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治癒魔法の才能を持つ姉を冷遇した妹が婚約破棄される学園パーティーの話

作者: 寒咲

 赤い宝石の反射したシャンデリアの光は、誰かの瞳の輝きを表しているような気がした。

 上を眺めるとそこには影を差した婚約者様の顔がある。

 私を糾弾するかのような。憐れむようなそんな表情をしている。

 優しいその人に守られる人生が終わるのかと思うと息を吐いて休める気もするし、安泰に暮らすならばこれ以上ない人材だったから惜しい気もする。気がするばかりで心情が定まらない。

 今はそれほど後悔もしていなくて、これでやっと自分は操り人形から開放されるんだと思うとほっとする。

 私は今まで、姉を幸せにすることを考え自分の意思を折って頑張ってきた。今日はその集大成だ。


 学園のパーティー会場にて、役者は私と婚約者、そして私の姉。


 後ろに控える護衛騎士は、事前の命令で一切、私を助け起こそうとはしない。

 原則、パーティーに騎士を連れてくるのはご法度で私は規則をひとつ身勝手に破っていることになる。それも彼が私を責めるアドバンテージになっていた。

 創立記念式典を兼ねた学生同士のパーティーは、日付を跨いでも残りたければどうぞという体で時刻は23時30分、残る生徒はそこまで多くはないが、噂話を広げるには十分な数がいる。

 慈悲ある婚約者は、まだ婚約破棄が正式に決まったわけでもないのに、私の姉の肩を抱いていた。

 あの婚約者が大勢の前で披露するくらいには話は進行し、両家の親も了承の段階まで水面下で進めているのだろうか。

 いや、家の親が黙っているわけがないので正義感に盲目な婚約者の勇み足かもしれない。

 どんな正義の行使も噂話が醜聞に捻じ曲げる。そんなことは貴族の常套手段。スキャンダルには気をつけろと、私に言えた義理ではないけれど今後が心配になってしまう。

 ここまできて婚約破棄がない、全て茶番でしたの方がお笑い種なので、今後の観劇の元ネタになるくらい二人には幸せになってほしい。

 並び立つ姿はとても似合うと思う。姉は珍しく万全な化粧をしていて、どこからみても薄幸の美人だ。

 私は「あ」と小さい息を漏らす。手を捻るのは段取り通りだが、足をも挫いてしまった。胸もいつもより痛む。

 貴族の令嬢として似つかわしくないその音漏れに対して誰も叱責し窘めることもなかった。豪奢な絨毯に膝をついている時点でマナーの減点は既に免れない。


「リア……いや、リライアンス・グローリア公爵令嬢、実の姉に虐められていたなんて嘘、信じ続けた私が浅はかだった」


「イライアス様。手を。私には勿体ないのです」


 姉が腰に添えられた手をそっと外す。恥らうように頬を赤める姿。婚約者の前で他の女性に手を添えるマナーを窘めているようにみえた。婚約者は、その様子をみて感心し、姉から手を離す。そしてまた私に厳しい目を向けた。


「私が悪かったです。お姉さま、お許しください。そんなひどい目で私を見ないで……」


 私は予定調和のような怯えた猫のようなか細い声をだす。

 本当は地声より高いこの声を常に張るのは難しかった。

 結局、エリアス……イライアスに地声で接する機会は訪れなかった。すべてこのお膳立てのため。そういう風に姉が望んだから、悲劇のヒロインを演じて媚びて、突き落とされた。


