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14. 小さな作戦会議

 

「ああ、そうだ。先に言っておくと、セフィが心配しているようなことは、僕も父上も考えてないから、そこは安心してね」

「え?」

「オールディス公爵の政治的手腕は非常に優れているし、そこは父上も頼りにしてるんだ。だからこそ、僕とセフィの婚約の話が出ただろうし、今も、それから昔も」


 婚約とは、決して片方のみの利益で成り立つものではない。

 セラフィーナの父が王家との縁を強く望む一方で、国王はセラフィーナの父が自身をより近い立場で支えてくれること、そして何より公爵家が王家と敵対しないことを強く望んだ。

 アルバートとセラフィーナの婚約はそういった背景から結ばれたものなのである。

 だからこそ、アルバートも国王も、セラフィーナの父を排除しようとは考えていないし、失脚させようという気もない。

 また、アルバートとしては、セラフィーナの父が今の地位を失うことで、セラフィーナとの婚約が白紙になってしまうことも避けたいと思っている。


「それで、考えてみたんだけど、公爵がここまで要求するのは、自分で言うからではなく、セフィに言わせるからだと思うんだ」


 それは、セラフィーナも感じていたことだった。

 自分でもこれほどの要求を押し通せるのなら、セラフィーナが死ぬ前にも同じ要求をしていたはずだから。


「だから、以前と同様に、自分で言えるようにさせてみようと思うんだけど、どうかな?そうすれば、セフィにこんな手紙、送る必要もなくなるだろ?」


 どのみち、今後を考えて、そろそろオールディス公爵には王宮へ来る許可を出さなければならないと、国王もアルバートも考えてはいた。

 国政を担う上で、公爵の力が必要となる瞬間が、必ず出てくるだろうから。

 アルバートが過去、セラフィーナが死ぬ前のことを思い起こしてみても、公爵が手紙に書いているような無理な要求をしたことはない。

 多少公爵家に有利な法案を通したりするようなことがあったが、そういったことは決してオールディス公爵に限ったことではない。

 国政に大きく貢献した貴族は、多かれ少なかれ、何かしら良い待遇を望むものであるし、国王もそれで国政が円滑に進むのであれば多少の優遇はかまわないと考えている節がある。

 だから、王宮に来る許可さえ出してしまえば、公爵はセラフィーナに手紙を出すことなく自分で進言するようになり、さらには要求の内容も国王の許容範囲内になる。

 セラフィーナさえ問題なければ、これが一石二鳥な名案だとアルバートは考えたのだ。


「大丈夫だよ。セフィの教育方針には、口出しさせないから」


 アルバートが安心させるようにそう言えば、セラフィーナは無言で頷いた。

 一見、アルバートの言葉に納得し、アルバートの提案を受け入れたかのように見えたけれど、わずかに不安そうに揺れた瞳をアルバートは見逃さなかった。


「嫌なら、嫌だって言っていいんだよ?」

「いえ、大丈夫、です」


 不安がないと言えば、嘘になる。

 けれど、セラフィーナにとっても、それが最善の選択に思えたのも事実だった。

 セラフィーナの父の官職を考えてみても、ずっと王宮に出入りできないのも不都合が生じるだろうと思ったから。


(大丈夫、また以前のようにたくさん課題を出されたとしても、わたくしなら、できるわ)


