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15. 花冠の思い出

 

「どうして、ここに来たんですか?」

「んーそれはね……」


 アルバートはそこで言葉を切ると、手に持っていたものを、ひょいっとセラフィーナの頭にのせた。


「セフィに、花冠を作るためだよ」


 セラフィーナの頭上にあるので、セラフィーナはその形状を確認することはできない。

 だが、アルバートの言葉から、今頭の上にのせられたものが、花冠であるということはすぐに理解できた。


(いつの間に、作っていたの!?)


 突然連れて来られた花畑や、要求された呼称にセラフィーナが狼狽えている間に、アルバートは花冠を作り終えてしまったらしい。

 とても器用だと、セラフィーナは思った。


「ずっと、作ってあげたいって、思ってたんだ。やっと叶ったよ」

「え……?花冠なら、前にも……」

「あの時はまだ、思い出してなかったからね」


 アルバートは、はるか遠い昔のことでも思い出すかのように、セラフィーナとはじめて会った時のことを思い出した。






 アルバートとセラフィーナの、1度目の出会いは、2人がともに6歳の時である。

 婚約者になる女の子が来るから迎えに行くようにと母に言われ、アルバートは両親とともに王宮を訪れたセラフィーナを出迎えに行った。

 そこに立っている少女は、背の高さこそアルバートとさして変わらない、見るからに6歳の幼い少女だった。

 しかしながら、纏う空気や仕草の一つ一つが、妙に大人びて見えて、アルバートはとても同い年だとは思えず狼狽えたのを今でもよく覚えている。

 スカートをつまんでお辞儀する姿など、大人のそれと変わらないように思えて、何もかもが完璧な少女に思えた。

 しかし、そんな中、アルバートは彼女の中に1つだけ、欠点を見つけた。


『はじめまちて。わたくちは、せらふぃーな・おーるぢすともうちます』


 アルバート自身も、アルバートが知る同年代の子どもたちも、ほとんどが問題なく言葉を発することができる。

 だが、セラフィーナは周囲の比べると少し舌っ足らずで、たどたどしい話し方をしていた。


(話すのは、あまり得意じゃないのかな。かわいい)


 唯一見出した欠点は、決してアルバートを不快にさせるものではなく、むしろそれまで完璧で近づき難いと思っていたセラフィーナに対して好印象を抱かせるきっかけとなるものだった。




 婚約の話は、ただ2人の承諾を得るためだけのもので、あっという間に終わってしまってアルバートは拍子抜けした。

 その後、アルバートは王妃にセラフィーナに王宮を案内するように言われ、セラフィーナを連れて外へ出た。

 当時はセラフィーナともっと仲良くなるためにそう言われたのだと思っていたが、今思えば大人は大人で話があり、子どもを追い出したい意図もあったのかもしれないとアルバートは思う。

 女の子と交流した経験はほとんど無いに等しかったアルバートは、どこを案内するか悩みに悩んだ結果、王宮にある花畑にセラフィーナを連れていった。

 きっと女の子なら好きだろう、そう思ってのことだったが、セラフィーナが困ったように立ち尽くしているのを見て、失敗だったようだとアルバートは落ち込んだ。


『ごめん、ここ、嫌だった?』


 不安に駆られながらもそう問えば、セラフィーナはすぐに首を横に振ってくれた。

 それから、すとんと腰を下ろして花を摘みはじめたので、アルバートも慌ててその隣に座った。


『何、してるの?』

『はなかんむりを、ちゅくるんでしゅ』


 やはり話し方は、たどたどしい。

 けれど、セラフィーナ自身は、ちゃんと話せていると思っているようだ。

 堂々と言葉を発するセラフィーナを見て、アルバートはそう感じた。


『花冠、作れるの?』

『ちゅくったことは、ありましぇん。でも、ごほんでちゅくりかたを、みたことがありましゅ』


 だから、大丈夫なのだとセラフィーナは言いたいようだったが、アルバートは一抹の不安を覚えた。

 そして、アルバートの不安は的中したようで、どれほど時間が経過しようとも、セラフィーナが花冠を完成させることはなかった。


(ああ、落ち込んじゃった……)


