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13. 望むこと

 

 アルバートはセラフィーナが泣き止むまで、無理に泣き止ませようとすることもなく、ただ無言で寄り添った。

 そのため、セラフィーナはなかなか泣き止むことはできなかったものの、声をあげおもいっきり泣いたことで少しすっきりしたような気がした。

 だが、その一方で泣き止むや否や恥ずかしさが込み上げ、セラフィーナは未だアルバートに抱きしめられたまま、顔をあげることができずにいた。


「落ち着いた?」


 どうしよう、と内心オロオロとしているセラフィーナに、頭上からアルバートの声が降ってきた。

 セラフィーナはそれでも顔を上げられず、赤くなった顔を隠すようにこくんと頷くことしかできない。


「ごめんね。責めたかったわけじゃ、ないんだ……僕も、わかってるんだ。待ってるだけじゃ駄目だったんだって」


 もっと自分を頼って欲しい、いつもそう願うだけで、行動を起こすことができていなかった。

 待つばかりではなく、もっと自発的に何かできていれば、セラフィーナを失うことはなかったかもしれない。

 セラフィーナの死を知ってからずっと、アルバートの心はそんな後悔の念でいっぱいだった。


「だから、今度はちゃんと行動するね」

「え……?」

「ってことで、まずはセフィの頭痛の種から、なんとかしようか」

「あ……っ、ダメっ!!」


 気づけば、布団の中に隠したはずの手紙は、アルバートの手にあった。

 セラフィーナは慌てて手を伸ばしたが、アルバートに遠ざけられてしまっては、小さなセラフィーナの身体では、奪い返すことなど無理な話であった。


「だから、僕はもう、中身を知ってるんだって」


 アルバートは、困ったような表情だった。

 セラフィーナだって、そのことは理解している。

 それでも、ただ内容を知っているのと、現物がその手にあるのでは状況は随分と変わる気がして、どうしても取り戻さなければならないように思えてしまったのだ。


「それを、どうするんですか……?」

「どうしよっか?セフィは、どうしたい?」

「え……?」


 質問を質問で返されるとは思っていなかった。

 すでに、アルバートの中で処分は決まっているのだと思い込んでいたため、セラフィーナは狼狽える。


「わ、わたくしは……殿下と、国王陛下のご意思に……」

「ちがうよ、セフィ。僕が聞きたいのはそういうのじゃないんだ」


 セラフィーナはきっと、それがアルバートの婚約者としての百点満点の回答だと信じていることだろう。

 だが、アルバートが求める答えとは、かけ離れたものである。


「僕は、セフィが公爵にどうなって欲しいと思っているかが、知りたいんだよ」

「ですから、わたくしは……」

「じゃあ、僕が、公爵を罰するって言ったらそれでいいの?よくないから、この手紙、隠そうとしてたんじゃないの?」

「それは……」


 セラフィーナは、アルバートの言葉を否定できなった。

 愚かだと、思われるかもしれない。

 相手はかつて、自分の娘であるはずのセラフィーナを、王家との婚約がなくなったというだけで簡単に切り捨て、殺した人物だ。

 恨むべき相手であるはずなのに、それでもセラフィーナは父が失脚することを望むことはできなかった。


「公爵が、どうなれば、セラフィーナは嬉しいの?どうなれば、セラフィーナは頭が痛くなくなるの?」


 改めて問われると、ちゃんと考えたことはなかったかもしれない、とセラフィーナは思った。

 セラフィーナが考えてきたのは、常に王家のために自身はどうあるべきなのか、そして両親の期待に答えるためにはどうすべきなのか、そればかりだったから。


「難しく考えなくてもいいよ。例えば、そうだな……セラフィーナは、この手紙、今後も届いて欲しい?届かない方がいい?」

「届いて、欲しく、ないです……」


 無理難題が書かれた手紙は、セラフィーナを追い詰めるものでしかない。

 急かされるような内容にセラフィーナ自身焦りを覚えるし、こんな手紙を受け取りたいとは思えない。


「そっか、じゃあ、公爵から二度とこんな手紙が届かないようにする方法、考えないとね」


