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第七話 絶好のスライム浴日和

 出来るだけ広くダンジョン内が映るようにスマホのカメラを構えつつ、配信開始ボタンを押す。普段は動画しか上げて来なかったチャンネルなので、リアルタイム視聴者はあまり期待していなかったが、それでも物好きと言うものはどこにでもいるものだ。開始して数秒後には、数名の視聴者が現れる。


「はい、こんにちは~。いつもTAKAチャンネルをご覧いただき、ありがとうございま~す」


 いつも通りの前口上。今までは(もっぱ)ら夜投稿だったので、「こんばんは」から入っていたが、今は日中なので「こんばんは」と言う訳にも行くまい。


「今日はですね、先日の動画でもお伝えしたように、ダンジョンから生配信を行っておりま~す。動画をまだ見てないよ~。と言う方がいましたら、概要欄にリンクが張ってあるので、ぜひご覧くださいね~」


 花子さんと遭遇した時の動画は、本人の了承を得て、しっかりと公開済みだ。その動画の最後に、次回から新企画としてダンジョン配信を行う旨を伝えていた。突然の鞍替えなので、多少の誹謗中傷は覚悟していたが、元々人気(にんき)があるとは言えないチャンネルである。コメントが付かないまま、本日を迎えた訳だが、果たして視聴者の反応はいかに。


「それでは、改めまして。本日より始めます、新企画! 『トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中』始まりで~す! もちろんメインとなる探索者はこちら! 先日の動画でお知り合いになった、トイレの花子さんで~す」


 ここで初めて花子さんにカメラを向け、彼女を全面的に映し出す。ダンジョン配信に限った話ではないが、生配信に必要なのは、とにかく配信栄えする容姿と声。その点では、花子さんは優に基準をクリアしているので、すぐにブラウザバックされることはないだろう。 


「何? もう映ってるの?」

「はい。映ってますよ~。早速ですが、自己紹介をお願いしま~す」


 この辺りは事前に打ち合わせをしているので、グダることはないはず。思っていた通り、「待っていました!」とばかりに、花子さんは目を輝かせながらカメラに詰め寄った。


「あたしは花子。徳村花子。今は廃校になってる古出高校のトイレの花子さんよ。最近の人間はネットにばかり夢中で、全然あたしを訪ねてこないから、こっちから出向いてあげたわ」


 やや自信過剰とも言える態度も、配信として見れば、堂々とした態度で好感を持たれやすくていい。問題は、彼女が本物のトイレの花子さんであるということを、いかにして視聴者に伝えるかだが。


 案の定。配信上のコメントに『本物?』とか『ただの美少女で草』と言うワードが流れて来る。無理もない。花子さんは、先の体験を踏まえた俺ですら、ただの人間に見えるほどだ。初見の視聴者に、真実が伝わる訳もない。


「あ、疑いの念を感じるわ。信じてないわね?」


 コメントを見ている訳ではないのに、花子さんが的確に視聴者の反応を拾い出す。まさか人間の感情の機微を、ネット越しに感じ取っているのだろうか。


「いいわ。証拠を見せてあげる。私はそんな安い女じゃないけど、怪異であることを疑われるのは癪に(さわ)るもの」


 花子さんが言い切った瞬間。急に背筋がぞくりとした。見た目に変化があった訳ではないのに、花子さんがそれまでとは別人のように恐ろしい。この感覚を、俺は知っている。呪いだ。俺が彼女から呪いを受けた時、まさにこんな感覚だった。まさか視聴者全員を呪った、などと言うことはないだろうが、それでも本能的から語りかけられる生命の危機は、画面越しであろうと関係ない。飲み込まれそうなほど深い瞳がこちらを見ている。恐らく、画面の向こうにいる人達にも、それが伝わったのだろう。それまでの批判的なコメントは鳴りを(ひそ)め、恐怖を示すワードが、ちらほらと流れて来た。


『え、怖……』

『俺の部屋でラップ音鳴ったんだが?』

『これ配信者大丈夫か?』


 いくつかを抜粋すると、こんな感じだ。しかし、同時に視聴者が増え始める。最初は片手で足りるほどの人数だったのが、あっという間に数百件の同時接続へ。誰かがSNSで拡散してくれたのだろう。花子さんにもそれは伝わったようで、どす黒い気配を引っ込めてくれた。


「わかればいいのよ。これからは怪異を、いえ、この私を崇め奉りなさい。あんた等全員、あたしの虜にしてあげるから」


 この一言で、場の空気が一気に盛り上がる。すっかり気をよくした様子の花子さんは、(いさ)んでダンジョンの奥へと歩みを進めた。


「あ、ちょっと待ってよ、花子さん! 一人で勝手に行ったら危ないよ!」

「何が危ないってのよ。あたしはトイレの花子さんよ? 前にも言ったけど、怪我はしないし、死にもしない。危険なんてこれっぽっちも――」


 その時、花子さんの頭上から何か液体のようなものが降ってくる。落下時に受ける風圧で広がったそれは、そのまま花子さんの身体へと降り注いだ。


「きゃっ!? 何よ、これ!?」


 意外と可愛い悲鳴を上げるではないか。普段とのギャップがたまらない。


「あ、花子さん。それがスライムだよ」


 降って来たのはスライムだった。半透明で粘度の高い、液体状のモンスター。某ゲームの影響で最弱モンスターという不名誉な称号を与えられてしまったが、実際のスライムは、出来れば出会いたくないモンスターの筆頭格なのである。


 それもそのはず。このスライムと言うモンスター。液体状であるが故に物理攻撃は効かないし、魔法耐性も高い。意思と呼べるものはなく、生物に取り付くと、その身体を粘液で溶かして自らの養分に変える、形なき捕食者。おまけに水を含むと体積が増えるという特性があるので、探索者にとっては頭の痛い相手なのだ。


「これがスライム!? あたしの知ってるのと違う!」

「それはそうでしょう。花子さんの知識は主にゲームのやつだから」

「ちょっと! これ、取れないんだけど!?」

「花子さんは生身の人間じゃないから、溶かされる心配はないし。落ち着いて対処しよう」


 そう。花子さんはこう見えて霊体。実体がないのだから消化される心配はない。問題なのは絵面。半透明の粘液でべたべたになった、絶世の美少女がそこにいる。それが全世界にリアルタイムで発信されているのだから、一大事と言えば一大事。エッチなゲームと違って、服だけ溶かされるということもないので、配信における規約的にはグレーゾーンと言ったところか。少なくとも、いきなりアカウント停止と言う事態にはならないだろう。


「落ち着いて対処って、あんたカメラ構えて見てるだけじゃない! 助けなさいよ!」


 花子さんの絶叫が、ダンジョン内に響き渡った。


 七月某日。晴れ。屋外の気温は高く、絶好の水浴び日和と言える。花子さんは絶賛スライム浴中だ。俺はごめん被りたいが。

読んでいただきありがとうございます。


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