「行き違いよ。リア。私の言葉はいつもねじ曲がってあなたに届いてしまうのよね」


 姉が私の真ん前まで出てきて屈む。倒れた時に支えにし捩じった手をとる。ずきりと傷みが走る。

「うっ……痛いわ。お姉さま」

 私はすかさずその手を振り払う。悲劇のヒロインの仮面が外れた滑稽な妹だ。

「大丈夫。ねえ、もう終わりにしましょう。私、気づいたの。このままじゃダメだって」

 姉は負けじと私の腕を掴むとそこに淡い黄色の光が現れる。誰かの感嘆がホールに響く。痛みは消えた。足の痛みはアピールしづらいため言及しないことにする。


「お姉さま………」


「日陰者は、もうやめる。イライアス様に勇気をいただいたから」


 姉は後ろを振り返る。イライアスは咳ばらいを一つする。


 ──そうか……。

 とても誠実な人だから、もしかしたら、いや確実に婚約者のいるうちに姉に愛の言葉を囁くことは決してないと思っていた。

 助けようと動いても、そういう風になるとは思っていなかった自分自身に呆れた。盛大に彼を騙し続けた自分に責める資格が心内にだってないことは分かっている。


「私、エルヴィーダは今まで妹の代わりに、治癒魔法を行使しておりました。皆様を騙して、申し訳ありませんでした」


 そうだったんですのね。

 申し訳ございませんでした。

 まさか、今まで食事会などに欠席されていたのは……。

 様々な声が行きかうなかで姉はもうこちらを振り返ることはない。



「明日、婚約破棄の書状を送る。そこから正規の手続きを行う予定だ。もう君と今まで通りとは、いかないんだ」


 紫色の瞳は高貴の証。とても美しいと声にしたことが幾度となくもあって、初期には何度も照れていた彼を思い出す。

 その頬を赤らめる姿が可愛らしいと思ったことを私は彼に伝えてこなかった。それは私の感情だったから、言えなかった。


「エリアス様……」


「もうその愛称はやめてほしい」


「そう。私のことをもう信じてはくれないのですね」


「君には嘘が多すぎた。これが最後のエスコートだ」


 イライアスは手をこちらに差し出した。

 その手をとっても幸せになれない。

 彼は彼の義理を果たそうとしている。それは私の面子のことは考えられていない。

 遠巻きで誰かが私のことを揶揄するのが聞こえた。貴族社会ではよくあることだ。公爵よりも身分の低い者に言われっぱなしはよくないがまだ筋書きに則るべきで私は寂しい顔をしてその手を前に首を振る。

 これくらいの矜持を保つことを姉は許してくれていた。決して傲慢な人間ではないのだ。ただ愛は盲目であるだけ。


「行って。お姉さまのところへ。これ以上、惨めにさせないでください」


 俯く。表情に影をさすように意識する。すると本当に涙が流れるかのような心持ちになる。

 全部嘘だと思う感情が、全部嘘ではなかったと認めたとして。

 彼は私にまた優しい顔を見せるのか。頬をハンカチで拭ってくれるのか。将来を楽しそうに話すのか。

 否である。

 嘘を見破られたら、認識されたら、もう純粋ではなくなった令嬢を、彼は愛さない。

 戻るにはもう何処にも抜け道はない。

 ここまできたら、段取りを遂行するしかない。


「リア」


「もう愛称は止めなのでしょう。愛していた。これは本当。アナタの傍でただ幸せにありたかった」


 顔を上げてなんとか持ち堪えた笑みを見せるとイライアスは一瞬、戸惑った顔になる。色んな表情をここ最近で見てきた中で、最高に後ろ髪を引かれるものだ。

 そしてそのままゆっくりと頷いて私に背を向けた。姉のところへ向かっていった。後姿は正義感に溢れていて格好良く見えた。


 それを眺めて、私はようやく肩の荷が降りた気がした。

 いや全部、自分で崖の底に落としてしまった気がした。最悪な気分になると思っていなかった。ほっとするはずだというのは自己暗示でまやかしものだったと気づく。傍から見れば私は彼の優しさにつけこんだ最低なヤツだというのに、澄んだ心を持っているかのように一丁前に傷ついたなんて、……行動ではなく心を正当化しようとする自分に嫌気が差す。

 後ろに控えていた忠実な護衛騎士が私の肩と腰に手を添える。

 そのまま助力を得て立つ。騎士が一礼する。

 足を挫いていてうまく歩けない。そのことを察してか護衛騎士は、腕を差し出してきた。

 若い女生徒が「なんてこと」とつぶやいた。そこには熱い視線がある気がする。私はもう惨めな令嬢ではないのだという顔を作る。このまま堂々とホールを出て、家に帰ろう。


「エリー、あなたにエスコートを頼む日が来るとはね」


 女騎士は私より幾分も背が高く肩幅もある。すらりと長い手足に程よい筋肉がついている。動きやすい騎士服は彼女のスタイルを格別に引き立てる。最後の同行となるパーティー用にあつらえたマントの揺れるシルエットは私が妥協を許さずデザイナーと協議を重ねた一点物だ。

