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12. 明かされた真意

 

「殿下……その、わたくしとはまた、婚約を解消されるのでしょうか……?」


 アルバートが、あのセラフィーナ、と言ったからには、やはり悪女と呼ばれた頃の自分と重ねられてしまっている。

 となれば、アルバートはやはり婚約を続けたいとは思わないだろうとセラフィーナは思った。


「どうして?解消したいの?」

「え……?いえ、解消したいのは、わたくしではなくて殿下かと……」

「僕は、解消したいなんて、微塵も思ってないけど」

「えっ?そうなん、ですか?」


 あまりに予想外の言葉に、セラフィーナは目を丸くする。

 先ほどから、どうも驚かされてばかりのような気がしてならなかった。


「だって、君と僕が婚約解消なんてしたら、またしても君はオールディス公爵に殺されちゃうじゃないか」

「えっ!?わたくしを殺したのが、両親だってご存知だったんですか!?」


 きっと、あの両親のことだから、王家への報告はセラフィーナの自死だと告げていると思っていた。

 王家からの婚約を解消され思い詰めていた、とでもいえば動機としても決しておかしくはない。

 娘を殺したなどという汚名を、わざわざ被ることなど、あの両親がするとはセラフィーナには考えられなかった。


「やっぱり、あの両親に殺されてしまったんだね」

「えっ!?」


 セラフィーナは、また失言をしてしまったのだと気づいた。

 やはり、両親はセラフィーナ殺したことにはなっていなかったのだ。


「婚約解消をした翌日、公爵がセラフィーナが自害したと報告に来たよ。僕はすぐに違うと思ったけど……ごめん、結局公爵が君を手にかけた証拠は、何も見つけられたなかったんだ……」


 それはそうだろうなとセラフィーナは思った。

 父も母も、そういったことには抜かりのない人物である。

 それに、そもそも誰もセラフィーナが自害したと聞いても疑わないような状況下で、王族といえど大々的に捜査が行えたとも思えなかった。

 それよりも、セラフィーナが驚いたのはアルバートが両親が殺したという証拠を見つけようとしたことである。

 婚約者でなくなったセラフィーナの死の真相なんて、アルバート自ら調査しなくともよかったはずなのだ。

 それこそ、自害であっても、他殺であっても、アルバートにとってはどちらでもよかったのではないかとさえ思っている。


「君が死ぬとわかっていれば、あれほど父上に頼み込んでまで、婚約解消なんてしなかったのに……」


 ぽつりと呟かれたアルバートの言葉には、セラフィーナをさらに驚かせる要素ばかりだった。

 そもそも、あれほど悪評が広まっていたのだから、アルバートが頼み込まずとも国王は婚約解消させるつもりだったと思っていた。

 アルバートがわざわざ頼み込んだのも驚きであるし、あれほどというほど頼み込まなければ国王が承諾しなかったというのも驚きだ。

 その上、そうまでして婚約を解消し、セラフィーナと距離を置くことを望んだはずのアルバートが、セラフィーナの死を理由に目の前で非常に後悔している様子なのが、セラフィーナにはあまりにも信じられない光景だった。


「随分と驚いているみたいだね。ひょっとして、僕が、君の死を望んでいたとでも?」

「あ、いえ、決してそのような……」


 またしても、アルバートが今にも泣き出しそうな表情をしている、とセラフィーナは思った。

 さすがにセラフィーナとて、アルバートが自分が死ぬことを望んだとまでは思っていないし、そうであって欲しいとも思っている。

 だが、婚約者でなくなった以上、生死はもはやどちらでもよかったのではないか、とも思えてならなかったのだ。


「僕はただ、僕との婚約を解消することで、君が王家から解放されて自由になれたら、と思っただけだ。君の死を望んで、婚約を解消したわけじゃない」

「わ、わたくしが、悪女だから、婚約を解消した、のでは……?」

「悪女?君が?」

「え……?」


 あれほど広まっていた噂を、アルバートが知らないはずがない。

 それなのに、アルバートの反応はまるで噂を知らないかのように思えた。


「ご存知、なかった、んですか……?」

「そういう噂なら、もちろん知ってるよ。でも、僕がそんなただの噂を信じていたとでも?」

「え、でも、皆さん、信じて……」


 アカデミーで広まった噂は、アカデミーに通う貴族の子女を通して社交界へと広まっていった。

 どこへ行っても耳にするほど広まったその噂を、誰もが信じ、疑っていないものだとセラフィーナは思っていたのだ。


「あんな噂、父上だって信じていなかったよ。君との婚約解消は、あんな噂が原因じゃない」


 そう言ったアルバートは、やはり泣きそうな表情だった。

 どうしてそんなに悲し気な表情なのかセラフィーナにはわからない。

 けれど、見ているセラフィーナまで悲しい気持ちになってくるような気がした。


「あんなわけのわからない噂を広めた奴より、僕や父上の方が、セラフィーナとの付き合いは長いんだ。あんな噂に惑わされるはず、ないだろ?」

「では、バレット様と、婚約を結ぶために……?」

「それも違う。彼女は平民だ。どうして、僕が彼女を正妃になんて迎えられるんだ。そんなこと、物語の中でしかありえないって、君だってよくわかっているはずだろう」


 口調は強くなり、怒っているようにも聞こえるのに、それでもやはりアルバートの表情は悲し気だった。


「それは、そうですが……その、とても、仲がよさそう、でしたので……」

「僕が?別に仲良くなんかないさ。ただ、僕の傍にいる間は、君に妙な真似をしないから、できる限り近くに居ようとしただけだ」


 アルバートが最初、ミラベルを邪険にしなかったのは王家の人間として、平民の生活についても知っておくべきだと思ったからである。

 できれば、他の平民の生徒たちからも話を聞きたいと思っていたが、貴族の子女であっても一線を置く王太子という立場のアルバートに、無遠慮に近づいてくるような生徒は残念ながらミラベルしかおらず、他の生徒にいたってはむしろアルバートから近づこうとしても、逃げられてしまっていた。

