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第3話「魔王、初めての料理修行」

魔王クラリスが、勇者リクの妻になり、辺境の地の外れに家を構えて生活してから半年が経とうとしていた。


「リク、朝だ、目覚めるがよい!」

「ん……おはよう」

「おはよう。よく眠れたか?」

「……うん」

「ふふ……それは重畳」

「あ……いい匂い」

「……っ!? 気づいたか……今日は私が腕によりをかけて朝食の用意をしたのだ!」

ドヤ顔のクラリスに、リクは寝ぼけたまま拍手を送る。

「わぁ! すごいや……でも、今日は起きるの早かったんだな?」

「……っ! わ、私はいつも早起きだぞ」

「そっかぁ……」

(……ん?)

リクはクラリスが何か言いたげな様子なことに気づくが、特に気にせずベッドから起き上がる。

「……あ」

「ん?」

「いや……その……リク、着替えを手伝うぞ」

「え、いいよ。俺、一人でできるし。クラリスねえちゃんは、朝飯の支度をすませてくれな」

「う、うむ……」

「?」

リクはクラリスが何か言いたげだが、特に気にせず着替えをすました。

「いただきます!」

「うむ」

リクと魔王クラリスの二人はテーブルについて、朝食をとる。

今日のメニューはパンと目玉焼き、それにサラダだ。

「うまい! うまいよ、クラリスねえちゃん」

「……そ……そうか?(やった)」

「この目玉焼きも半熟でさ、黄身がトロトロでさ! クラリスねえちゃん、なんでも出来るんだな!」

「……いや……そんなことは……」

「このサラダもシャキシャキでさ、ドレッシングも絶品でさ!」

「ふふ……そうだろう?(よかった)」

(ん?)

リクはクラリスが何か言いたげだが、特に気にせず朝食を食べ終えた。

「ごちそうさまでした」

「うむ……」

「クラリスねえちゃん、俺、こんな料理がうまいお嫁さんもらえて幸せだぜ」

とリクは、テーブルの上でクラリスの手を握った。

「っ!? そ、そうか……うむ。私も幸せだぞ」

しかしその時、カンカンカン!と金属同士を叩きつける音が響いた。

「な、なんだ、この音は?」

突然のことにいぶかしげるクラリスだが、手を握ったままのリクは相変わらずニコニコしている。

「クラリスねえちゃん……」

じっと見つめるリクの視線にクラリスの頬が赤くなる。

(これは、あれか? せ、接吻というものをする流れか?)

「り、リク……」

自分の熱のこもった声に内心驚きつつもクラリスもリクを見つめる。

そして、リクが口を開くと

「クラリスねえちゃん……朝だぜ? 早く起きろー!」

「はぁ!?……はっ!」

突然の言葉に驚くクラリスが目を開けると、最近ようやく見慣れた天井が目に入り、クラリスは、自分が夢を見ていたことに気付いたのであった。

「夢、か……」

「お? 起きたか? おはよー、クラリスねえちゃん!」

声をかけたのはもちろんリク。先ほどまで叩いて鳴らしていたフライパンとお玉を手にベッドの脇にエプロン姿で立っていた。

「あ、ああ。おはよう」

クラリスは、まだ寝ぼけた頭でリクに挨拶を返した。

「ん? どした?」

「いや……なんでもない」

(……夢でよかったような、残念なような)

