16. 思い込み
(やっぱり、かわいい。あの時のセラフィーナにも作ってあげられてたら、きっとかわいかったんだろうな……)
口元に手をあて、未だ過去を思い出そうとしているらしいセラフィーナと、かつてのセラフィーナの姿を重ねてみる。
そこで、アルバートはふと、あることが気になった。
(セフィの言葉遣い、以前はここまで拙くなかったような……?)
といっても、かわいいと思っていた舌っ足らずな喋り方も、今はすっかり消え去ってしまったのだけれど。
1度目のはじめての出会いよりも、2度目のはじめての出会いの時の方が、話し方がより幼かったような気がしたのだ。
精神的には今の方がずっと大人だと考えると、不思議だと思わずにはいられなかった。
「ねぇ、セフィってさ、以前はそこまで舌っ足らずな喋り方、してなかったよね?今回は、どうしちゃったの?」
何か理由があるのかもしれない、そう思って訊ねてみた。
すると、何か思うところがあったのか、セラフィーナは勢いよく顔をあげてアルバートを見た。
「やっぱり!!」
「え?」
「やっぱり、わたくし、以前は普通に話せていましたよね!?」
「えっ?えーっと……」
やはり、かつてアルバートと同じ6歳だった時のセラフィーナは、自分の言葉がたどたどしいだなんて微塵も思っていなかったらしい。
おかしいと思った、なんて言っているセラフィーナに、事実を話すべきかどうか、アルバートは少しだけ悩んだ。
「わたくしにも原因はわかりませんが、なぜだかこの姿に戻ってから、ずっと上手く喋れなかったんですの……」
セラフィーナが普通に喋れるようになったのは、つい最近のこと。
それまで随分と苦労をして大変だったようだ、とセラフィーナを労う気持ちもアルバートにはあった。
けれど、やはり昔は流暢に喋れていたと思い込んでいるらしいセラフィーナを見ていると、アルバートは笑いが込み上げてくるのを止められなかった。
「ど、どうして笑うんですか?」
セラフィーナはどうにも居たたまれなくて、アルバートに問いかけた。
すぐに、アルバートはごめん、ごめん、と謝ってきたけれど、あまり悪いと思っているようには感じられなかった。
「残念だけど、以前も君が思ってるほど、ちゃんと喋れては、なかったんだよ」
「う、嘘……」
記憶を思い起こしてみても、セラフィーナの記憶の中では幼いセラフィーナは普通に喋れている。
それが全て自分の思い込みだったと思うと、一気に恥ずかしさが込み上げ、セラフィーナの顔は真っ赤に染まった。
「まぁ、今回ほどじゃ、なかったけどね」
そんなアルバートの言葉も、セラフィーナにとってはなんの慰めにもならなかった。
どうしてあれほど喋り辛かったのだろう、そう考えると、自然と手が口元へと向かう。
「ひょっとして、今回の方がちゃんと喋れてないってわかる分、変に力が入ったりしたのかな?」
アルバートは何気なく呟いた一言だったけれど、セラフィーナはそうかもしれないと思った。
侍女の名前すらまともに発音できなかったことに戸惑い、次はしっかり言葉を発しなければと意気込んだ。
だが、思い返せば、そうして力が入れば入るほど、上手く喋れていなかったような気がしてならない。
結局普通に喋れるようになったのは、上手く喋れないものは仕方がないと、上手く喋ろうとするのを諦めてしまってからだった。
(ということは、何も考えなければ、もっと自然に話せていたのかしら……)
つまり、一人で空回っていたようだ。
そう考えると、恥ずかしさはさらに増していき、セラフィーナが穴があったら今すぐ入りたいと思った。
「原因はどうあれ、結果的には、よかったかもね」
「えっ?」
セラフィーナとしては思い出すたびに恥ずかしくて、全然全く良いとは思えなかった。
だからこそ、アルバートの言葉に、ついムッとしてしまう。
「自分が幼くなった、って自覚できるでしょ?」
そう言って頭を撫でてくる手が、ほら小さいでしょう?とでも言っているような気がして、中身は立派な大人なのだと主張したくなるのをセラフィーナは必死に耐えた。
「以前とは違って、セフィは僕よりずっと小さいんだよ。だから今回は、もっと自由に好きに生きていいんだ」
アルバートはとても大切そうに、セラフィーナの髪を一房だけそっとすくい上げた。
(今度はきっと、君の自由を僕が守ってみせるから)
アルバートとセラフィーナには、現在10歳の年齢差がある。
セラフィーナと同じ年齢だった時にはできなかったことでも、今のアルバートにならできるということはきっとたくさんあるはずだ。
そして、これから先、セラフィーナがどれほど成長しようとも、この年齢差が縮まることはない。
5年後も、10年後も、その先も、きっと10歳年上の今のアルバートだからこそ、セラフィーナのためにできることがあるだろう。
また、すでに王太子位であることも、きっと助けになってくれるはずだ。
少なくとも、アルバートはそう信じている。
「殿下、あの……っ」
「アル」
「う……っ、あ、アル……」
セラフィーナはどうしても殿下と呼んでしまい、アルバートはどうしてもそれを許してくれない。
呼びにくさを覚えながらも愛称を口にするセラフィーナは、この呼び方に慣れる日が訪れてくれる気がしなかった。
「どうして、あまり、驚いていないんですか?」
ずっと、セラフィーナが気になっていたことだった。
時間が巻き戻り、さらには同じ歳だったはずのかつての婚約者が10歳も幼くなったというのに、アルバートはそれほど驚いた様子を見せなかった。
むしろ、驚くほどすんなりと、今の小さなセラフィーナを受け入れてしまった。
それほどすんなりと現状を受け入れられたわけではなかったセラフィーナからすれば、不思議で仕方がなかったのだ。
「あー……うん、まぁ、多少は僕も驚いたんだけど、どっちかっていうと、ああ、こうなったんだって気持ちが強くて……」
それはまるで、結果がこうなるとは予想していなかったけれど、何かしら不可思議なことが起きることは、予想していたかのようだ、とセラフィーナは思った。
「もしかして、でん……あ、アルは、こうなったことに、何かお心あたりが?」
殿下、と呼びかけて、セラフィーナは慌てて言い直した。
呼び方を毎回注意されてしまっては、話が先に進まなくなってしまうと思って。
だが、アルバートはそんな言い直しを気にする余裕がないくらい、困ったような表情を浮かべている。
「その……、怒らないで聞いてくれる?」
セラフィーナは、当然だと言わんばかりに頷いてみせた。
相手は、王太子である。
セラフィーナは元々、よほどのことがなければ、たとえ怒りを覚えたとしても本気でアルバートに怒るようなことはないだろう。
「この現象、たぶん、僕の所為かなって思ってるんだ」
「ええっ!?」
セラフィーナの驚きの声は、本人の予想以上に大きく響き渡った。
「い、いったい、どういうことですか!?」
あまりの驚きに、セラフィーナは我を忘れてアルバートに詰め寄ってしまう。
その際に、アルバートに貰った花冠がぽとりと落ちてしまったけれど、セラフィーナにはそれを気にする余裕もなかった。
時間が巻き戻ってから今までで、一番の驚きかもしれないとセラフィーナが思う一方で、アルバートはやはり困ったような表情を浮かべていた。