 長い髪を上の方で束ねている。所謂ポニーテール。髪が揺れ動く姿がカッコいいと言った幼い私の言葉を彼女はずっと覚えているのだ。

 男装の麗人にも見えそうな護衛騎士は一部女生徒の熱視線を思うままにしているのを気づいているのだろうか。

 豊満な胸は締め付けすぎないように、かといって過度な色香も漏れないように、真面目な口調で指示する私をエリーは茶化さず頷いていた。自分の価値なんてどうでもいいと思っているフシがある。なんとも勿体ないことだ。


「黙ってみている事しかできなかった自分のエスコートは、どうにも不安でしょうが……」


 どうか許してほしいというように凛々しい眉をひそめて、エリーは一礼をする。

 それは貴族の令息が令嬢を誘う仕草に似通っている。婚約者のいる令嬢にすることはマナー違反だが、同性で騎士のエリーにそんなことは関係ない。身内と同じだ。

 なんということか。

 転落した日に、もっとも側にいた忠実な騎士にエスコートされるなんて、この上ない幸福ではないか。やっと、本当の意味で最悪な気分から脱してやっと、ほっとした。


「いいえ。私の命令でしたもの。ありがとう」


 エリーの腕に自分のものを重ねる。するとエリーはゆっくりと歩き出す。それに先導されるようにバルコニーの外までくる。

 おかしい。このまま外に出て馬車に乗る予定だったはずだ。エリーも心得ているはず。段取りを取り違えるような騎士ではない。

 人気がないそこに設置された椅子に促されるまま腰かける。初めてにしてはエリーのエスコートは自然と様になっていて流されてしまう。

 思うようにいかなかった憤りなどは勿論、湧かない。パーティーの喧騒から離れて二人でゆっくりする時間が出来て、安堵する。察する有能な女騎士にまた好感をもち寂しくなる。

 最後まで彼女は私を裏切らない。


「明日から自分はお嬢様の護衛騎士ではなくなってしまうのですよね」


 その口調に感情は乗らず、己を律し淡々と職務を遂行する彼女の騎士としての姿勢が伺える。

 エリーは椅子に座る私の前に跪いて、ドレスの裾を少し持ち上げ、挫いた足を撫でた。エリーにはドレスアップの際もお世話になっているので無礼という感情はわかず、ぼんやりと、自分を振り返って心配してくれる人間を傍におけたことに喜びを覚える。

 今夜は月がきれいに出ている。雲は少ない。

 魔力が増強しやすい日だ。姉よりは劣るけれど、私にだって治癒魔法の素質はある。

 全ての場面で、姉が私の代行を出来るはずがない。こんなことにも婚約者は気づいてくれなかった。一度の疑念が積み重なってしまい、もう彼の中で私はナニカになっているのだろう。

 楽しかった記憶も、幸せに過ごした思い出は彼の中でどう処理されるのだろう。高い声の私の大半は嘘で塗られているから、ばっさり全てを否定されても反論できない。

 そこに真実もあったのに、崩れてしまった。崩してしまった。

 このまま挫いた足をこのまま治してしまおうか。しかしそれではこの時間は、すぐに終わってしまうだろう。


「ええ。もう婚約者もいなくなるから。同性の騎士を置く必要性もないでしょう。あなたが辞するとは思わなかったわ。だってお姉さまの傍に誰が行くというの」


 私は、婚約解消をしたら大学へ進むことを目標としていた。学園を出たらすぐに花嫁修業を始めてそのまま結婚するのも悪くはなかったが、それはそれとして私はもう違うことをしてもいいのだ。

姉は姉の幸せを掴めばいい。イライアスに恋をしてしまった姉の壮大な物語の悪女を演じた報酬として私は、自由に学び働くという権利を手に入れた。そこにはもう貴族令嬢としての肩書は通用しない世界となるので、護衛騎士を連れ歩くこともできなくなる。


 常ならば親は魔塔と言われる大学に入ることに反対するだろうが婚約破棄された可哀そうな娘の頼みを聞き入れないほど強情ではないだろう思う。


 エリーは、私がイライアスの婚約者になったときにやってきた騎士であり侍女だ。とても有能で、王宮騎士に所属していた過去もあるそうだが、何故だか縁あって私の傍に控え続けてきてくれた。姉の計画を話し、私の進みたい道を打ち明け、ともに今まで並走してきたと言ってもいい。いや、付き従ってくれてきた。