クラリスがそんな複雑な感情を抱いていると、リクがフライパンとお玉を持ったままのポーズで首を傾げた。

「朝飯できてるぞ? もうそろそろ起きねーか?」

「……うむ」

クラリスはまだ眠い頭を振りながらベッドから降りると軽く伸びをすると彼女の豊かな胸が前に突き出す形になる。

「やっぱ、クラリスねえちゃん、おっぱいでっかいなあ」

「い、いちいち口にするな、はずかしい」

「おう、悪い。んじゃ、着替えたら来いよなー」

とリクは、キッチンに向かうため、クラリスに背を向けると、クラリスの視界にリクのむき出しの背中とお尻が飛び込んだ。

「なっ!? リク! なんという格好を……もしや、素っ裸にエプロンを着けておるのか?」

「ああ、クラリスねえちゃんが昨日買ってくれたやつだよ。なあ、知ってるか? こーゆーの裸エプロンっていうんだぜ?」

首だけ後ろを向き、親指立ててポーズを決めるリク。少年らしい体つきに程よい筋肉がのり、お尻はキュッと引き締まり、桃を思わせる二つの肉の間から裏玉がチラ見していた。

「~~~!」

「じゃあ、下で待ってるぜー」

裸エプロンの刺激にクラリスが絶句している間にリクは部屋を出て行ってしまった。

「……うう……夢より夢のような……裸エプロンだと? あやつ、また私にいらぬ知識をくれよって……」

とクラリスは、しばらく固まっていたがやがて顔を真っ赤に染めると、気だるげに服を着替え始めた。

「あの格好……私だとしたら……いやいや、誰があのような破廉恥な姿を……」

その後、なんとか着替えをすませるとリビングに向かった。

「……遅いぞー」

「ああ。すまぬ」

食卓には当然ながら既にリクが席についていた。ただし、相変わらず裸エプロンのままよように見えた。

「リクよ、まだその恰好なのか?」

「んにゃ、さすがにパンツは履いたぜ」

と言って、リクはエプロンをめくってクラリスに見せつけた。

「ほう? そうか」

一瞬、リクの下半身に目をやりそうになりクラリスは目線をそらして食卓についた。

「……まぁいい。ではいただくとしよう。うむ、いつもながら旨いな」

「へへー、愛情たっぷしだかんな!」

「そ、そうか……うむ。その……ありがとうな」

とクラリスは頬を染めて礼を言うのであった。

「おう!」

そんなクラリスをリクは笑顔で見つめるのだった。

「ところでさ、今日はどうする?」

朝食を食べ終えた後、食器を片付けながらリクが尋ねた。

「ん? ああ、そうだな……」

クラリスも自分の分の食器を洗いつつ考える。

魔王である彼女は普段は、新居に増築した書庫で魔術の研究をしているのだが、

「料理を、してみたいのだが」

「料理?」

と、食器を洗い終えたクラリスはリクに向き直って続けた。

「うむ……私一人なら必要ないと思っていたが、やはりお前のために食事の用意をしたいからな」

「……っ!? ああ!」

そう言って微笑むクラリスに、思わずリクが見惚れる。

そんなリクの視線に気づいたのか、クラリスは頬を赤く染めて言った。

「その……なんだ? リクよ、すまぬが私に料理の指南をしてくれまいか?」

「おう、任せとけ!」

こうして、魔王クラリスは勇者リクに料理の指南をしてもらうことになった。

「ところで、リクよ。なにゆえ、あのような……は、裸エプロンなる装いをしていたのだ?」

「ん? あれか? なんか朝起きたらパンツの中がネバネバしたので濡れてて……」

「相わかった! みなまで言うな!」

「そ、そうか?」

その後、朝食の片付けを終えた二人は台所に来ていた。

リクはクラリスにエプロンを貸すと袖をまくり上げる。そして同じようにエプロンを着て同じポーズをとった。

「おう、これでお揃いだな!」

「……そうだな」

(うむ……ペアルック、とか言うのだったな……うむ)

