第1話「死闘の果てにプロポーズ?」
「魔王よ! 魔界を統べる王よ! 俺は、お前を……お前を……お嫁さんにする!」
魔界は魔王城の謁見の間。だだっ広いこの場で今まで死闘を繰り広げていた勇者リクからの宣言に、場が凍りつく。
「は、はあ? き、きききき貴様! いったいなにをいっておるのだ!」
周囲に展開していた魔法陣がかき消え、魔王クラリスは、真っ赤な顔をして勇者リクに向かって叫んだ。
「たしかに、俺たちは敵同士……人間と魔界の住人……許されない関係になるだろう。しかし!」
勇者リクは、魔王クラリスをびしっと指差した。そう激しい戦闘で破れたドレスからまろび出た豊かな巨乳に!
「そんな大きなおっぱいのおねえさんを倒すなんて俺にはできない!」
ときっぱり言ってのけた。
「な、なななな……どこを見ているたわけ! それに私は、お、おねえさんではない! 長命種なだけだ!」
魔王クラリスは胸を両手で隠しながら真っ赤な顔で抗議した。しかし勇者リクはそんな魔王クラリスにじりじりと近寄っていく。
「え? ああそうだったの? そんな細かいことはどうでもいいよ! もう我慢できない! おねえちゃん❤」
勇者リクの鼻息がはぁはぁと荒くなり、ギラついた視線が魔王クラリスの胸の谷間に注がれる。
「よ、寄るでないわ!」
魔王クラリスは勇者リクから逃れようと部屋のすみへ逃げていく。
しかしそこはもう壁だった。勇者リクは両手で魔王クラリスの豊満な胸を鷲掴みにして揉み始めた。
「ああ……なんという素晴らしい感触……まさに神が造りたもうた奇跡の造形! これぞ至高のおっぱい!」
「こ、こら! 私をからかうか!? よさぬか! だ、だめぇ……ちょっ、そこまで?」
魔王クラリスはいやいやをするように首を左右に振って抵抗した。しかし勇者リクはその感触に感動し、夢中になって魔王クラリスの胸を両手で揉み続けた。
「はぁはぁ……凄い……それにこの柔らかさと弾力! これが魔王のおっぱい! なんて気持ちいいんだ!」
「や、やめよ! もうよいだろう? はなせ!」
「ああ……もう我慢できない! おねえちゃん! おねえちゃ~ん!」
「こ、こらぁ! い、いい加減にせんかバカモノ!」
とクラリスは魔力をそのまま爆発させ、リクを吹っ飛ばした。
リクは壁に激突する前に身を翻し、そのまま床へと降り立った。
「はぁはぁ……こ、この変態勇者めが!」
クラリスは乱れたドレスを直し、胸を隠しながら涙目でリクをにらんで言った。
「あ、わりぃ。ついついあまりに理想のおっぱいだったんで理性が……」
「理想のおっぱい!? 最初に見たときは、いかにも熱血元気な少年かと思うたがまさかこんなエロバカとは……その分では勇者パーティーのお仲間とはさぞ親密なことだろうよ。貴様以外全員女だしな」
「え? ……あ、ああ……あ、あいつら、と?」
謁見の間に入る前の廊下で倒れてる勇者パーティーの女戦士、女賢者、女魔法使いを思い出してリクは、顔を青ざめさせ、ガタガタと震えだし、突如として膝を抱えて床に座り込んだ。
「ど、どうした? なにか悪いとこでも言ったか?」
思わず声を掛けるクラリスに、リクは、
「女戦士はさ、脳筋なのに公爵令嬢でさ手なんか出したら首が飛ぶしさ、女賢者は元遊び人の陽キャで俺みたいな陰キャ童貞をからかうのが楽しみってやつでさ、女魔法使いは……」
「ど、どうした? 様子が変だぞ?」
リクはぶつぶつと暗い顔で何やら不穏なことを言い出した。クラリスは思わず心配して声を掛ける。
「女魔法使いはさ、勇者という特異生命体の謎を解析するって俺を実験動物としかみてないよーでさ……そんなやつらと俺が? 魔王まで俺をバカにするのかよぉ!」
「な、なに? それは本当か!? 貴様のパーティーの女どもは皆その……正気なのか!?」
クラリスは思わず驚きの声を上げた。そして同時にこの勇者が哀れになった。
「あ、ああ……そうだよ。だから俺の心の拠り所は、魔王のお前だけだ! さあ!」
と勇者リクは魔王クラリスに手を差し伸べる。しかし魔王クラリスはその手を握ることなく冷たい声で言った。
「……すまんが、貴様のその性癖に付き合うことはできん」
「え? なんでだ?」
「それはな……私にも女としての誇りがあるからだよ、馬鹿者め」
そういうとクラリスは魔法陣を展開して魔力を集中させた。
「そうか……そうかよ……ならいい! 好きになった女に殺されるのなら本望だ!」
「なぬ? す、好き、とな?」
「ああ、もう手遅れだ……好きだ! 俺はお前を嫁にしたいくらい好きになったんだ!」
勇者リクの決死の告白に、クラリスは動揺した。そして魔力をさらに高ぶらせる。
「え? あ、まて! 貴様! こんなときに魔そんなこと言うな! 魔術というのは繊細なんだぞ! お前ならわかるだろう?」
「知るかそんなもん! もう俺の理性はぶち切れてるんだよぉ!」
魔王城の謁見の間はあちこちに亀裂が入り崩れ始めてきた。このままではこの城ごと崩壊するかもしれない。
「わ、わかった! だから落ち着け!」
「え?」
勇者リクはクラリスの言葉に思わずきょとんとした。そしてクラリスは顔を赤くしながらもじもじと恥ずかしそうに言った。
「その……まず、おねえちゃんというのはやめろ」
「……え? あ……」
(こ、この魔王、まさか俺のことを意識してるのか?)
