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おはようせかい

 

 翌朝。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ツリーハウスの外付け階段をのぼる。辺りは暗くて、肌寒い。誘ってくれた新造さんは前を見ながら言う。

「暗いから踏み外すなよ」

「ぅん……」

 同じく前を歩く次郎さんも、

「手すりをしっかりつかんでね」

 と声を掛けてくれる。

「……わぁった……ふあぁ」

 何処へ行くのかと聞くのも億劫なほどねむい。あくびを噛み殺すこともしないし、瞼は勝手に落ちていってしまいそうだ。

 体感的に三十段はのぼったと思う。すると、冷たい風が頬を撫ぜた。

「さむ」

 思わず肩をすくめると、新造さんは言った。

「着いたぞ」

「お疲れ様だよ」

 次郎さんも柔らかい物腰で教えてくれるけれど……そう言われても、辺りは暗くて何も見えなかった。真っ暗闇に風が吹いている、それだけだ。

「何も無いけど」

 問いかけると、彼らはおどけるように言う。

「そうか?」

「おかしいなぁ? うふふ」

 次郎さんが笑った刹那。彼らの背後から後光が差して、一つ目レンズが気障に笑う肩越しの笑みと、優しげなからかさの笑みを浮かび上がらせた。

「わぁ……!」

 思わず空を仰ぐ。黒いと思っていた空は深い藍色だった。薄明るくなると空は藍色になり、もう少し明るくなると一瞬だけ紫色になって、それから橙色、黄色へと変化していく。

 眩しさに手でひさしを作る。朝陽から逃げるように視界を戻すと、そこには美しい世界が広がっていて息を飲んだ。

「ここ、木の上……」

 足元は一面樹の海だった。木の葉を湿らす朝露は輝いて、まるで宝石をちりばめた絨毯のよう。

 昨晩目指したお城もよく見える。堅牢な石造りの壁は城壁のようだ。その向こうには円錐状の屋根が付いた塔がそびえていた。

 視線を移すと、森の淵に沿って流れる川面にはもやがかかって幻想的な光景を作り出している。

「なんて美しいんだろう」

 目に映るすべてがお伽の国のよう。眠気も吹き飛んで興奮気味の私に新造さんと次郎さんは言った。

「黄泉の朝は美しいだろ」

「きらきらでしょう?」

「うん、美しすぎて言葉にならない」

「この美しい朝に、毎日ここからおはようを言うんだ」

「気持ちがいいよ、あおいもやってみなよ」

 そう言うと二人は「おはよう」と一言。美しい朝に向かって挨拶をしたが、目の前の人に話しかける程度の声量だった。

 それも悪く無い、丁度いいと思う。けれど私は、この美しい世界の全てにおはようを言いたくて、大きく息を吸い込んだ。

「おっはよーーー世界ぃーーー!」

 声は黄泉の世界へこだましていく。

 なんて気持ちのいい朝だろう。

 現世にいた頃の、目覚めたあとの怠惰な気持ちは今は一ミリも無い。

 もし今から学校へいかなくちゃいけないとしても、この美しい朝はいとも簡単に怠惰を霧散させてしまうことだろう。

 思い切り伸びをすれば、いくぶん暖かくなった風が頬をなぜていった。



 ⁂




 ベッドに沈んでいた閻魔は、響き渡る元気なこだまで目が覚めた。

『おっはよーーせかいーー!』

 烏の鳴き声で目覚める日常に、突如紛れた異常だった。

 一瞬で眠気が飛んだ閻魔が薄手のガウンに袖を通してテラスへ出る頃には、こだまは去っていた。樹海を見渡し、しばらく空を見上げて。

「……おはよう世界」

 つぶやくと、頬を緩めて部屋へ戻っていった。



 ⁂



 樹上からの朝は美しかったが、森の朝もそれはそれは美しかった。野花やきのこ、下草にも朝露が付いて、木漏れ日に輝いている。

 そんな中、仲良しルームメイトコンビに連れられて広場にやって来た。そこには閻魔愛を語りつくす友の会の皆も集まっていた。何が始まるのかわからなくてきょろきょろしていると、清兵衛さんがラジカセのボタンを爪の先で器用に押し。聴きなれない調子の音楽が流れてきた。


『みそぎをしても 遅かろう

 今ごろ反省 無駄無駄無駄

 三途の川で 七日流され

 身包み剥がされ 枝たわむ



 あーぁこりゃこりゃどっこい



 石を三つ積みゃ 鬼怒らん

 ほれもうすこし 泣いてちゃ終わらん

 親不孝は するもんじゃない

 三つ積めたら お戻りよ




 あーこりゃこりゃどっこい




 七人審判 待っている

 一審七日だ 合わせて四十九日

 お前はどんな 罪を犯した

 隠したところで 鏡が暴く




 さてお待ちかね 好きな鳥居へお進みよ

 来世は何になるだろう 虫か畜生か人間か




 あーこりゃこりゃどっこい』



 歌詞の割に軽妙な調子で、歌っているのは少年合唱団だった。少年が歌うには歌詞に少々難があるような気がしなくも無いが……歌が終わると。今度はピアノの伴奏が始まった。

 “今日も元気良く体を動かしましょう~”

 ラジオの中の人がカウントをとり始めると、皆は揃った動作で体を動かし始めた。

 どうやら黄泉の国版ラジオ体操らしい。

 ラジオの中の人が動きを簡単に解説しながら進行していく。みんな真剣に体操しているから見よう見真似でやってみる。けれど、途中途中に無理難題が入っていて非常に興味深い。


 車輪を八の字に動かして~ っちに、さんっし

 好きなものに変化~ にーにっさんし

 飛べる人は飛ぶ~ はいっ、さんにっさんしっ

 出来ない人は足踏みや屈伸をしましょうと、しっかり補足付きだった。



 体操のあとは朝ごはんだ。

 青色の御飯にショッキングピンクの汁物を頂きながら、私はある提案をした。

「あのさ、今日からアタック開始って話だけど、勝率を上げるために作戦練らない?」

 昨晩の新造さんが話した『そりゃいってみたらわかるさ』の発言を受けて提案をしてみる。すると、みんなは御飯を食べていた手を止めて、黙り込んでしまった。

 その沈黙がなんだか怖い。悪い事を言ってしまったのかも知れない罪悪感に駆られて謝ろうとしたその時。新造さんは言った。

「……あおい、頭いいな」

 それに続いて清兵衛さんは大きく頷いて言った。

「確かにそのまま突っ込んで行くのは無謀すぎるな」

 こうして私達は閻魔様のルーティンから攻略法を検討することにした。

 彼等の知り得る、閻魔様と遭遇する可能性を含んだ、彼のルーティンは以下の通り。

 毎日決まった時間に森を散歩する事。

 船に乗る時も森を通る事。

「いいね、そこを狙っていこう」

 私が提案すると皆は大きく頷いてくれた。

 続いて夜叉丸は豆腐の入った桶を揺らして楽しそうに言った。

「ねぇねぇ、作戦名を考えようよ」

 快く了承され、みんなで考えた作戦名は――

 名付けて 『恋の大作戦』

 ベタだが……かえってそれがいい。という満場一致の採択だった。

 こうして本日より作戦開始と相成ったのである。







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