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やみ

 

 ⁂



 翌朝。

 今日も森は静かだった。いつもと変わらない景色が閻魔の心を落ち着かせる。一方で今日はどの曲がり道の向こうに少女――あおい――がいるのか、今日はどんな方法で楽しませてくれるのか。遭遇するのが密かな楽しみでもあった。

 昨日は肩が触れたことに動揺してしまった自分を思い出して恥ずかしく思いながら。鳥のさえずりに耳を済ませるフリをして散歩をしている閻魔は、曲がり道の向こうで騒然としているアヤカシたちを見つけ足を止めた。


 するとアヤカシ達は閻魔に気が付いて、泣きそうな顔をしてすがりついた。

 半べそで訴えるのは清兵衛、新造、夜叉丸、次郎、雷蔵だ。

「閻魔さま!」

「遅いって!」

「大変だよう!」

「地面から出てきた!」

「真っ黒い影!」

 そしてやや遅れて口を開いたのは昆だ。

「かげに さらわれた」

「影に攫われた?」

 見渡せば、あおいの姿がない。

「あおいがか」

 動揺していて思わず名前を口走ってしまったが、アヤカシたちはほとんどパニックになっていて、なぜ名前を知っているのか突っ込まれずに済んだ。皆、ぶんぶんと頷くばかりだ。

 あおいが影に攫われたと聞いて、サッと血の気が引いた。

 いや……まてよ。

 ふと冷静になって状況を俯瞰すると、アヤカシたちの騒ぎようが演技に見えなくも無い。

 今日はそうやって俺を楽しませるつもりか。油断させてあおいのところへ連れて行くつもりだろう。

「次から次へとお前達は……虚説を申すな」

 半ば呆れたように閻魔が言うと、アヤカシ達は一斉に「違うんです」「本当なんです」とぽろぽろ泣き始めてしまった。

 その様子を見ていた閻魔は、心が不安に侵されるのを感じた。アヤカシたちを見渡したとき、地面に写真が落ちているのを見つけた。

 それは先日、変化の指南をした際に撮影した、あの写真だった。

『素敵に仕上げてくれてありがとうございました。宝物が増えました』

 宝物と言っていた写真を道端に捨てて行くはずがない。目を赤くするアヤカシたちの様子も、誘拐の事実をじわじわと閻魔に理解させていく。

 閻魔は写真を懐へ入れ、真剣な面持ちで言った。

「下手人はどちらへ向かった」



 ⁂




 一方、あおいは。

 長い黒髪をひとつにまとめた、細い眉毛に切れ長の目もとの、赤みがかった肌の男と差し向かいでコタツに入っていた。

 影に攫われて連れてこられたのは、この男の元だった。男はヤミと名乗り、吹雪のような冷たい目で「お前のような雌豚には小屋で十分だ」と言って部屋に通された。が、あおいから見れば十分豪邸の、広い部屋だった。

「薄汚い女だ」

 と言ってお風呂へ入るよう指示したり、

「ひもじい下人が」

 と罵るも。風呂上りには宅配ピザがやって来て、トリプルチーズで具沢山、耳にウインナーが入っている一番お高いピザを熱々の状態で勧められた。

 死んでもピザが食べられるとは思っていなかったあおいは、大好きなパンタイプ生地をうれし泣きで頬張った。



 ⁂



「なんでパンタイプ選んだんですか」

 私はピザの生地にこだわりがあった。パンタイプは食べ応えがハンパないから好きだった。なぜ細身のヤミさんはクリスピータイプでなくパンタイプを選んだのかが気になって、食後にウーロン茶を飲みながら問う。

「食べろ」

 質問に答えず木の入れ物に盛ってある小ぶりのみかんを勧められ、素直に受け取って皮を剥ぐ。

「いただきます」

「頭から剥くのか」

 すでに皮を剥き終わっていたヤミさんはみかんの白い筋をとりながら、私の手元を見つめている。

「テレビで見たんです、頭から剥くと白い筋が取れるから食べやすいって。ほら」

 剥いた状態を見せると、確かにヤミさんのみかんよりも白い筋が少ないことがわかった。

「なるほど。下人のくせに知識はあるようだ。閻魔が気にするだけのことはある」

 閻魔、と聞いて胸がつぶれそうになる。手が止まったからか、ヤミさんは言った。

「どうした。王家御用達のみかんが気に入らないか? 下人の分際生意気な」

「ぃえ、みかんが気に入らないわけじゃないんです」

 小ぶりのみかんを一口で口に入れてモグモグと。

「おいふぃ」

「だろう。で、何が気に入らん。煉獄を統べる偉大なヤミ様が直々に聞いてやる」

「じゃあ……話しますけど笑わないで下さいね」

「善処しよう」

「閻魔様にお近づきになりたくてアタックしてるんですけど、上手くいかなくて。ほぼ無視で、口も聞いてくれなくて、近寄ることも難しくて……もう、どうしていいのか」

 腕を組んで聞いていたヤミさんは、氷点下の目元に似合わずふん、と深めの相槌を打って。

「弟ながら酷いな」

 と……共感してくれた。

 でも、私は閻魔様のことを酷いなんて一度も思ったことはない。太山府君が酷いやつだけど。その辺を訂正したいけれど、せっかく共感いただいたんだし、私は囚われの身だ、下手に否定して気分悪くさせると後々困るだろうから黙っておこうと思う。