 そんな彼女が、姉の護衛騎士になると、私は本当に何もかもを姉に奪われた気分になると思っていたが、……エリーはこのまま家門を出ると言った。私は筆舌に尽くしがたいほどに、涙を流したあの日を今でも覚えている。

 もう一度、騎士から言葉を聞きたくて質問する。

 騎士は心得たように口角を上げて跪く。


「自分は、今日まではリアお嬢様だけの騎士でございます。決して貴女様以外のモノにはなりません」


 エリーは私の足に口づけを落とす。その流れるような仕草はまるで観劇の一シーンのようだ。

 やはり家に帰っても魔法で治さなくてもいいかと思った。この痛みはゆっくりと沁みていろんなものを自然に治していくだろう。


「明日から、あなたは何になるのでしょうか。こうしてゆっくり出来るのは最後になる。最後くらい、隣に座って」

「御意に」

 エリーは微笑んで私の横に腰かける。

 そのとき、日付が変わる鐘が鳴る。会場からグラスを交わす音がする。

 グラスがあれば二人だけの乾杯が出来るのにねと言おうとしたときだった。


「───もう、時間になりましたね」


「エリー?」


 いつもの声音が急に変わり視界が一瞬だけ暗転する。いや瞬きしただけの間で、目の前が作り変えられるような錯覚。

 横に座った護衛騎士の姿が急にぼやける。

 ゆらゆら、と。たゆたうその姿。思わず手を伸ばすとそこに体温があった。ごつごつとした手が絡む。手を弾いても相手は嫌な顔をしなかった。


「リアお嬢様、貴女をずっとお慕いしておりました」


「ねえ、あなた、その瞳」


 私の隣に腰かけ、微笑んでいた女騎士はそこにいなかった。そこには赤い目をした青年がいる。

 髪は長く上で一つ束ね。ポニーテール。エリーと同じ髪型で同じ黒髪なのに、体格はきちんと男性で私よりも豊満な胸はない。

 服の身丈が青年に似合うように修正されている。入れ替わったわけではないのだろう。


「赤い目は魔女の目。祝福の目」


 その青年は、目を三日月のようにして笑う。

 真っ赤な瞳は、呆けた顔で見上げたシャンデリアの光よりも濃くて、美しい。

 魔力が強い者ほど、瞳は赤く濃くなるという。それを揶揄して魔女の目ということがある。その虐げを忌み嫌い赤い目の者たちはついぞ国でその姿をくらましてきた。その高い魔力で姿を変えているとさえ言われている。

 人差し指を、彼は私の額に向ける。すると今まで忘れていた記憶が流れ込んでくる。

 赤い目に祝福を、と言ったのは確かに私だった。

 私が彼に与えた新しい名前。瞳の新しい意味。覚えていないと整合性がとれないことが多いはずなのに、自然と不自然に記憶を埋めていた。


「祝福の目、…レイカーロ。あなたは、どうして。……記憶封印までするとは、大掛かりな再会になってしまったのね」


 昔、教会でうっかり鉢合わせた赤い目に、私は戸惑い声をかけた。瞳だけを変える魔術しか知らなかった少年。

 父に掛け合って、美しい者が好きな姉に見つかる前に、こっそりと魔塔へ送った少年。それが彼で、彼の髪の揺れる様子を私は可愛くて愛おしいと言った記憶がある。


「だってお嬢様。お手紙も無理で面会も絶対だめで、挙句の果てに婚約したなんて、そんなの、……ずるいでしょう。劇的な再会をしたくて女騎士になって近づいたら、うっかり馴染んでしまいました」


「レイ、ずるいもなにも身分が違うでしょうに。それに私、魔塔へ行くつもりだった。コネでもなく実力で」


「でしょうね。お嬢様には治癒の魔術の才能が有ります。魔法は姉の方が上なのは認めざるを得ない。が、貴いあなたには培った知識があるから魔術が映える!あの婚約者はそれをてんで見抜けない間抜けです。あの姉のした努力分、あなたのした努力を顧みないなんて。あとでぼろくそ悔しがるがいい。見返しましょう」