とクラリスは、内心で呟くと慌てて頭を振るった。

「さて、それじゃあまずは、クラリスねえちゃんがどれくらい料理が出来るか見せてもらおうかな? そうだな……ハンバーグを作ってみてくれ」

「ふむ、ハンバーグか……わかった。まずはなにをすればいいのだ?」

「……はい。これ、ハンバーグのレシピな」

「おお、すまぬ。なになにまずは玉ねぎをみじん切りに、か」

リクからレシピの書いてある紙を受け取ると、クラリスはさっそく作業にとりかかった。

「うむ……このようにして、と」

手際よくみじん切りにするクラリスに、リクが感心しながら言う。

「お? 包丁さばき上手いな! ひょっとして家事全般得意か?」

「ふふん。こう見えても花嫁修行をしておるからな」

「……そっかぁ。クラリスねえちゃん、俺のお嫁さんだもんな……へへ」

リクは照れ臭そうに笑う。

「う、うむ」

そんなリクの笑顔につられてクラリスも思わず頬を緩ませる。

「さ、さて、お次は、と……塩か……むう、これくらいかの?」

「……クラリスねえちゃん、レシピにグラム数あったろ?」

「お? おお、そうか……まあおそらくこんなものだろう」

「おいおい……大丈夫かよ?」

それからもクラリスの料理は順調に進み、焼く段階になった。

「さて、火加減は、中火から、か……むう、手っ取り早く済ませたいところだし、ここは強火だな!」

「え!? ちょっ、それじゃ焦げ……」

リクが止めるまもなく、クラリスは、油を引いて強火で熱したフライパンにこねた肉の塊を放り込むと、ジュワーーー!っと勢いのある焼き音がした。

「うむ。この間にソースをだな……赤ワインにソース、ケチャップ、醤油と砂糖、仕上げにバターか……せっかくであるし、隠し味を入れたいのお」

「く、クラリスねえちゃん! レシピにないことしねえほうが……つか、フライパン、見てないけど大丈夫か?」

「お? そうだな……どれどれ……む、た、多少焦げてはいるな……まあ、少し火を弱め、ひっくり返すかのお」

そんなこんなで焼き上がったハンバーグが皿に盛られ、魔王特製のソースがかけられたのだが、ハンバーグは焦げ焦げ、ソースも隠し味が隠れず主張し紫色の煙を上げていた。

「の、のう、リクよ……外に食べに行かぬか?」

「クラリスねえちゃん……俺、食うよ!」

リクが笑顔を意を決したような顔に変え、ナイフとフォークでハンバーグを切り分ける。

そして切り分けた塊を口に運んだ途端、

「っ!? にぎゃぁぁぁぁぁ!?」

リクの悲鳴が家中に響き渡った。

(うう、苦いししょっぱいし辛い)

涙目になりながらもリクは、なんとか食べきりはした。

「ど、どうだった?」

「う、うん、クラリスねえちゃんのの愛情たっぷしだったぜ!」

そう返すリクの目をまっすぐ見つめ、クラリスは、真剣な顔で言った。

「そんなことはあるまい……リクよ、正直に言ってくれ。そのほうが私のためにもなるのだ」

「う……その……正直に言うと……」

リクは、クラリスの目をまっすぐ見つめて答えた。

「……マズイです」

(うう……やはりか)とクラリスは思ったが口には出さずに続ける。

「焦げてる以前に分量が間違ってるし、ソースもレシピにないのを入れすぎてもはや別物だし、それに……」

「もういい! そこまで言うことなかろう?」

「え? で、でも、正直に言えって……」

「正直すぎるのだ! わ、私だって、一生懸命……」

「それは見てたから分かるけど……いや、そもそもレシピ調べないで始めろうとしたじゃ?」

「う……そ、それは……」

クラリスが言葉に詰まると、リクは、そんなクラリスをそっと抱きしめた。

「り、リク?」

「ごめん。俺さ、クラリスねえちゃんの手料理が食べれて嬉しかったんだ」

(っ!?)

「だから、正直に言ったほうがいいかなと思って……でも、ごめんな? せっかく作ってくれたのに」

(うう……私は馬鹿だ)

