第三話 呪い
体育館の倉庫に辿り着いたものの、扉にはしっかり施錠がされていて、中に入ることが出来ない。ゲームにおけるホラーものならば、これは一度職員室に鍵を探しに行く場面かと思い当たり、俺もそれに倣って職員室を訪れた。
扉を開くと、古ぼけた机がそのまま放置されており、職員室であった頃の名残が、そのまま見て取れる。これならば、体育館の倉庫の鍵もそのまま残っているのではないか。俺は壁に目をやり、鍵が補完されていそうな区画を探す。すると、いかにも鍵がかけられていたであろうスペースを発見。いくつもの金具が壁から生えており、全部とまでは行かないが、いくつかの鍵が、当時のまま残されていた。
「ええと、体育館の倉庫の鍵は……っと」
端から順に確認して行くこと数本目。目的の鍵と思しき表記のついた鍵を発見する。
「非常用備蓄保管倉庫か」
通常の体育用具をしまっている体育倉庫とは別の場所、と考えれば、これは当たりの可能性が高い。俺はその鍵を手にして、再び体育館へと向った。
「頼む。これで開いてくれよ~?」
恐る恐る鍵穴に鍵を差し込む。途中で引っかかることなく、鍵は最後まで差し込むことが出来た。「これは当たりか?」と思いながら鍵を回すと、カチャリと音がして、鍵が外れる感触が伝わってくる。
「よし、開いた!」
とは言え、ここで焦ってはいけない。ここは廃校。いろいろなところが傷んでいる建物だ。あまり焦って崩落でもされたら、たまったものではない。俺はゆっくりと扉を開き、中を覗いた。
埃っぽい空気に加え、かび臭いにおいが鼻をつく。こんなことならばマスクを持ってくるべきだったと後悔しつつ、俺は倉庫の中に足を踏み入れた。そこにあったのは無造作に置かれた複数のダンボール。流石に備蓄分が全部残っているということはないようだ。残されたダンボールのいくつかの中身を、一つずつ確認して行き、目的のものと思われるダンボールを発見するに至る。
「とりあえず、これ一個あれば大丈夫かな」
俺は目的のダンボールを手に抱え、花子さんの待つトイレへと足早に歩みを進めた。途中職員室に立ち寄っているので、結構な時間が経ってしまっている。花子さんが待ちくたびれていなければいいのだが。
そんなことを思いつつ戻って来た女子トイレでは、花子さんが、それはもうものすごい不機嫌そうな顔で、俺を出迎えた。
「遅い!」
「いや、だって倉庫に鍵がかかってて――」
「いい訳は聞きたくないわ! 私を待たせるとはいい度胸ね!」
この人は本当に自殺をしたのだろうか。まだ出会って間もないが、とても自殺を選ぶような性格とは思えない。一体何があったら、俺が聞き及んだ噂の数々に発展するのだろう。
ぶつくさと文句を垂れる花子さんに、若干気圧されながらも、俺は持ってきたダンボールを差し出して、彼女をなだめようと試みた。
「と、とりあえず、物は持ってきたんだから、それで許してよ。この中身の何が必要なのか俺にはわからないから、花子さんに判断してもらわないと」
「……それもそうね」
俺からダンボールを受け取ると、花子さんは中身を漁り始める。取り出した中身を手に取りつつ、花子さんは「これでもない」「これも違う」と中身をそこいらに放り投げて行った。
「言っとくけど、あんたを許した訳じゃないからね。後でしっかり責任とって貰うから」
何やら不穏なことを言っているが、俺はいったいどんな目に遭わされるのだろう。
「あ、あった。これ、これ」
その時、花子さんが手にしていてのは、何やらビニールの袋に入った平べったい物。彼女が俺の前にそれを差し出したことで、その物の正体が明らかになる。
「……簡易トイレ?」
彼女が手にしていたのは、災害時に使用するための組み立て式の簡易トイレだ。ご丁寧に組み立て方もしっかり記載されている。
「そ。簡易トイレ。これがどういうことかわかる?」
「……どういうこと?」
考えたところでピンと来ない。簡易トイレが手元にあったからと言って、いったいそれが何になるのか。
「鈍いわね~。いい? 一度しか言わないから、よく聞きなさい?」
そう言って、彼女は説明を始めた。
曰く。トイレと言うのは、便器が壁と言う仕切りで区切られた空間を指す。確かに花子さんはトイレから離れられないが、ここにある簡易トイレを使えば、ダンジョン内をトイレに見立てることが可能になるのだとか。
ダンジョンと言うのは、個々で材質は異なれど、基本的に壁で仕切られた空間である。迷路状の構造物であれ、自然に近い洞窟であれ、周りには壁があるものだ。そこに簡易トイレを設置したらどうなるか。広い空間とは言え、そこは壁に仕切られた便器のある場所になる。それはすなわちトイレなのだと、彼女は言うのだ。
「そんな滅茶苦茶な」
「何言ってるの。反論の余地のない、完璧な理論でしょうが」
彼女の言い分を汲み取るとしても、問題は解決しない。そもそも、誰がダンジョンに、この簡易トイレを設置するのか、と言う問題だ。
「って言うか、何、他人事みたいな顔してる訳? あんたがやるのよ?」
「……はい?」
「だから、あんたがダンジョンに行って、この簡易トイレを設置するの」
彼女の言っていることが理解出来ない。俺が、ダンジョンに行って、簡易トイレを設置する。どうしてそうなるんだ。
「はい。ここでシンキングタイム。あんたはこの先ダンジョンに行って、私のためにこの簡易トイレを設置することになる。何でだと思う?」
「……何で?」
「少しは考えなさいよ、この脳足りん」
ここで真相に気付くことが出来たのなら、俺はこの先危険な目に合うことはなかっただろう。花子さんの映った動画は撮れなかったとしても、背に腹は変えられない。命の重みと比べれば、大抵のことは些細なことなのである。
「いいわ。この際だから思い知らせてあ・げ・る」
そう言って、花子さんは、俺の胸に右手の人差し指を押し当てた。この時、少しドキッとしたのは、男に生まれた以上仕方がないだろう。しかし、そんな高揚感も長くは持たなかった。しばらくすると、触れられたその一点から、身体の芯から冷えるような悪寒が広がり、俺の全身に広がったのだ。
「……花子さん、いったい俺に何を――」
「何って、これは呪いよ。言ったでしょ、責任を取らせるって」
この瞬間、花子さんが浮かべた邪悪な笑みを、俺は生涯忘れないだろう。それは彼女が立派な怪異であったことの証。そう。俺は呪われたのだ。怪異としてのトイレの花子さんに。
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