「閻魔様はヤミさんの弟さん?」

『酷い』に触れずに話を膨らませるには、弟という部分を最大限に活用しなくては。……そぅね、言われてみればヤミさんと閻魔様は似てるような、似て無いような。

「閻魔は弟。そして俺は閻魔の兄。煉獄を統べる偉大な主だ」

「へぇ、煉獄の偉い人なんですね、ヤミさんて」

 オウム返しだが、これが話を続ける鍵だ。するとヤミさんは眉を寄せて苦渋に満ちた表情で言った。

「俺が黄泉の国を統べるはずだった。俺にはその素質がある、なのになぜ弟が閻魔大王を継いだのか……父上のあとを継ぐのは俺だとずっと信じていたのに」

 ここでヤミさんの人生相談にすり替わり。自分が今までどれだけ頑張ってきたかを延々と聞かされた。

 と、突然。努力話を切り上げてヤミさんは言った。

「やはりみかんは頭から剥くのが良い」

 食べやすくなったせいか、コタツにはみかんの皮が幾つも転がっている。

「今まで以上にみかんが好きになった」

「よかったですね」

「豚も役に立つのだな」

「豚……ここでぶっこんで来るのね」

「ところで、豚の分際でなぜ閻魔を知っている。川を渡る前だというのに」

「知っていると言うか、夢に出るんです。たまにしか見ないんですけど、小さな頃から同じ夢なんですよね」

「夢に?」

「はぃ」

「豚で返せ。空気の読めない豚め」

「ピギィぃぃぃぃぃぃっ」

「突然興奮するな」

「ブ、ブヒ」

「あぁん。そういうことか」

「華麗なるスルー!」

 羞恥を押し殺してブヒを披露したというのに。意に介していないヤミさんは、ほの暗い笑みを見せた。


「……で、そういうこととは?」

「何も知らない豚め。教えて欲しくば豚で返せ」

「ブヒ」

「即答か。いいだろう、教えてやる。魔族は基本的に夢を見ない。だがこれだけは夢に見る。運命の相手だ。それは森羅万象のお告げといわれている。一生見ない者もいるし、幼いときから見る者もいる。

 そして……夢に見た相手も同じ夢を見る」

「じゃあ、私が閻魔様を夢に見ていたってことは、ブヒブヒ」

「豚が閻魔の運命の相手ということだ」

 俺は見た事ないのに、閻魔の奴め。とヤミさんはつぶやいて悔しそうに眉を寄せた。

 その様子を見ていて気が付いた。ヤミさんはきっと、閻魔様に嫉妬しているのではないかと。

「あの、ヤミさんと閻魔様の兄弟仲は、いい……」

「わけないだろう」

「ですよね」

 なんだかんだいって人のいいヤミさんの、閻魔様に対する嫉妬が薄まって、兄弟仲良くなればいいのにと、素直に思った。


「今日は冷えるな」

 そう言ってヤミさんはお酒を持ち出して、高そうな切子のグラスに注いでくれた。

「豚にも分けてやる」

 満更でも無い顔で言って、グラスを置いてくれる。

「私、未成年ですけど」

「死んだあとの罪は問わん。それに豚だ」

「あ、無法地帯……ブヒ」

「言いえて妙だ」

 特に申し合わせたわけではないのに、何となく乾杯をして。これがまた強いお酒で、口を付けて飲んでいるフリをするのが精一杯だ。

 一方のヤミさんはぐいぐい飲んで、私のグラスが一向に空かない事なんか気にも留めていないで話し続けていた。

 そしてだいぶ酔いが回った頃、彼は言った。

「あいつを煉獄へ突き落とし、俺が黄泉の国の審判者、閻魔大王を継ぐ。計画はもうすぐ実行される」

「ブヒっ!」

 煉獄へ突き落とす計画と聞いて、思わずブヒ返しをしてしまった。

 具体的な内容はわからないが、ヤミさんの計画を聞いてしまってよかったものか。心蔵が縮み上がった。

 と、ヤミさんはコタツに突っ伏して動かなくなった。どうやら寝てしまったらしい。

 窓際の椅子に掛けてある羽織ものを肩に掛けてやり。私はと言えば、使ってもいいと言ってくれた携帯型ゲーム機の電源ボタンを必死に探すのだった。







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