そんなリクの言葉にクラリスは胸が熱くなるのを感じた。

そして、その翌朝。リクが目を覚ますとクラリスの姿はどこにもなかった。

「クラリスねえちゃん……ねえちゃ、クラリスねえちゃぁぁぁぁぁん!」

顔を絶望に染めたリクの声が辺境の地に虚しくこだましたのだった。


「よし、このくらいでよかろう」

魔界の魔王城とは別の屋敷の厨房にエプロン姿のクラリスは、額の汗を手でぬぐっていた。その指には痛々しい刃物の傷が徐々に治りながらもいくつも刻まれていた。

「これで料理の特訓は完璧だ! まあ、多少熱中し過ぎて一週間は籠もってしまったが、人間のいう家庭料理レベルのものは作ることが出来るようになったな」

ふふんっと自慢げに鼻を鳴らし、クラリスは、いそいそとエプロンを脱ぎ、リクの待つ辺境の地へと帰り支度を始めた。

「待っておれ、リクよ! 我が渾身の料理を腹が破けるほど食らわせてくれよう!」

そうして、帰り着いた辺境の地は、戦場と化していた。

「っ!? な、何事だ?」

クラリスが見回すと、辺境の地にはいくつものクレーターが穿たれ、その中心部からは黒い煙が上がっていた。

「……むぅ……リクは無事か? お! あそこにいるようだな」

リクの姿を遠目に捉え、クラリスは、飛行魔術で駆け寄った。近づくにつれ、姿が鮮明になると、リクは、ボロボロの姿で何かを探すように辺りをうろつき、

「ねえぇぇぇぇぇぇぢゃぁぁぁぁぁぁん!」

と叫び声を上げていた。

「これはいったい……り、リクよ! どうしたのだ!?」

「おお、クラリス殿! 戻られたか!?」

そんなリクに駆け寄ろうとしたクラリスに、白く長いヒゲをたくわえた老爺が声をかけた。

「おぬしは……辺境の地の村の長老、だったか? これはいったい、何が起きているのだ?」

「それが……三日前から突然、リク殿が錯乱いたしましてな」

「ふむ?」

クラリスは長老の話に首をかしげる。

「最初は村から少し離れた場所で暴れており、ワシらもどうしたものかと途方に暮れていたのですが……」

長老が説明している間にも、あちこちで爆発が起こり、村人の悲鳴がこだましていた。

「クラリス殿も知っての通り、この辺境の地にはかつて世界で名を轟かせた英雄・英傑がその活躍を終え、ひっそりと余生を過ごす地。しかれども、その力は衰えることなく振るえる強者揃いなのだが、リク殿はさすが当代の勇者。我らが束になろうとも抑えること敵わず……」

「相わかった。すまぬな、長老殿。お、夫の不始末を収めるのは妻の仕事。早急に事に当たろう」

「おお! では、リク殿は村の外れに我らで誘い込もう!」

「うむ。頼むぞ」

そう言うとクラリスは長老と別れて村外れに急いだ。

[錯乱した勇者リクと冷静に策を弄する魔王クラリスとの激しい戦闘シーン]「クラリスねえちゃん! 待ぁぁぁてえぇぇぇ!!」

狂気に染まった表情で、リクが剣を振りかぶる。すると、その剣の先から火の玉が生まれ、クラリスに向かって飛んで行った。

「ふん!」と鼻を鳴らすと、クラリスは手をかざしただけでその火球をかき消した。

「りくよぉぉぉ!! 正気に戻るのだぁぁ!」

しかし、リクの猛攻は止まない。今度は氷の槍を出現させ、それをクラリスに向かって投げつける。

「ふん!」と再び鼻を鳴らすと、今度は氷の槍がかき消えた。しかしリクは止まらない。今度は巨大な岩を出現させると、それを持ち上げたかと思うと、クラリスに投げつけた。

「ふははは! どうだぁぁ!!」

「……っ」

さすがにこれにはクラリスも驚いたのか一瞬反応が遅れてしまう。

その隙をついてか、リクが剣を構えて突進してきた。

(くっ!)

咄嗟に防御魔術を展開しようとするが、間に合わず、振り下ろされた剣がクラリスの服を斬り裂く。

「くっ!」と呻く彼女の漆黒のドレスから白い柔肌が露わになる。

「クラリス姉ちゃんのおっぱいだあぁぁぁ!」

とリクが叫ぶ。その目は血走り、明らかに正気ではない。

「ええい! 錯乱しててもエロバカは健在か!……いや、待てよ?」

クラリスは、何か思いついたようにニヤリと笑うとリクに向かって叫んだ。

「ふふん! リクよ、この程度で私が屈すると思うたか?」

「な……なに!?」

と驚くリクに構わずクラリスはさらに続ける。

「私は魔王なのだぞ? 勇者のお前程度に遅れをとるわけがなかろう!」

(そうだ。今のリクは錯乱しているだけ。ならば)

とクラリスは、自分の服に手をかけた。そして胸元を大きく開くとその豊かな胸をさらけ出した。

「っ!?」

とリクが一瞬怯んだ隙をついて、クラリスは一気に距離を詰めた。

「さあ! 見るがいい!」

そして、その豊満な胸をリクの顔に押し付ける。

「んぐ!?」

突然の出来事に驚いたのか、リクの動きが鈍ったのを見計らってクラリスは魔術を発動させた。すると、リクの体から力が抜けていき、やがて完全に動かなくなった。

(よし)とクラリスは満足げに微笑むと、そのまま意識を失ったのだった。

「まったく無茶をしおって」

危うく更地になりかけた森とクレーターだらけの荒野にクラリスはため息をついた。

「うう……クラリスねえちゃん」

その呟きにリクが意識を取り戻したのに気づくと、クラリスはリクを抱きしめた。

「この大バカ者め!心配かけおって!」

「ごめん……でも俺……」

「わかっておるわ。私を探していたのであろう?」

「うん」

「それで村で暴れてしまったというわけか。全く、この救いようのないエロバカめが!」

そういいながらもクラリスはリクを抱き寄せた手を離さない。そんな彼女の温かさに安心したのか、リクもゆっくりとその身を彼女に預ける。そして二人はしばらくそのまま抱き合っていたのだった。

