第六話 初めてのダンジョン
ともあれ。大荷物を背負って、近所にあるダンジョン前までやって来た俺。隣に花子さんはいない。彼女は現在、俺の家のトイレで待機中。俺が先にダンジョンに入り、フロア内に簡易トイレを設置したら、それを基点に花子さんがダンジョン内にやって来る、という手はずである。
ちなみに、今日の配信に使うダンジョンは、既に最奥までの調査が完了している、いわゆる攻略済みダンジョン。地下三階構造の洞窟となっている。ネット上に詳細情報が載っているので、散歩感覚で入る人もいるくらいだ。
「とりあえず、この辺でいいか」
通行の邪魔にならない辺りに、簡易トイレを設置。これで花子さんはこのダンジョンに侵入出来るはず。トイレを設置し終えてから、待つこと数秒。不意に、目の前に花子さんが現れた。どうやら、花子さんが言っていた理論は、ちゃんと成立しているようだ。
「遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ」
「遅いって言われても……。せいぜい数分だったでしょ」
これは本人から聞いたことだが、花子さんが自らの意思で現れる場合、例のアンパンは必要ないらしい。アンパンはあくまで、あの廃校のトイレで花子さんをその気にさせるのに必要なだけで、ダンジョンへの来訪に関しては、その限りではないとのこと。案外適当というか、本人の匙加減次第という点で見ると、普通の人間くさいと言える。もしかしたら、他の都市伝説の類も、こんなものなのかも知れない。
「……まぁ、いいわ。とにかく、ここがダンジョンってことでいいのよね?」
「うん。全三階層の、地下に伸びる洞窟型ダンジョン。ほとんど一本道で、危険な地形とかもない。初心者には持って来いのダンジョンだよ」
「……いかにも初心者向けってところは気に食わないけど、最初から背伸びしても仕方ないってのは私もわかってるつもりだし? とりあえず、ここでいいわよ」
花子さんは早速、周囲の探索を始めている。物陰を覗き込んだり、足場の岩を踏みしめてみたり。普段と違う光景が物珍しいようで、幾分テンションが高いように見えた。
「そんなに危険がないとは言え、一応モンスターは出るし、ちゃんと武器を持って行ってね」
そう言って、俺は背負っているバッグから、いくつかの道具を取り出す。用意したのは、トイレと言えばやっぱりこれ、トイレのすっぽんことラバーカップ。正直使い方には迷うところだが、トイレの花子さんならば、それなりの扱いを見せてくれるはず。それから、大きめのフライパン。これならば盾としても使えるし、振り回せば武器にもなる。一石二鳥の万能装備だ。そして最後が、一般人が入手可能な範囲で最強の武器であるところのバール。扱いに慣れは必要だが、素直に殴ってよし、引っ掛けて抉るもよし。上手く使えば防御も出来るので、これほど武器としての性能の高い道具もなかなかないと言える。
花子さんはそれぞれの道具をジッと眺め、最初にラバーカップを手に取った。
「あ、やっぱりそれ?」
「う~ん。ダメかも。何か能力が発動しないわ」
「能力?」
「私はトイレの花子さんとして、トイレの備品を自由に扱う能力を持ってるんだけど、それが今は使えないみたいなの。やっぱ触媒が簡易トイレだからかしら」
どうやら、花子さんの想定と若干ズレが生じているらしい。ことトイレの中においては最強と言える花子さんだが、能力が使えないとなれば話は別。死なないと言う利点はそのままだが、戦力としては乏しいと言わざるを得ない。
「まぁ、これに関しては今後対策を練るとして、使えないものは仕方ないわね。それに、これがあれば、大抵のモンスターは何とかなるでしょ」
花子さんはラバーカップを手放すと、迷わずにバールに手を伸ばした。見た目可憐な美少女と、武骨なバール。ちぐはぐだが、これはこれで絵になるから不思議である。
「あ、あと、これも持っておいて」
俺は大量の粒の入った袋を取り出し、花子さんに差し出した。
「何これ?」
「吸水ポリマー。スライム相手に使うんだ」
このダンジョンに出現する主なモンスターはスライム。某人気ゲームの影響で最弱との印象が強いスライムだが、どっこい本物のスライムは、ゲームとは訳が違った。もっとも、攻略法は既に公開されているので、準備さえしていれば、大した危険はない訳だが。
「はぁ? スライムって、ただの雑魚モンスターでしょ? こんなの何に使うのよ?」
「スライム相手にはこれが一番有効だって、ネットに書いてあったんだ」
俺もスライムの現物は見たことがないので、「本当にこんなもので?」という感覚はあるが、ダンジョン配信者の間では結構有名な話だという。情報こそ最大の武器と言われる現代において、これを見過ごす手はない。
「そんな訳のわからない道具に頼るより、バールの方がいいに決まってるわよ。何てったって、あのバールなんだから!」
花子さんのバールに対する信頼が厚過ぎる。この調子では、俺が何を言っても、聞き入れてもらえないだろう。俺は残りの道具を鞄に戻しつつ、花子さんに言い聞かせた。
「そこまで言うならわかったよ。ただし、撮影の都合もあるから、俺からあんまり離れないでよ?」
「そんなこと言って、本当は怖いだけなんじゃないの?」
「ああ、怖いよ。下手な配信でリスナーから見限られるのが、ね」
そういう訳で、俺達のダンジョン配信が、今、始まろうとしている。これから何が起こるのか。それを知るのは、たぶん神様だけだろう。まさか初回から、花子さんの痴態が全世界に配信されることになるとは、この時の俺は思ってもいなかった。
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