 ぐっと両手を握り締めたセラフィーナを見て、アルバートは内心ため息をついた。

 人の本質はやはりそう簡単には変わらない、セラフィーナにとってはまだまだその不安をアルバートに打ち明けるのは簡単ではないようだ。


「君が今まで通りに王宮で暮らすのも、この王宮で公爵の顔を見ることがないのも、君がそう望んでくれる限りは絶対変わらないから」


 アルバートに今できることは、ただその不安が少しでもなくなるよう、声をかけることだけだった。




「それと、もう一つ、考えていることがあって」


 そう言うと、アルバートは持っていた手紙を自身の顔の付近まで、高く持ち上げた。

 その動作に導かれるかのように、自然とセラフィーナの視線も上がる。


「これに書かれていること、全て無視したってなると、セフィの印象が悪くなるでしょ?だから、少しは叶えたってことにしようと思うんだ」

「えっ!?」


 これ、というのは当然、オールディス公爵からの手紙である。

 その中には無理難題が書かれていて、とてもではないが受け入れられないとセラフィーナは思っている。

 そのため、驚愕の表情とともに、その視線がそんなことが許されるはずがないと言っているようで、アルバートは苦笑した。


「安心して。叶えてあげるのは、僕らとの仲を取り持って欲しいって内容の方だから」

「あ……」


 そういえば、そんな内容もあったな、とセラフィーナは今更ながらに思った。

 王家がありえない無理難題を一つだけ叶える、という恐ろしい流れにはならなかったことに、セラフィーナは安堵した。


「公爵が再び王宮に来られるようになったのは、セフィのおかげってことにすれば、セフィはちゃんと手紙の内容に従ったことになるでしょう?」


 アルバートは、セラフィーナのために行動しているのだから、あながち嘘ではない。

 全ては無理でも、1つくらいは手紙の要求に応えた、というだけでセラフィーナの父からの印象も変わるだろう。


「でも、わたくしは、何も……」

「セフィの頭痛の種をなくすためだもの。似たようなものだよ」


 手紙を2ケ月も無視し続けたとなれば、次にセラフィーナに会った時に向けられる怒りは相当なものだろうとアルバートもセラフィーナも思っている。

 現に、手紙を読むだけでも、酷く急かす様子から相当な苛立ちが伝わってくるから。

 セラフィーナとて何もしていなかったわけではない、という状況になるだけで、その怒りは随分緩和されるだろうと思うと、セラフィーナにとってはとても魅力的な提案だった。

 嘘をつかせてしまうようで、少し申し訳ない気持ちを抱えながらセラフィーナは頷いた。

 一方で、アルバートはこれに関してはセラフィーナが望んでくれていると感じられる気がして、非常に嬉しそうにその様子を眺めていた。






 数日後、セラフィーナは人伝に、両親が王宮への出入りを許可されたと聞いた。

 だが、アルバートの言っていた通り、セラフィーナが王宮で暮らすことは変わらず、またその後も両親と顔をあわせてはいない。

 課題の量も、増える様子は全くなかった。


(本当に、何もなかったわ……)


 父なら無理にでも接触を図るのではないかと警戒していたが、そんな気配は微塵もなく、セラフィーナはすっかり拍子抜けしてしまっていた。


(殿下は、どうしてここまでしてくださるのかしら)


 両親に対する不安が消え去った今、セラフィーナが最も気になり考えてしまうのがこれだった。

 アルバートの行動はセラフィーナにとってありがたいものであるものの、アルバートにとって必要なこととは到底思えなかったから。


(それに、どうして、またこんなところに……)


 目の前に広がる光景にも、セラフィーナは疑問を抱かずにはいられなかった。

 セラフィーナが普通の6歳の少女ではないと、もう知っているはずなのに、何を思ったのかアルバートは再びセラフィーナを花畑へと連れてきた。


「あの、殿下」

「アルだよ、セフィ」


 変わらず、愛称で呼ぶように言うアルバートを、セラフィーナは信じられないという表情で見つめた。


(殿下にも、以前の記憶があるのに、わたくしに愛称で呼べと言うの!?)


 ともに、セラフィーナが死を迎える前の、2人が同じ年齢だった時の記憶があるとわかったのだ。

 それなのに、アルバートがセラフィーナのことを変わらず愛称で呼ぶことさえ、セラフィーナにとっては驚くべきことだったというのに。

 かつて『アルバート殿下』と呼び続けた自身のことを知られている状態で、『アル』と呼ぶことは今のセラフィーナにとっては非常にハードルの高いことだった。


「殿下、わたくしは……」

「だから、アルだってば。そう呼ぶまで、セフィの話は聞いてあげないよ?」

「……っ」


 同じ年齢だった時は、一言もそんなこと言わなかったじゃないか。

 それこそ、愛称で呼ぶ提案さえ、セラフィーナはされた記憶などなかったのだ。

 セラフィーナは怒りと恥ずかしさから、顔赤くし、身体を震わせたが、それでもアルバートは折れてくれる様子はない。


「……アル」

「なぁに、セフィ」


 愛称を呼ばないと、話が全く進まない気がして、意を決してセラフィーナが呼びかければ、アルバートの返答はすぐに返ってきた。

 その弾んだ声色が、セラフィーナは少し憎らしく思えた。

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