表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/24

第五話 出立の朝

 スマホのアラームで目を覚ます。カーテンの隙間から差し込む光が、狭い室内を薄ぼんやりと照らし出していた。


 いよいよダンジョン配信の当日。俺の本望ではないとは言え、やるからには手を抜けない。枕元に置いてあるスマホの画面をタッチしてアラームを止めると、俺は勢いよく掛け布団を剥いだ。すると、俺の身体の隣に、もう一つの塊があるのが目に入る。どうやらそれは人型で、時折もぞもぞと動いているのが見て取れた。


 顔は、俺の位置からでは見えない。相手が俺に背を向ける形で丸まっているからだ。しかしそれでも、体型から、その何者かが女性であることは窺える。俺自身に身に覚えがないことを除けば、これはある意味ラッキーイベントなのではないか。


 女性が身にまとっているのは学生服。寝乱れたスカートからは、(なまめ)かしい太ももが覗いている。やや開いた胸元からは、自己主張の強い脂肪分が、におい立つような色気を放っていた。


 俺は理性を総動員して、原因を究明する。少なくとも、昨晩眠りに就くまでは、俺はこの部屋で一人だった。部屋の扉には施錠がしてあるし、夏場でエアコンを効かせているので、窓が開いているということもない。とすれば、この女性はいったいどうやってこの部屋に侵入することが出来たのか。立派な逆密室トリックである。


 とまぁ、いつまでも考え込んだところで答えが出る訳もない。ここは当人を起こして、事情を聞くのが早いだろう。


「あの~、もしもし?」


 肩を揺すろうかとも迷ったが、勝手に触れて大事にされてはたまらない。声だけで起きてくれればいいのだが、いくら声をかけても、女性は目を覚ましてくれなかった。


 仕方なく、そっと女性の肩に触れて、ゆさゆさと揺らしてみる。


「すいませ~ん。起きてもらえますか~?」


 肩を揺らしつつ、声をかけるほど数回。ようやく女性が反応を示した。


「う~ん。朝~?」


 聞いたことのある声。この声を、俺が忘れるはずもない。何故なら彼女は、これまでに出会ったどの女性よりも、俺の好みにはまっていたのだから。


 正体がわかってしまえば、何てことはない。多少乱れているとは言え、(つや)やかな黒髪はそのままだし、ぷっくりと膨らんだ唇など、思わず吸い付きたくなってくるほどだ。


 しかし、それ故に疑問も生じる。それは、何故、彼女がここにいるか、ということ。彼女の特性を考えれば、理屈はわかる。しかし理由はわからない。どうして彼女は、ここに来る必要があったのか。


 とにかく、本人に確認してみる他に、心臓を知る余地はない。俺は思い切って彼女の名を呼んだ。


「そう、朝。だから起きる時間だよ、花子さん」


 すると、花子さんの目がぱっちりと開く。まるで俺が名を呼ぶのを待っていたかのようだった。しかし、起き抜けの彼女の口から出たのは、こんな言葉。


「……何であんたがここにいるのよ」

「……何でって、ここは俺の家だから」


 最寄り駅から徒歩で十分ほどの立地にある、古ぼけたアパート。それが現在の俺の住居である。トイレ、風呂付きのワンルーム。もちろんトイレと風呂は一体型のシステムバスだが、こんな安物件でも住めば都。高校を卒業後、俺は一人上京して、大学に通いながら心霊系配信者として活動してきたのである。もちろんYuiTube配信に必要な機材や何かは、バイトで稼いで購入した。今はあまりいい機材とは言えないが、いずれチャンネル登録者が多くなったら、配信で稼いだ金でアップグレードする予定なのだ。


 一方の花子さんは、自分が置かれている状況を察したようで、やや不機嫌そうになりながらも、俺の方に視線を向けつつ、こう呟く。


「……じゃあ聞き方を変える。何で私はここにいるの?」

「それはむしろ俺が聞きたいんだけどな~」


 どうやら無意識の移動だったらしい。確かに俺は枕元に簡易トイレを置いていたが、まさかそれを頼りに俺の部屋に花子さんが現れることになるとは、思ってもみなかった。


「変なことしてないでしょうね?」

「逆に聞くけど、その気になれば自分を呪い殺せるような相手に、変な気を起こすと思う?」

「……それもそうね」


 よかった。納得してくれたようだ。


「で? ダンジョン配信の準備は出来てるんでしょうね?」


 花子さんは俺にずいっと身を寄せて、覗き込むように俺の顔に視線を向ける。ややにやけた口元を見るに、どうやら彼女には、男をからかう癖があるらしい。その様子は実に楽しげで、そして美しかった。彼女が俺に呪いをかけた怪異でなければ、ころっと行ってしまっていたかも知れない。


「ちゃんと準備出来てるよ。今日行くダンジョンは、ここら辺で一番危険が少ないダンジョンだし、攻略法もネットに載ってたからね」

「何よ、攻略済みのダンジョンに潜らせるつもり? 舐められたものね?」


 明らかにご機嫌斜めの様子で腕を組む花子さん。しかし、俺だってちゃんと考えがあって、このダンジョンを選んだのだ。俺は素直にそれを花子さんに伝える。


「俺も花子さんも、ダンジョンに入るのは初めてだ。最初は簡単過ぎるくらいのところから始めた方がいいんだよ。ゲームのチュートリアルもそうでしょ?」


 ついゲームで例えてしまったが、花子さんに上手く伝わるだろうか。


「チュートリアル? よくわかんないけど、最初は簡単なところってのは、何となくわかるわ」


 そうか。花子さんの生きていた頃のゲームは、今みたいなソーシャルネットワークゲームじゃないから、チュートリアルと言う単語そのものに馴染みが薄いのかも知れない。それでも、何となくでもニュアンスが伝わっているのなら、問題はなさそうだ。


「とにかく。簡単なところから挑戦して、感覚を掴んでから徐々に難しいダンジョンに行った方が、初心者が成長してる感じが出せるし。花子さんは見た目がいいから、一生懸命にやってる感じが伝われば、リスナーの人も満足してくれると思うんだ」


 誰だって可愛い女の子ががんばっていれば、応援したくなるもの。俺のチャンネルではあるが、今回の企画のメインは、あくまで花子さん。彼女をいかに引き立てられるかが、俺にとっての勝負と言える。


「まぁ、小難しいところは、あんたに任せるわよ。私は私の認知度が上がれば、それでいいんだし」

「よかった。それじゃあお互い目的を再確認したことだし、朝食にしていいかな」


 これからダンジョンに潜るのだから、エネルギーの補給は最重要。花子さんを待たせてしまうことにはなるものの、こればかりは譲れない。


「あ、私、朝食はパン派だから」

「え?」

「え?」


 お互いに素っ頓狂な声をあげて、お互いの顔を見合わせた俺達だった。

読んでいただきありがとうございます。


良かったよ!という方は☆評価、ブクマ、いいねなどよろしくお願いします。また、誤字脱字などあればいつでもご報告くださいませ。

感想、レビューなどあると執筆の励みになりますので、どしどしお送りください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