勇者リクの心に希望の光が灯った。しかしそれはすぐに消え去った。
「それに、私は魔王だぞ? 貴様の言うおねえちゃんとは、私よりも年下だろうが! 私の齢は二百を超えている! 貴様のような子どもを相手に、その、するなど……あるわけが……」
「え? あ……そ、そうなのか……でも、年齢云々よりもあんた美人で可愛いし」
(なんだこの魔王、可愛いすぎるだろ)
と思わず口に出してしまう勇者リク。その言葉にクラリスは顔をさらに赤くして言った。
「き、貴様! 貴様というやつは! な、なんということを!」
(こ、この少年……いや、この青年か? おねえちゃんと呼ばれるのは嫌だけど可愛いと言われると悪い気はしないし)
「あ~もう! とにかくだ! おねえちゃんはやめろ!」
「……わ、わかった」
「じゃあなんて呼べば?」
「え、えーっとだな、魔王……そうだ! 魔王と呼ぶに決まっておろう!」
「それは役職だろ? 俺の勇者みたいなさ。そうだった。俺はリク。人間の十五歳の男だ。ほら、あんたは?」
「わ、私か? 私はクラリス。先代魔王の娘だ」
「そっか、じゃあクラリスねえちゃんって呼ばせてもらうぜ」
「う……うむ……」
(こやつの邪気のない笑みはなんか調子狂うなぁ)
と思わずドギマギしてしまうクラリスだった。そしてそんな自分に驚いた。屋敷の奥で魔術の研究に明け暮れて幾数十年……男性になどあったこともなくいきなりの魔王就任からのこの状況…しかも人間だぞ? 人間のくせに! いや待て……そういえばこの人間、さきほどまで私に欲情していたような……いやまさか。
「クラリスねえちゃんどうしたの?」
「え!? な! おねえちゃんというなぁ!」
リクの言葉にクラリスはまたも顔を真っ赤にした。しかしそんな魔王クラリスの仕草に勇者リクは思わずときめいてしまうのだった。
(か、可愛いすぎるだろこの魔王!)
と思わず抱きしめそうになる自分を必死に抑えた。そして自分の心に芽生えた気持ちに戸惑った。
「……だってさっき名前教えてくんなかったし……」
「う、うむ……こほん……改めて名乗ろう。我が名はクラリス。クラリス=クラティア=クラートゥ。先代魔王の娘にして現魔王である」
「なるほど、クラリスねえちゃん、だな!」
と威厳たっぷりに言うが勇者リクの一言にすぐに崩れてしまう。
「お、おい!」
「え? だってクラリス=クラティア=クラートゥって長いし。だからクラリスねえちゃん」
「う……ま、まあよいか……」
と魔王クラリスは諦めたようにため息をついた。そして勇者リクに向かって言った。
「……で? 貴様はこれからどうする?」
「ん? ああ! クラリスねえちゃんと添い遂げる!」
「はあ!?」
と思わず大声を上げる魔王クラリスに勇者リクは続けた。
「いやだってクラリスねえちゃん、可愛いしさ。それに俺、もうおねえちゃんのことしか考えられないんだ」
「な! おま!」
とさらに顔を赤くするクラリスに勇者リクは続ける。
「だからさ……一緒に魔王城を出てさ……」
「え? そ、それって?」
と思わず期待してしまう魔王クラリス。しかしそんな自分に気付き慌てて首を振った。
(な、なにを私は期待しているのだ!)