 花冠にならなかった花を抱えてしょんぼりするセラフィーナを見て、アルバートは代わりに花冠を作ってあげたいと思った。

 だが、この時は、残念ながらアルバートは花冠の作り方すら知らなかった。




 その日、アルバートはセラフィーナと別れてすぐに、花冠の作り方が載っている本を探した。

 しかしながら、アルバートも本で見ただけでは、花冠を上手く作ることができなかった。

 見かねたメイドたちに手取り足取り教えてもらいながら、何度も何度も練習し、アルバートはようやく一人で花冠を作れるようになったのだ。


『やった!これで、セラフィーナに作ってあげられる!』


 ただ、完成させられるだけでなく、できるだけきれいに作れるようにと、何度も何度も繰り返すうちに、アルバートは花冠だけではなく首飾りまでも作れるようになっていた。

 きっとセラフィーナも喜んでくれることだろう、そう思ったアルバートはすぐに王宮に来ているはずのセラフィーナを探すべく駆け出した。


(セラフィーナ、驚くかな。セラフィーナも作りたいって言ったら、その時は僕がセラフィーナに教えてあげなきゃ)


 そんなことを考えていると、ちょうどセラフィーナの姿が見えて、アルバートは急いでセラフィーナに駆け寄った。


『ねぇ、これから時間ある?ちょっと付き合って欲しいんだけど』

『申し訳ありません。課題がまだ終わっていませんので、またの機会にしていただけますでしょうか』

『え……あ、うん。ごめんね。また、今度誘うよ』


 うきうきとしながら声をかけたアルバートとは対照的に、セラフィーナはにこりともしなかった。

 アルバートがかわいいと思っていた、たどたどしい話し方もいつの間にか消え去り、今やアルバートよりもずっと流暢な喋り方になったように思った。

 何もかもが完璧になってしまったようで、アルバートはセラフィーナがとても遠い存在になってしまったような気がした。

 その後、アルバートは日を変え、何度かセラフィーナを誘ってみたが、セラフィーナの返答はいつも同じだった。

 もしかすると、アルバートが強く言えば、セラフィーナは付き合ってくれたのかもしれない。

 けれど、いつ見ても、セラフィーナが疲れ切っているように見えて、アルバートは結局、セラフィーナを花畑に誘うことを諦めてしまったのだ。






「まさか、こんなに時間がかかるなんて、思わなかったなぁ……」


 花冠をのせたセラフィーナを見ながら、アルバートはしみじみと呟いた。

 すると、不思議そうにアルバートを見上げるセラフィーナと目があい、アルバートはにこりと笑う。


「覚えてない?ずーっと昔にも、僕とここに来たこと」


 1度セラフィーナが死ぬ前、という表現はなんとなく使いたくはなかった。

 結果、少しわかりにくい表現になったかもしれない、とアルバートは心配したが、それが2人が同じ年齢だった時のことであることは、セラフィーナにもきちんと伝わったようである。

 セラフィーナは、必死に記憶を辿っているようだった。


(セラフィーナは、覚えてないか)


 少し、残念に思う気持ちもあったけれど、当時を思い返せば仕方がないのかもしれないともアルバートは思った。

 自身と比べ、ずっと余裕のない日々を送っていたのはアルバートだって、よく知っている。

 当時のアルバートは、もう一生セラフィーナに花冠を作れないのだとさえ思っていた。

 それを思えば、時間を要したとしても、こうして目的を達成することだけでも、アルバートは十分満足だった。


「前に話しただろう?花冠を作ってあげたい女の子が居たって」


 その話は、覚えていたらしい。

 セラフィーナからはすぐに頷きが返ってきた。


「あの時は記憶がちゃんと戻っていなくて、僕も相手が誰だか思い出せなかったんだけど……あれ、セラフィーナだったんだよ」


 アルバートがそう言うと、セラフィーナは両手を口元にあてて目を丸くしている。

 まさかそれが自分のことだとは夢にも思わなかったと、そう言っているかのようだった。


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