愛を語りつくす友の会
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清兵衛さんに連れられてやって来たのは、森の中の何処かだった。巨木の枝の上にはそれぞれ異なった趣のツリーハウスが点々と続いていた。
「おーい、帰ったぞー。同志を連れてきたから集まってくれー!」
清兵衛さんが声をかけると。森の奥から、ツリーハウスの中から、いろんな色形の色んなものが降りてきて、あっという間に取り囲まれてしまう。
集まってきた中の一匹……尻尾のたくさんある犬のような黒い影が、顔も口も無いのに、わたしを舐めるように見て訝しげに言った。
「人間か」
と次の瞬間。むくむくっと影は伸び上がり人の形になった。そして服の細かな陰影が浮かび上がり、色が付き――
影はブレザーを着た女子高生となり、ひっ詰めて結った髪を揺らし、長い睫毛を上げた。
「あたしに似てる……?」
髪型と制服は瓜二つ。でも、目前の女子高生のほうが可愛かった。
「お前を写した。少し化粧を施した」
尻尾のたくさんある犬のような影はさっきは男の声だったのに。今は私と同じような声だ。
「わぁ、上手。それに私より可愛い、ありがとう!」
自分をこんな風に見てくれたのかと思うだけで、嬉しくなって。手を叩いて喜んでいると、私そっくりの女子高生の彼は腕を組んで、むすっと口を尖らせて斜に構えてしまう。それが照れ隠しに見えなくも無いから、余計可愛い。
「雷蔵は可愛いものとか美しいものに敏感でな。そういったものを目に入れるとすぐ変化してしまう性分なんだ」
と清兵衛さんは言う。
って事は私が可愛いとか美しいとか、そんな風に感じてくれたということ……!
「え、すごいうれしい」
「清兵衛っ」
雷蔵さんと呼ばれている尻尾の多い犬のような影は、私の格好をしたまま清兵衛さんに食って掛かるのだけど。
「いーじゃないか、すぐに分かることだ」
清兵衛さんは意に介す様子もなくて。私の背中を押して一歩前に踏み出させた。
「この女子はあおいという。閻魔愛を語りつくす友の会の一員に加わることになった。ほら、あいさつを」
挨拶を促され、緊張の中で口を開いた。
「あおいといいます、高校二年生です。あおいって呼んでください――」
見渡すと、色んなアヤカシが居る。
壁面みたいな者、レンズのような目を一つ付けた者、
豆腐の入った桶を抱えている者、ぼろぼろの傘から生足を一本生やしているもの……
「ブロマイドを買ったらお金を使い果たしちゃって川を渡れなくなってしまった私を、清兵衛さんが誘ってくれました。閻魔様は小さいころから夢に見ていて、夢の中ではめちゃくちゃ仲良しです。そんな閻魔様にご挨拶をして、お近づきになるのが私の目標です、どうぞよろしくお願いしますっ」
折り目正しく頭を下げる。だけど、がやがやしていたのが嘘のように、しんと静まり返ってしまって……相手が相手だけに、ちょっと焦る。
何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。恐る恐る頭を上げると。あやかし達は一様に目をむいて、引きつった顔で上半身を仰け反らせて言葉を失っていた。
「あの……?」
置かれている状況がわからない。だけどあやかしが絶句しているのだ、良い状況ではなさそう……
恐怖に困惑していると、誰ともなくささめきが聞こえてきた。
「すげぇ……」
それを皮切りに、彼らは喜びの態度を示し始めた。そして珍しい発見をして前のめりに囲んでしまう学者さんの様に取り囲まれてしまう。
「あおいはすごいな!」
「えんまさま、夢に見る、なかなかできない」
「しかも幼い頃からときた」
「めちゃくちゃ仲良しって羨ましすぎるんだけどぉ!」
「写真撮りてぇ!」
「幼い閻魔様はそりゃあ可愛らしかったろう」
「だからブロマイドが当たったんだな」
やいのやいのと、歓喜に湧くみんなの顔が近すぎて誰が話しているのか判断が全くつかない。
すごい顔圧……
あやかしの顔圧はとにかくすごかった。
その後、それぞれ自己紹介をしてくれた。
尻尾がたくさん生えている犬のような黒い影は雷蔵さん。
「恐れ多くて閻魔様には化けられないが、他のものならなんにでも化けられる」
壁面みたいな者は、塗り壁の昆さん。
「えんまさま……かっこいい あこがれ」
レンズのような目を一つ付けた者は、写真家の新造さん。
「閻魔様専属パパラッチをしている。麗しい閻魔様のどんな瞬間も逃したくない」
豆腐の入った桶を抱えている者は、豆腐小僧の夜叉丸さん。
「日々豆腐を研究しているんだ、閻魔様に食べて欲しいから」
ぼろぼろの傘から生足を一本生やしている者は、からかさお化けの次郎さん。
「雨が降ったら、閻魔様の肩が濡れないようにそっと寄り添ってあげたい……あくまでもそっと」
異様な容姿だけれど、話してみると愉快で、快活で、勤勉で、優しくて、個性豊かだ。閻魔様愛駄々漏れの彼らとこれから楽しく暮らせそうな予感がした。