィーナは覚えるのが得意そうだから、とアルバートが薦めてくれた。

 ペアを作っていくのはオールドメイドと同じだが、こちらはカードの場所をおぼえているかどうかが鍵になる。

 運よく覚えていなくともペアが作れたりすることもあるが、枚数から考えて確率はかなり低いだろう。

 アルバートの予想通りセラフィーナは1度開いたカードの位置は忘れることなく、途中シャッフルさえされなければ、全てあてることができた。

 申し訳ないと思いつつもほぼ一人勝ちとなってしまったこのゲームは、セラフィーナ自身、向いているかもしれない、と思ったのだった。


 最後にやったカードゲームは、国王が薦めたポーカーだった。

 どうやら、自信があるらしい国王は、チェス同様に得意気に胸を張った。

 頭もかなり使うけれど、運も必要だ、セラフィーナがそう感じたこのゲームはほぼ国王の一人勝ちで終わった。

 終わった後、ポーカーフェイスが大事なのだと得意気に語る国王を見て、セラフィーナはなぜそれがオールドメイドでは発揮されなかったのかがただただ不思議でならなかった。


「セフィ、楽しかった?」

「はい、とっても」


 最初は目の前に座る王族の面々に多少委縮気味だったセラフィーナも、気づけば時間を忘れるほど楽しんでいた。

 時計を見て、思っていたよりも時間が過ぎていたことに、驚きを隠せない。


「チェス、どうしよう?また、今度の方がいいかな?」


 思いのほか楽しかった所為か、予定以上に時間を使ってしまったようだ。

 アルバートの言う通り、別の機会でもいいのかもしれない、とセラフィーナも思った。

 だが、視界の端に、あからさまに落胆する国王の姿が映り、苦笑を禁じ得ない。


「ちょっとだけ、やってもいいですか?」


 そう問えば、アルバートが了承するよりも早く、国王の顔がパッと輝く。

 セラフィーナは思わず笑いだしてしまうのを耐えるのに必死だった。

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