そんな魔王クラリスを勇者リクはじっと見つめた。そんな勇者リクに魔王クラリスは戸惑った。
「な、なんだ? 私の顔になにかついているか?」
と思わず顔を背けてしまう。しかし勇者リクはぐいっと顔を近づけてきた。そしてじっとその瞳を見つめて言った。
「いや……可愛いなあって思ってさ」
「……あうぅ……」
(こ、こいつ!)
とますます顔を赤くする魔王クラリスだった。しかしふと疑問が浮かぶ。この人間……なぜここまで私に執着するのだ? いやそもそも私を倒したいがために、ここまでやってきたのではないのか?
「なあクラリスねえちゃん」
「な! クラリス様と呼べ!」
「あ、ごめん。でさ……俺さ、クラリスねえちゃんが魔王だって知ってから色々調べたんだ。先代の魔王は人間との戦いに敗れたって」
「……ああ、そうだ。それで父の跡を継ぎ、私は新たな魔王となったのだ」
と暗い顔でうつむく魔王クラリスに勇者リクは言った。
「なあクラリスねえちゃん……なんでこんなにも人間のことを恨んでいるんだ?」
その言葉に魔王クラリスはカッとなって勇者リクに怒りをぶつけた。
「なにを言う! 父上が人間に負けたことこそが私が人間と戦う原因ではないか!」
「え?」
と目を丸くする勇者リクに魔王クラリスはさらに続けた。
「そうだ! 人間が父上を殺したのだ!」
「え? 父上って……クラリスねえちゃんのとーちゃん?」
と勇者リクは驚いた。そしてさらに魔王クラリスに問いかける。
「で、でもさ、なんで人間がとーちゃんを殺したんだ?」
「……それは……」
と口ごもる魔王クラリス。しかし意を決したように口を開いた。
「お父上が人間に負けたのは、その人間の女に惚れてしまったからだ」
「……へ?」
と間抜けな声を出す勇者リクに魔王クラリスは続ける。
「父は生きている……自分を討ち果たした人間の女に惚れてよりにもよって駆け落ちをしたのだ!」
「……えぇぇぇ」
と言葉を失う勇者リクに魔王クラリスは続ける。
「ここ、魔王城を出ていく際、父は言った。『パパ、真実の愛に目覚めちゃったから! クラリスも思いのままに生きちゃえ! ガンバ!』と」
「……なんか、ファンキーなとうちゃんだな」
と思わず素で返す勇者リクに魔王クラリスは怒鳴った。
「笑うな! これは笑いごとではないのだ!」
「……わ、わりぃ……」
と謝る勇者リクに魔王クラリスは続けた。
「父上が失踪してから、先代の魔王として私はその座を引き継いだ。しかし……私は人間への怒りをどうしても抑えることができなかったのだ」
「それで、人間に戦いを仕掛けたんだな?」
「……待て。なんだそれは? 急な代替わりで混乱した魔界の統治にかかりっきりで、私は人間などにかまってる暇などなかったぞ?」
「え? そうなのか?」
と驚く勇者リクに魔王クラリスは続ける。
「ああ、だから人間など眼中になかった」
「……でも、人間に戦いを挑んだんだろ?」
「しとらんしとらん! 父上が失踪したからと恨みはしているがその暇がなかったというておろう!」
と再び怒鳴る魔王クラリスに勇者リクは言った。
「じゃあ、一体誰が?」
「それは……知らん。それをいうなら、そちらこそ、なにゆえ魔界侵攻など企てたのだ?」
「国王のおっちゃんが今回はうちの国の番だから行ってこいって……ご褒美くれるってゆーし」
とまたも素で返す勇者リク。そんな勇者に魔王クラリスはため息をついた。
「まったく……あの国王め、余計なことを」
「あ、やっぱそーだよな? 俺も他の人間の国に示しがつかないとか言ってたから、変だなあとは思ったんだけどね」
「まあよい。で? その褒美とやらが、この魔王城と私というわけか?」
「え? いや……国王のおっちゃんのハーレム永久フリーパスをくれるって……あ、これ言っちゃダメなやつだった……」
と思わず本音を言ってしまいハッとなる勇者リクに魔王クラリスは呆れた顔をした。
「な! 貴様、やはりそれが目的か!」「い、いや! 俺、今は純粋にクラリスねえちゃんを嫁にしたいと思って……」
「……な!」
と思わず言葉を失う魔王クラリス。しかし勇者リクは続けた。
「あ~もう言っちまったもんはしょうがねぇか……なあクラリスねえちゃん」
「な、なんだ?」
「俺さ、あんたのこと好きになっちゃったみたいなんだ」
「……へ? あ、あのその……それはどういう……?」