その後、なんとか落ち着いたリクとクラリスは、リクの怪力とクラリスの魔術で森と荒野を元に戻し、村の広場へと戻ってきていた。

「迷惑をかけたな、長老殿。ほら、リクも謝らぬか」

「長老のじーちゃん、ごめんなさい」

「なんの、ワシらもリク殿の暴走を止められなんだ。しかし、さすがは今代の勇者! 引退のみとは言え、この辺境の地の強者でも足止めがやっとよ」

長老がそう返すと村人達も口々に謝罪の言葉を口にした。

「……して、勇者リクよ。おぬしはなぜ錯乱していたのだ?」

長老の問いに、リクはばつの悪そうな顔で答える。

「それは……」

「ふむ……なるほどな」

長老がリクから事情を聞き終えると、大きくため息をついた。

「まったく……そんなことか」

「だって……俺」

「だまらっしゃい! 漢なら妻の帰りをドンと待つくらいでなくてどうする!?」

「う……でも」

長老に叱られたリクが口ごもると、クラリスはニヤリと笑うと村人達に語りかけた。

「皆のもの! 聞くが良い!」

「は!?」

突然大声を出したクラリスに驚きつつも長老を始め村の男達の視線が集まる。

「……何事ですかな? クラリス殿?」

と長老も怪訝な表情を浮かべる。

それに対し、クラリスは自信に満ちた声で言い放った。

「我が夫、勇者リクの不調は私のせいである」

「は?」と長老をはじめ、村の男達が間の抜けた声を上げる。

「皆の者、すまぬな! 私の力不足で夫を心配させ、あまつさえこのような事態に……」

そんなクラリスの言葉を遮って長老が叫んだ。

「いやいやいやいや! 何を言っておるのですか!? クラリス殿!?」

「む? だから私が悪いのだと言っているのだが?」

「いやいや!そうではなく……その、リク殿が錯乱した原因は……」

「? ああ、それはだな。実は私、人間界の料理を作ろうとしていてな」

そう言うとクラリスは、エプロンのポケットから包み紙に包まれた黒い物体を取り出した。

「それが……その、リク殿が錯乱した原因と?」

長老が恐る恐る尋ねると、クラリスは大きくうなずいた。

「うむ。このようなものを作ったのだが……」

そう言ってクラリスが取り出したのは焦げて黒くなったハンバーグであった。

「……これは?」

「失敗したハンバーグだ。なんとも不甲斐ない。それで一度魔界の屋敷に戻り、料理の練習をしていてな、熱中するあまり一週間も経っておったのよ」

そう言ってクラリスは、長老に向かって微笑んだ。

「情けない話よな。夫のためと思いはしたものの、その夫に錯乱させるほどの心配をかけてしまうとはな」

そう言うと、クラリスはリクの頭を撫でた。「すまぬな、リクよ。お主の気持ちも考えず、無理をして……」

とクラリスが言うと、リクはふるふると首を振った。そして嗚咽混じりの声で答える。

「う゛ん……俺こそごめん! もう大丈夫だから」

そんな二人を長老含め辺境の地の者達は温かい目で見守るのだった。

「よし! では、私の料理修行の成果を皆にも味わってもらおうと思うのだが、辺境の地の者を招いた食事会を開いてもよろしいか、我が夫よ」

「え? しょ、食事会……か……別にいいけど、さ……その……」

リクらしからぬ歯切れの悪い反応にクラリスは首を傾げるが、その上目遣いで見つめるようすに察し、

「安心せよ、最初の一口はすべて我が手ずからあーんをしてやろう」

と、にやりと笑った。

「で、では……お願い……します」

そう言って頰を赤らめるリクにクラリスは満足そうにうなずいたのだった。

そして一週間後、辺境の地で開かれた食事会には多くの人間が集まり大盛況となったという。その席で一皿だけ振る舞われた黒いハンバーグだけは勇者リクが頑として他のものに食べさせなかったという。


