僕は恋をした。途方もないもので、僕の手には届くわけもなく散った。そんな夏の物語
「入学生、起立!」
一斉に立ち上がる生徒。それはこれから三年間を共にして行く人たちであり、初対面の人たちであった。一番後ろの席で立っている僕は、その景色に圧倒されていた。
すごい光景だ。地元、都会から遠く離れた田舎の中学校では絶対に見れない光景だった。大阪や東京、横浜などといった大都会以外だからといって油断していた。
僕はこの学校にこれから通うんだ。僕はこれからの生活に夢を膨らます反面、今までにないような不安感に襲われた。
仲間はずれにされたらどうしよう、いじめられたらどうしよう、嫌われたらどうしよう。ほとんどが人間関係のことだった。自分で言うことではないが勉強についていけないことはないと思う。もう一つ上の偏差値の高校にもいけたが校風的に下の高校にしたためだ。偏差値的にはだいぶ余裕がある。
入学式、対面式とあり、次はホームルーム。担任、クラスメイトと初めて会う。
この一年はこの担任、クラスメイトにお世話になる。地元の小学校、中学校と続けて同じメンバーで通っていたからここまで環境が変わるのは初めてだ。
そして自分の教室、席に着いた。全員の机の上には教科書が塔のように積み重なっていた。
今日家までこれを持って帰るのか……。僕は椅子に座り込んだ。低身長の僕は教科書のせいで前が全く見えなかった。
周りを見てみるともう話し出している人もいた。その中で異様に人を吸い込んでいっている人がいた。それは芸能人の鈴木 すずめさんだった。
子役として昔から有名で、名前を知っているくらいだったが、先月くらいにここの高校に入ると知った時は驚いた。まさか同じクラスだったなんて……。
時間が経って教室がザワザワしだしたところで、扉から担任の先生が入ってきた。
「はーい席についてー」
あれから三ヶ月、クラスにも慣れてきて勉強にも着いていけていた。仲良い友達もできた。僕が心配していたことは全くなかった……と言いたいのだが、その頃、僕へのいじめが起こり出していた。理由は、僕への嫉妬だそうだ。僕のテストの点数は学年五位くらいだった。それに反応した一軍は僕を仲間はずれにするようになっていった。
そしてひどいのが、先生たちの対応だった。
最初担任に言ったが、
「ほんとかわからないからその時の授業の担当の人に言って」
だそうだ。そしてその時の担当の先生に言うと、
「担任の先生に言おうか」
だそうだ。そのような感じで僕は担任、教科の先生、生活主任、保健室をたらいまわしにされていた。
正直仲間はずれをいじめと言うとかはおかしいな、と僕も割り切って何も言わなくなった。
すると、調子に乗り出した一軍の人たちが暴言を吐き出した。
「どっかいけ」「あほ」「しね」
多くの暴言を吐かれていたその時だった。
「辞めてあげて」
急にどこからともなく声がした。その声の先を見ると鈴木 すずめさんだった。あの人は元から有名人でクラスの一軍だった。なのに最近一人のことが多かったんだけど、もしかして……。
「おまえはかんけぇねぇだろうがよ」
すかさず一軍女子から暴言が飛び出る。
ただ、どんなに悪口を言われても彼女は僕のことを守り続けてくれた。
放課後、クラブ活動がなかった日、僕は思い切って彼女に話しかけてみようと思った。僕は気づいていた。自分が少しずつ彼女のことを好きになっていっていたことを。
「すいません」
「なに?」
彼女は僕に振り向いてくれた。奥の方でくすくすと笑い声が聞こえる。
「なんで……いつも、僕のことを守ってくれるんですか?」
「いや、当たり前じゃん。いじめられてる人ほっとくわけにはいかないじゃん。まぁカッコつけてるってのもあるけど」
彼女は軽く微笑んだ。その瞬間僕はその横顔に歴史的絵画と同じものを感じた。
「あ、ありがとうございます」
僕はこれ以上ないほどにお辞儀をした。
「ねぇ、今日一緒に帰れる?」
「あ、はい」
僕は予想外の言葉に一瞬戸惑ったが、一応返事をした。
帰り道、彼女と話したことは今でも忘れられない。