 そんな方法、果たしてあるのだろうか、そんな疑問が確かにセラフィーナの中にあった。

 けれど、アルバートを見ていると、そうなればいいという思いの方が強く、セラフィーナはただこくりと頷いてしまった。


「じゃあ、手紙の内容が今と違ってたら?それでも、公爵からの手紙が届くのは嫌?それとも、違う手紙なら受け取ってもいい?」


 またしても、そんなことは考えたことがなかったと、セラフィーナは思った。

 違った内容の手紙が届くなんて、セラフィーナには想像すらできなかった。


「それから、今は僕が公爵を王宮に来られないようにしちゃったけど、これからもずっと公爵に会いたくない?それとも、たまには会いたい?」

「え、えっと……」

「じゃあ、公爵夫妻に、何か、してもらいたいことは、ある?」


 考えたこともないことばかりが続いて、セラフィーナは自身でもよくわからなくて、どの質問にもすぐに返答できなかった。

 けれど、最後の質問は、返答こそすぐにできなかったけれど、セラフィーナの中に真っ先に思い浮かぶものがあった。


(褒め、られたい……)


 どれほど努力しても、セラフィーナの両親はセラフィーナを認めてはくれなかった。

 まだ足りない、もっと必要だと求めらるばかりだった。

 それでも、セラフィーナが努力を続けたのは、王家のために自身がそうあるべきだと思っていたからというのもある。

 だが、いつか、両親に認められ、一言でいいから、よくがんばったと褒めて欲しい、そんな気持ちもあったのだ。


「何か、思い浮かんだの?」

「え……?あ、その……」


 セラフィーナは困ったように、俯いた。

 確かに思いついたのは事実であり、おそらくはセラフィーナの表情や仕草から、アルバートにもそれを感じ取られてしまったのだろう、とは思っている。

 けれど、セラフィーナの思いついたそれが、アルバートの求める答えとは違うような気がしてならなかったから。


(こんなの、殿下に言ったところで、殿下にどうこうできる問題でもないもの……)


 王家の命令、ということであれば、そういった言葉をもらえるかもしれない。

 だが、セラフィーナが望んでいるのは、決してそういうことではない。

 自身の両親の本質を変えるようなこととなれば、王族であってもどうすることもできないはずだ。


「教えて、くれないの?」

「殿下にお話しするようなことでは、ないので」


 頑なに話してはくれない様子のセラフィーナに、内心ため息をつきながらも、アルバートはできるだけそういった感情が表に出ないよう注意した。

 そうすれば、ますますセラフィーナの心の内を聞けなくなってしまうような気がしたから。


「じゃあ、もっと聞いてもいい?セフィは、公爵に、怒られたいの?」


 セラフィーナはびくりと肩を揺らした後、ふるふると首を振った。

 できることなら、両親の怒鳴り声は、もう聞きたくない。


「じゃあ、どうされたいの、セフィ。ずっと、褒められたかったから、がんばってたんじゃないの?」


 セラフィーナは驚愕の表情でアルバートを見つめた。

 すると、アルバートは悪戯が成功したかのようにくすくすと笑う。


「驚いた?僕、君が思ってるよりずっと、君のことをよく見てたんだよ」


 そんなことが、あるはずがない。

 セラフィーナとアルバートは婚約者という関係でありながら、かつては疎遠だったはずなのだ。

 少なくとも、セラフィーナはアルバートがそれほど自身に興味を持っていると、感じたことなどなかった。

 けれど、目の前の状況を鑑みると、セラフィーナはアルバートの言葉を安易に否定することもできなかった。


「一緒に考えてみよう。どうすることが、セラフィーナにとって一番いいのか、どうすれば、セラフィーナの理想に少しでも近づくことができるのか」


 そんな必要はない。

 セラフィーナはここで、それよりもアルバートが望む状況に近づくことを考えなければならない。

 確かにそう考えたはずだった。

 けれど、アルバートの言葉があまりにも魅力的で、セラフィーナはまたしても頷いてしまった。

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