「とてもお喋りだったのね。そこまで望んでいない。私は、劣っているけど、それなりに何かに成れることを証明したい。それだけ」


 そこに見返すとかそういう感情はない。もう彼らは私の世界の一部の登場人物ではなくなったのだ。きっと痛みとかそういうのは、なくなるはずなのだ。

 エリーであった者は、──レイはゆっくりと頷く。


「お嬢様、お返事はまだですか」


「返事?ああ、……返事。その気持ち、受け取るには早計過ぎます。また出直して」


「まあ、そうでしょうね。まだ婚約は正式に破棄されておりませんから。分かっていました」


「そう」


「気が急いてしまったんです」


 レイが私の髪を一束すくった。息をのむほど、美しいその姿はエリーと重なって見えた。彼女、彼の共通事項は髪色と髪型。そして服装。それだけなのに。

 確かにエリーだった彼はもうレイカーロという別人物になっていた。


「泣きそうだったから。本当に、涙を流しそうだったから」

 その姿がまた揺ら揺らと揺れる。瞬きする間に、その姿は女騎士になった。


「あの婚約者を本当に愛していたなんて、自分は信じたくなかったのです。ただそれは、些事です。どうってことはない」


 エリーの声で、耳元で囁かれる。


「貴女を、愛しています。ずっとずっと、傍に置いて」


 エリーの体温が私を抱きしめる。

 今度は、もう付き離せない。彼女の香りが私を包むのを抵抗出来ず受け入れた。


「私は、目的のために嘘をつく貴女も、涙を流す貴女も、高慢な貴女も、自由を渇望する貴女もすべて肯定します。貴女ならどんな人間でもいい」


 それは私を型にはめない魔法の言葉だ。

 本当に魔法使いなのだ。

 ずっと近くにいて嘘にまみれた私を見てきたエリーは、私に失望しない。だって私に理想を映さないから。

 私が私であることだけを、肯定する。

 激情が溢れそうになる。抑えていた膿を出したくなる。それでもまだこの瞬間、私は公爵令嬢であろうと努めた。


「魔塔に騎士は連れていけない」


 自然と声が震える。瞳の奥が熱くなる。決壊しそうになる。

 感情の籠もった彼女の声を聴いて、胸の奥が痛くなる。

 彼女は彼で、嘘で塗り固められていたというのに、エリーの言葉は真っ直ぐに私を刺す。


「自分は魔法使いでもありますから。貴女が一言、ついてきてと言えば十全なのです。貴女の意思をわたしに、ください」


 慰めるような優しい声音が心地よい。

 エリーが私を離して、私たちは横並びに座ったまま体を傾け向かい合う。

 一瞬、本当に束の間、エリーの目が赤く妖しく輝いた。


 彼女は、実は魔法使いだった。

 しかも元より男性であり騎士の素質まであり、侍女業までこなしていた。入浴も食事も着替えも視察も学校生活まで、私の全てを文字通り見てきたのだ。

 脳の処理が追いつかないほどの情報量なのに私は不思議と納得している。

 どんな姿でもエリーはエリーで、レイカーロはレイカーロでしかない。

 どんな私をも肯定するといった相手を肯定するのは難しくない。

 そうだった。鐘はなったのだ。

 一仕事終えた私は、気持ちを素直に出してもいいはずなのだ。


 「瞳が何色でも、髪を結っていなくても、結っていてもアナタは素晴らしく可愛らしく格好良い、私だけの騎士」


 手を出すと彼女は、身を引いてその指に唇を重ねた。

 上目遣いには注意した色香が漏れている。

 今まで頓着してそうになかった自分の価値を分かっている。そういう仕草だ。

 多分、私が共にいた彼女に惹かれ始めていることを、彼は知っている。

 それが悔しいから、認めてあげない。

 素直になれない私をも目の前の相手は愛すると思うと愉快になる。姉へのさらなる感謝の心まで芽生えている。

 

 あとに続くへそ曲がりな私の意思を、彼女は、あるいは彼は、嬉しそうに目を細めて聞いていた。


 幸せになる話は、またあとで。




【感謝】

誤字報告ありがとうございます。

足をつく→膝をつく

紋状→書状にし、意味が通るよう書き直しました。

〜ます〜→繋がるように書き直し。

認めざるおえない→認めざるを得ない

どうしようもない推敲の粗さ……。

誤字報告、ありがとうございます。

この誤字で内容みてくださっての評価感想もまたありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] え!ちょ、入浴もっ⁈ レイってばなんという役得……!ww [一言] 『このヒロイン、実は……』が二転して(リアお嬢さまのソレは想定内でしたがエリーがそうとはっ!)面白かったですっ! ありが…
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