突然のことに動揺する魔王クラリスに勇者リクは続けた。
「だから……俺と結婚してくれ」
「な、なにを急に!」
とさらに動揺する魔王クラリスに勇者リクは言った。
「……俺はさ、今までずっと一人だったしこれからも一人でいるもんだと思ってたんだ」
「……え?」
「でもさ、あんたに会って……初めて一緒にいてほしいって思ったんだ」
「……そ、そうか……まあ、貴様の仲間はアレのようだしな」
と顔を赤くする魔王クラリスに勇者リクはさらに続ける。
「ねえ? クラリスねえちゃんは、俺のことどう思う?」
「どうって……」
「好きか? それとも嫌い?」
「……わ、私は……」
と顔を赤くする魔王クラリス。しかし勇者リクは続けた。
「俺はさ……初めてなんだ。こんな気持ちになったの」
「え?」
と驚く魔王クラリスに勇者リクは言った。
「俺さ、誰かを好きになったりとかそんな感情とは無縁だと思ってたんだ」
「……そ、そうか」
と少し寂しそうな顔になる魔王クラリスに勇者リクは続ける。
「でもさ、初めてなんだ……こんな気持ちになったの」
「そ、そうか……」
と少し嬉しそうになる魔王クラリスに勇者リクは言った。
「だから俺、あんたを他の男に渡したくない!」
「え?」
「俺はあんたが好きだ! もう絶対離さない! だから俺の嫁さんになってくれ!」
「……な! お、おま!」
とさらに顔を赤くする魔王クラリスをリクは、強く抱きしめる。
「お願いだよ……クラリスねえちゃん……」
と耳元で囁かれた言葉に、魔王クラリスは観念したように答えた。
「……わかった」
「え?」
「だからその……だ、旦那にしてやるって言っておるのだ!」
その言葉に勇者リクは満面の笑みを浮かべるのだった。そしてそんな勇者リクを潤んだ瞳で見つめ返す魔王クラリスだった。
2人の影が重なるのと同時に魔王城の鐘が鳴り響いた。それはこの魔界と人間界で新たな夫婦が誕生したことを祝う鐘の音であった。
時を少しさかのぼり、魔王城の謁見の間のその前の通路。
魔王の罠により戦闘不能になった勇者パーティーの三人がなんとか動ける様になり、単身乗り込んだ勇者リクの身を案じていた。
「あ~もう、なんであのアホ勇者はいつまでも戻ってきませんの!?」
と女戦士のナターシャが苛立って床を踏みならした。そんなナターシャに女魔法使いのカーチャは冷静な口調で反論する。
「落ち着いて。ナターシャ。リク、きっと今頃魔王と死闘の真最中、のはず……たぶん」
「え? なになに? なんでカチャたそ疑問形なわけ?」
と目を輝かせて尋ねるのは、女賢者のリリム。
「まさか~魔王がリクっちに惚れちゃって、リクっちってば魔王を押し倒してるとか~?」
その言葉にナターシャとカーチャは大笑いする。
「いくらなんでもそれはありませんわね!」
「うん、あのヘタレ童貞にそんな度胸、ない」
「そぉよねえ? リクっち、人一倍ドスケベだけど根は真面目だし、魔王が好みバッチリの美人で巨乳のおねえさんでもない限りありえんてぃーかあ」
三人はひとしきり笑うと突然考え込む。
「ところで、どなたか現魔王の詳細をご存知ではなくて?」
とナターシャに聞かれ、リリムが答える。
「え~? 知らないー? あ、でもクラリスって名前だったような?」
「うん。古い魔界紳士録によると『クラリス・クラティア・クラートゥ:魔王の一人娘。多彩な魔術を操る魔界の才媛』、と。写真はこれ」
その言葉と写真に三人は顔を見合わせた。そして……。
「「「えええぇぇぇ!?」」」
と驚きの声を上げる三人。しかしすぐに冷静になると、ナターシャが言った。
「たしかリクさん、魔王を嫁にするって言ってましたわね」
「そっかー……じゃあやっぱりリクっちってば魔王を押し倒しちゃったとか?」
「でも、リクはヘタレ。それはない」
とリリムの言葉にカーチャが反論する。しかしナターシャは冷静に言った。
「でも、あの勇者なら……やりかねないですわね……」
その言葉に三人は再び顔を見合わせた。そして……。
「探しますわよ。アレが魔王を娶るだなんて人類の恥ですわ!」
「そこまで言うのは……あー、否定できないや、ゴメンねリクっち」
「勇者と魔王の交配によって誕生するハイブリッド……興味深い」
と三人は魔王城の奥へと進もうとしたその時、魔王城の鐘が鳴り響いたのであった。
ー第1話・完ー