少し時間を遡り、ここは魔王城の城下町は繁華街にある『魔界・つぼ八』の個室。

そこには、元勇者パーティーの三人と魔王四天王のうち三体の魔族が向かい合って座っていた。

「ぷっはぁぁ!」

と、ビールを一気に飲み干し、ジョッキを勢いよくテーブルに置くと、茶髪の人間の女性が声を上げる。

「っはぁぁぁ! やはり仕事終わりの一杯は最高ですわ!」

その女性……元勇者パーティーの一人、女戦士ナターシャは、上機嫌に笑い、口元の泡を上品に拭った。

「ふっ、いい飲みっぷりだな、女戦士よ!」

そんなナターシャを見て、真向かいに座った獅子の風貌をした獣人の青年、魔王四天王の一角である陸王レオンは、魔界にゃんチュールが並々注がれたジョッキを持ちながら豪快に笑った。

「そちらも飲みなさいな。嗜まれないわけではないのでしょう?」

「うむ! しかし、だな。このチュールには抗えぬ魅力があってだな……ぷはぁ! うむ、うまい!」

「まあ、いい飲み……食べ? まあ、とにかく、ささっ、もっと召し上がりなさいな」

レオンの健啖さに微笑むナターシャは、魔界にゃんチュールを幾束も握ると空になったレオンのジョッキに注ぎ込んだ。

「なんか……打ち解けちゃってるけど……いいのこれ? あ、サラダいる? こっちの海藻メインだからイケるっしょ?」

ナターシャとレオンのようすに首を傾げながらも元勇者パーティーの女賢者リリムは、自分の目の前に座る鯱の風貌をした青年、魔王四天王の一角である海王オルキスに声をかけた。

「あ、では、お願いするかな……それと気を使わんでも、私は別に肉でも魚でも食せるぞ」

そう言ってオルキスは、リリムが差し出した皿から海藻サラダをつまむと口に運ぶ。

「待て、空王。その所業は赦されない」

元勇者パーティーの女魔道士カーチャの厳しい口調に、鷲の風貌をした魔王四天王の一角である空王エルギルは、大きな翼で器用に持ったレモンを山盛りの唐揚げの皿の上で止めた。

「なぜ止める、女魔道士よ。唐揚げは熱々のうちにレモン汁をかけねば、ベシャベシャになるのだぞ?」

「それはレモンが苦手なものを考慮していない愚行。レモンをかけたければ、もう一皿頼めばいい。ということで、この皿の唐揚げはこちらで処理する」

「待て待て待て。ひとりで大皿を抱え込むなどはしたない真似をするな。みなで分けて食べよ。というか飲むな! 唐揚げは食べ物ぞ! 飲むように口の中へ流し込むな!」

「もむもむもむ……んっく! 追加注文……タコワサ、シーフードサラダ、ねぎま、鶏皮、ハツ、ぼんじりを各六本、刺し身盛り合わせ、牛タン皿、お新香……ん、みんなは何にする?」

