第八話 ねずみ相手に八つ当たりをする花子さん
花子さんがスライムにまみれてから十数秒が経過。あまり放置し過ぎると後が怖いので、そろそろ行動を開始するとしよう。
俺はもがく花子さんに歩み寄り、ポケットに忍ばせて置いた袋の中身をぶちまけた。スライムの構成物質のほとんどは水分。ならばその水分を奪ってしまえば、スライムを倒すのは簡単だ。要はナメクジなんかと同じ。塩でもスライムを倒すことは可能だとのことだが、ナメクジよりも遥かにサイズの大きいので、大量の塩が必要となってしまう。
そこで着目されたのが、この吸水ポリマー。塩に比べれば高価だが、スライムを吸った吸水ポリマーは、スライムから採取出来る素材として売買することが出来る。何でも、次世代型のエネルギー資源としての利用価値も期待されているのだとか。今のところ、少量では買い取り価格は安いものの、一般的なサイズのスライム三匹分くらいの量で、一食分の食費くらいにはなるらしい。もし、エネルギー資源として利用が可能になれば、価格は一気に跳ね上がるだろうし、国を挙げてのスライム狩りが行われる、何てこともあり得る話だ。
ともあれ、今は花子さんを救うのみ。スライムに降りかかった吸水ポリマーが、徐々にスライムを吸収し始め、スライムの動きが鈍くなっていく。ものの数秒で、スライムは全て吸水ポリマーに吸い尽くされ、後に残ったのは、膨らんだ吸水ポリマーにまみれた花子さんだけだった。
「大丈夫? 花子さん」
「……酷い目に遭った」
「それは花子さんが、薄暗い中、周りも見ずに移動するからだよ。ほら、花子さんもヘッドライト点けて」
俺が予備のヘッドライトを花子さんに手渡すと、彼女は複雑そうな顔を浮かべながら、それを装着する。恐らく、自らが恐怖の対象であることと、そんな自分がスライムごときに遅れを取った事実の合間で葛藤しているのだろう。とりあえず、この一件でダンジョンを舐めない方がいいことは学べたはずなので、結果としてはオーライのはず。へたり込んだままの花子さんに手を差し伸べ、その場から立つよう促した。
「……いい。一人で立てるから」
服についた吸水ポリマーを手で叩き落としながら、花子さんは自力で立ち上がる。俺は、そんな花子さんの足元を指差しながら、声をかけた。
「それ、回収させてもらっていいかな」
「それって何よ」
「スライムを吸った吸水ポリマー。売ればお金になるし」
「ちょっ!? 私の身体を這いずったこいつを、売りに出そうって言うの!?」
「あ、それいいアイデアだね。トイレの花子さんに一泡吹かせたスライム」
コメントに目を向ければ、早くもこの話題で盛り上がっているようで、やれいくら出すだの、金額で競り合っている。ネットオークションに切抜きした画像付きで出品すれば、結構な儲けになりそうだ。
「いい訳あるか! 絶対売らないからね! こんなの焼却処分よ! 焼却処分!」
「いや、さっきのは冗談だとしても、スライムは換金出来るんだよ? ダンジョンに潜るのだって経費がかかってるんだから、元は取らないと」
「そのスライムじゃなくてもいいじゃない! 換金出来るものだって、他にもあるんでしょ?」
「まぁ、なくはないけど。その分面倒だよ? たぶん」
「ほら、あるんじゃない。さっさとその情報をよこしなさい!」
そういう訳で、俺はスライム以外の資金調達の術の一つを、花子さんに伝授する。俺達が取り得る行動の中で、最も簡単で確実な方法。それは――。
数分後。
花子さんは人間の赤ん坊くらいのサイズのねずみを相手に、大立ち回りをしていた。ずんぐりとした体型の割りに、ねずみは非常にすばしっこいが、それを追う花子さんも伊達ではない。上手いこと洞窟の壁際に追い込み、手にしたバールで、見事ねずみ――ビッグラットを撲殺、もとい撃破する。
「ほら、見なさい! あたしにかかれば、ざっとこんなもんよ!」
先ほどのスライムの件でストレスを抱えていたからだろう。ビッグラットに対するさっきは尋常でなかった。完全に八つ当たりなのだが、それを指摘すると矛先が俺に向きそうなので、ここは黙っておく。
「うん。いいね。それじゃあ、このダンジョンを出るまでに、このねずみをあと四匹倒してね」
「あと四匹!?」
「うん。それくらいが二人でギリギリ持って帰れる物量だし。かつ売値も今回の出費を賄った上で、少し余るくらいだから」
「……こいつ見た目の割りに結構すばしっこかったけど!?」
「だから面倒だって言ったじゃない。それとも、あのスライムにしとく?」
花子さんは、苦虫を噛んだかのように顔をしかめた。相当あのスライムを売ることに抵抗があるようだ。
先ほどのスライム入り吸水ポリマーは、きちんと回収済み。放置すると他の探索者の人達に迷惑だし、ダンジョンの景観も損ねてしまう。持ち込んだ物はきちんと持ち帰る。それがダンジョン探索者のマナーと言うやつだ。
「わかったわよ。ねずみにするから、あんたはあたしの勇姿をきちんと配信なさい。追いつけないとか言ったら殺すから」
「……肝に銘じておくよ」
花子さんの言う「殺す」はただの脅し文句ではないので、気をつけなければなるまい。とにかく、俺達はビッグラットを追いつつ、ダンジョンの深部へと足を踏み入れて行く。今のところ同時視聴者数は上々。まだ確信とまでは行かないが、これはひょっとしたらひょっとするかも知れない。そんな淡い期待を胸に、俺は花子さんの八つ当たり現場を、カメラに収め続けた。
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