 そのため、唯一話を聞くことができる存在であるミラベルを、アルバートは簡単に遠ざけることができなかったのである。

 ある程度話が聞ければ、それ以上関わることはしないでおこうと思っていたし、何か興味深い話が聞ければセラフィーナとも共有したいと思っていた。

 だが、セラフィーナとミラベルの間に妙な噂が流れるにつれ、アルバートの中でミラベルとともにいる目的も変わっていってしまい、簡単に関わりを終わらせることができなくなったのだ。


 そんな説明をアルバートから受けたセラフィーナは、息をのんだ。

 てっきりいつの間にか仲良くなっていたものだとばかり思っていたのに、アルバートの言葉を聞く限りそんな様子は微塵も感じられない。


(わたくしの、思い込み、だったの……?)


 一緒にいることが多い、ただそれだけの理由で、本人に確認することもなく、ミラベルに好意を抱いているのだろうと決めつけてしまっていたことを、セラフィーナは恥ずかしく思った。


「僕が婚約を解消した理由は、さっきも言った通り、君を自由にしたかっただけだ。君は僕の婚約者でいる限り、王家に縛られて、誰にも弱味を見せず、全て一人で抱え込んでしまうから」


 アルバートの手が、再びセラフィーナの頭へと伸びた。

 言葉は間違いなくアルバートと同じ年齢であるセラフィーナに向けられているのに、優しく頭を撫でる行為は幼い少女へ向けているものとしか思えなかった。

 セラフィーナは、ぎゅっと小さな手を握り締め俯いた。


(だって、それが殿下の婚約者になった、わたくしの役目だもの……)


 王太子である、アルバートの婚約者だからこそ、そうあるべきだと振る舞ったことが、結果的に婚約解消に繋がってしまったような気がして、自身がどうあるべきなのかセラフィーナはわからなくなった。


「あの時だって、何もしていないってあの場で一言僕に言ってくれたら、僕を頼ってくれたら、僕は君の味方をすることができたのに」


 ミラベルがセラフィーナに突き落とされたかのように装った時、アルバートは瞬時にセラフィーナは何もしていないと悟った。

 だから、その一言を待っていたのに、信じて欲しいと縋りついてくれたら、なんとしてもその誤解を解くつもりでいたのに、セラフィーナは何も言わずに立ち去ってしまった。

 この国の王太子と、その王太子の婚約者である公爵令嬢、2人があの場で共に違うと訴えれば、平民はともかく少なくともあの場に居た貴族の子女に関しては平民であるミラベルよりも2人の言葉を信頼したはずだ。

 貴族とは、所詮そういうものである。

 それなのに、セラフィーナはそうすることさえも、アルバートには一度も求めてくれなかった。


「母上や、君の両親のことだってそうだ。君がもっと……っ」


 今度は、アルバートが息をのんだ。

 泣きそうな表情をしていたのはずっとアルバートだったはずなのに、セラフィーナの瞳からぽろりと涙が零れたから。


「セフィ……?ごめん、違うんだ、君を泣かせたかったわけじゃなくて」


 零れ落ちた涙をアルバートに拭われたことで、セラフィーナ自身もようやく自分が泣いていることに気づいた。


「ごめん、ごめんね。泣かないで」


 ぎゅっと強くアルバートに抱きしめられ、セラフィーナはアルバートに迷惑をかけないためにもすぐに泣き止まなくてはいけないと思った。

 セラフィーナがただの6歳の少女ではないことを、今や目の前のアルバートも知っているのだ。

 すでに成人を迎えているはずの自分が、これ以上泣いてはいけないと、セラフィーナは何度も自身に言い聞かせた。

 けれど、あたたかなアルバートの手がセラフィーナの頭を撫でるたび、涙は止まるどころかさらに溢れてしまう。


(どうしよう、止まらないわ)


 ずっとセラフィーナは信じていた。

 寝る間も惜しんで勉強し、身の丈に合わない課題までも必死にこなすことも、王妃や両親の理不尽な要求を全て受け入れることも、どれほど辛くとも何事もなく振る舞うことも、その全てが王家のため、ひいてはアルバートのためになっているのだと。

 しかしながら、目の前のアルバートの言葉を聞いていると、とてもそうだとは思えなくなってしまった。


(だとしたら、わたくしは、今までなんのために……)


 両親の手であっけなく終わりを迎えた1度目の人生が、とても虚しいものに思えてならなくて、涙が止まらないばかりか、いつしか声をあげて泣き出してしまっていた。

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