駄菓子屋
⁂
気が付いたら立っていた。極彩色の絢爛豪華な唐破風の門前に。
後ろからやってくる人たちが、門を通って行く。
その向こうには賑やかな往来と、妖しい色の町並みが、茜色の空の下に広がっていた。
一歩踏み出すと、ポケットに妙な重みを感じた。
確かめると真ん中に穴の開いた小銭が六枚入っている。
疑問に思ったけれど。
「まいっか」
そんなことは大したことのない疑問に思えた。それよりも先に進まなければいけない気がして、小銭をポケットに押し込んだ。
人の流れに沿って門をくぐる。食べ物の香ばしいにおい、出汁をひいた芳醇な香り……鼻を刺激され往来に目を向けると、様々な屋台や食堂が往来に面して、そのどれもが店の間口を完全に開け放って営業していた。炎を上げて調理している様子も、お客さんが食べているのも、完全に往来から見えてしまっているけれど、それはしっくりしていて、極普通のことに見えた。
他にも雑貨を扱う店や自転車の修理屋など、所狭しと店が並んでいる。活気のある声が飛び交って、門をくぐってやってくる人々は買い物を楽しんでいる。
散策していると一軒のお店に目が留まった。
それは駄菓子屋だった。小学生以来の懐かしさに感慨深くなって気づけば店に入っていた。
「いらっしゃい」
蒼白い顔の、左の瞳がそっぽを向いたお婆さんがしゃがれ声で迎えてくれた。
人工的なフルーツの甘酸っぱい香りが充満する静かな店内に首を巡らせる。魂を刺激するごちゃごちゃした店内は宝の山にしか見えない。
そんな店内で、これまた懐かしいものを発見した。
それは目隠しくじ。イケメンアイドルのブロマイドだ!
その中から一枚引き抜いてどんな写真が当たるのかドキドキ感を味わうという……
あえて言おう、目隠しくじの罠にはまりたいと!
表紙の見本ブロマイドは大好きなアイドルだったから。穴が開きそうなくらい食い入るように見つめていたせいか、お婆さんは教えてくれた。
「生写真。六文ね」
六文、という単位に違和感を覚えたけれど、それよりもだ。久々に聞いた生写真という響きに盛大なる感銘を受けてしまい、感情に任せてポケットに入っていた小銭を引っ掴んで全て渡していた。
「ひぃふうみぃ……丁度だね、毎度」
影が濃くて表情がないお婆さんは正座をしたまま、吊るしてあるザルの中に小銭を入れている。
よかった、お金が足りて。
ブラウスの袖を捲くり、心の赴くままに手を伸ばし。束の中から手に取った一枚の袋を思い切り下へ引っ張った。
ざり。
わら半紙の袋が束から離れた。手元には夢にまで見たブロマイドが!
一体どんなアイドルが来てくれたのか。どっきどきで写真を取り出すと、そこに写っていたのは赤っぽい肌、瞳は淡い褐色で容姿が幻想的な、私と同じ年くらいの男の子だった。
「どっかでみたような……」
首をかしげた瞬間、すぐに思い出した。昨晩ちょうど夢に見たあの男の子だ。
夢の中より成長しているけれど、確信めいたものがあった。
「ここで会えるなんて。神か、あたしの指」
かなりのイケメン。とは思えど。
表紙のアイドル……これが欲しかった。
「おばあさん、この表紙の写真譲ってもらえませんか」
駄目もとで、とにかく聞いてみるが。
「六文で譲ってやるよ」
とお婆さんは言う。
「ありがとうございます、六文ね」
スカートのポケットも、ブレザーのポケットも。全部探したけどもう、小銭はどこにも無い。
仕方無い、ここは交渉するしか……!
「交換してください」
「駄目だ」
「じゃあ返品を、」
「言っとくが、ブラインドのブロマイドは返品できないからね」
「そんなぁ! この通り。ね? ね?」
うるうるの瞳で願っても、拝み倒しても。
「六文払いな」
と素っ気無い返事。
「おねがいだからぁ!」
長いこと粘ったけれど返品も交換も駄目で。溜め息と共に店を出た。
「世知辛い……」
あの男の子のブロマイドを、胸のポケットにそっとしまった。