「ひとり分か? ひとりでそれだけ食すのか?」

「え? うん。そうだけど?」

カーチャのツッコミにエルギルは不思議そうに首をかしげる。

「いや……まあ、いい。では私はハラミステーキとホッケを頼む」

「あ、じゃあ私もそれで」

「……貴殿、まだ食すのか……」

そんな三人のやりとりを元勇者パーティーの女賢者リリムは、呆れた顔で見ていたが、ふと思い出したように口を開いた。

「そういえばさ、なんで私達って魔王四天王と飲み会になってんの?」

その言葉に他のふたりと三体は一瞬きょとんとすると、

「ふむ。そういえばそうだな」

とレオンがつぶやいた。

「ええと、たしか魔王城に単騎で突撃したバカ……失礼、勇者リクのバカを探してましたのよね、わたくしたち」

ナターシャの言葉に、リリムとカーチャが頷く。

「うん。リク、宿から姿を消したから、捜索にしてたんだけど……」

「……『俺ひとりでいい……あの理想のおっぱいの魔王は俺が娶る』とか書き置き残してたのよね、あのバカ」

リリムとカーチャは何かを思い出したようでどこか疲れたようにため息をついた。

「ふむ。勇者リクか……たしか、貴様らが魔界に突入した際、我ら四天王と魔王様とで対峙したことがあったな」

「うむ。あれだな……そういえば、あの勇者リクは魔王様の胸を……」

とオルキスが何かを思い出すようにつぶやいた。

「ああ! そうそう、それよ! あんときリクってば『あの理想のおっぱいをこの手で鷲掴みに……』とか言ってたのよ」

「ふむ。確かにあの緊迫した場であの発言は耳を疑ったぞ」

「うちのバカがすみません」

半ば呆れた声のレオンに、リリムが頭を下げる。

「ふむ。しかし、リクはなぜそのようなことを言ったのか」

「考えるだけ無駄。なんにも考えてないから」

オルキスが怪訝そうな顔で首をかしげると、カーチャはしれっと言う。

その言葉にエルギルが箸を止め、ナターシャは、気まずそうに目を逸らし、ジョッキを傾ける。

そんな三人の様子を見たレオンは、少し考え込んだあと口を開いた。

「ふむ。そうか……貴様らも苦労しているのだな。まあ、かくいう我らも魔王様の行方を探していてな」

「魔王の行方? それはいったいどういうことですの?」

訝しげに問うナターシャにオルキスが答える。

「勇者が単騎駆をするという情報を知った魔王様は、ならばこちらも、とひとりで迎え撃つと我々に言われたのだよ」

「私たちは無論反対したのだが、魔王様は、先代魔王の失踪を憂いていてな。世襲で後を継いだ自分は相応しくないのではとお悩みであったのだ」

「それは違う、とかねてから申していたのだがな……」

オルキスの説明をエルギルが引き継いだ。そしてそれにレオンも言葉を続け、ナターシャは悲しそうに目を伏せる。

「そんな魔王が行方不明……先代のことから失踪はあり得ないとして……何が原因?」

空気を読まずに推理に頭を巡らせるカーチャに、三体の四天王は苦笑いを浮かべる。

「まあ、それはいい。それでだ。我らも捜索をしていてな。そこで貴様らが魔王城で勇者リクの捜索をしているという話を聞いて、もしやと思って赴いたら……」

「なるほど……それであそこで遭遇、というわけでしたので」

ナターシャの言葉にレオンは頷いた。

「うむ。しかし、なぜ魔界・つぼ八で酒席などということに……」

そう言ってレオンは周りを見渡す。それにつられて他の四人も周囲を見ると、ひとり「もっもっもっ」とテーブルの料理を食べるカーチャに視線が集まった。

「「「「「あーーーー!」」」」」

「ん? なに? まだ追加する?」

「そう言えば、この娘の腹が鳴ったのではなかったか?」とレオン。

「そうだ! そしたら突然雰囲気が悪くなって……」とオルキス。

「ああ、今にも暴れだしそうな有様に戸惑うとそこな女賢者が食事ができるところに案内せよと詰め寄り、その鬼気迫る勢いで今に至るのではないか!」とエルギルが叫んだ。

「あー、そーだったわね……ごめん! カーチャ、魔法の腕はいいんだけど燃費が悪くてぇ、お腹空かすと辺り一面焼き払いかねなかったのよ。危険回避のために慌ててて今の今まで忘れてたわ」

「わたくしもカーチャが暴走いたしませんように抑えるのに必死でしたので……その緊張感から解放され、つい気が緩んでましたわ」

と手を合わせて謝るリリムとナターシャ。

「ふむ。では、この娘が満足するまでここで食事とするか」とレオン。

「そうだな。俺もまだまだ飲み足りないしな」

そう言ってオルキスがジョッキを掲げる。

「む。なら追加でまた注文を……」というカーチャに

「貴殿はまだ食すのか!? せめて野菜も食せ! シーフードサラダではなく、緑黄色野菜を摂取せよ!」とエルギルが野菜サラダの皿を突き付けた。

レオンとオルキス、そしてお母さんのようにカーチャの世話を焼くエルギルのようすに、ナターシャとリリムは、ほっと胸をなで下ろし、

「ひとまず、わたくしたちもこの酒席を楽しむといたしましょう」

「そーね……バカと魔王を探すのは明日からってことで、さあ! オールで楽しむわよ!」

とグラスを空けるのだった。

そして、翌朝、三人と三体は、ひどい二日酔いで苦しむ羽目になるのであった。

ー第三話・完ー

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