「ねぇ〜。だからさ、私最近芸能人に場所取られてて撮影少なくなっちゃって〜……あ、ここで私降りる。ありがとね。後これ」
彼女は僕に小さな紙切れを渡してきた。
帰って、上着などを脱ぐと僕はベットに倒れ込んで今日あったことが本当かを考え始めた。
あ、そういえば。さっきもらった封筒を開けてみた。するとそこには、『LINE 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』というLINEの友達招待用のコードがあった。
あれ? 僕は一応携帯にそのIDを入れてみた。すると名前には、『鈴木 すずめ』という名前が書いてあった。
一応友達登録をすると、消し忘れた通知が『ピコン』となった。
『これからよろしくね。親には交換禁止されてるから一応内緒ね』
『こちらこそよろしく』
僕はそう送ると再びベッドに倒れ込んだ。
え、これ現実だよね。もしかして偽物だったりして……。だがその疑惑も次の日には消えた。
テレビ局が取材に来たのだ。いかつい機材などがあり、これは本物のテレビ局だな、と確信した。
そして不安もあった高校生活も安心してきて、夏休みに入った。
彼女と会えないという悲しみもあるけど、長い期間の休みだ。ゆっくりしていこう。僕はそう思いレポートに手をつけようとすると、携帯から『ピコン』という音が聞こえてきた。その内容は、
『明日暇?』
『うん。暇だけど。どうかした?』
『久しぶりの一日中休みでさ。仲良い人とかもそこまでいないから暇だったら遊びに行きたいな、と思って』
『大丈夫?』
『何が?』
『事務所から禁止とか』
『大丈夫大丈夫。最悪文春とか乗ったらもう付き合っちゃおうw』
『まぁ、わかった』
そこからはどこ行きたい? などの話で盛り上がっていった。気づいたらもう夜だったのでその日は寝た。
次の日、起きると僕は身支度を始めた。理由としては昨日朝ご飯も食べよう、という約束をしてしまったからだ。僕はもう眠たくて適当に返事をしてしまったが、よくよく考えると普通に三食外で食べるのは体力的にもお財布的にもしんどい。しかもああいう人ってコメダ珈琲とかそういう高い店行くんでしょ。今月のお小遣いが不安になってきた。
そして、集合場所の駅に着いた。今更だけど本当に来るのか不安になってきた。
駅の構内とはいえ帰省ラッシュの人数と夏の湿気が合わさって、人が入れる場所ではないようだった。
だが、しっかり集合時間三十分前になると来てくれた。てか僕早すぎない?
「で、どこ食べにいこうか」
彼女はいきなり朝ご飯気分だ。
「え、どこでもいいけど、朝だからなぁ」
僕は朝外食という経験が全くとしてなかったため、彼女の指示に従うしかなかった。
「え、私朝ごはんとか外で食べたことないから〜なんかあるよね」
僕はその言葉に固まるしかなかった。話し合った結果、朝マックになった。懐にいる諭吉はどうすればいい。
朝ご飯を食べ終わった後、彼女が行きたいところがあると言ってきた。それが遊園地だった。だがここは東京の地下。もっと近くに東京ディズニーランド、シーがある。彼女のお金なら全然いけると思うが……。彼女の言い分としては、
「あんまり有名じゃないとこはテレビでのロケとかでも行けないから」
とのこと。まぁ僕も東京ディズニーランドに行けるほどのお金は家に帰ってもないからよかったのか……。
その後遊園地についてアトラクションを楽しんだ。
「もう暗くなっちゃったね。私明日も早いからもう帰ろっか」
午後六時過ぎ、夜ご飯を食べた後彼女はこう言った。
「うん。じゃあ今日は楽しかったからありがとう」
「じゃあね」
彼女はそう言って帰っていった。ここで別れるつもりだった。だが、自分の本当の気持ちには逆らえなかった。
「待って!」
僕はそう言って彼女の手を掴んだ。彼女は一瞬驚いたような顔をしていたが、それもすぐに打ち解けた。
「好きです……」
僕はしっかり言おうとは思っていたが声があまり出なかった。
しばらく間を置いて、彼女はこう答えた。
「いいよ、友達としてね」
僕の告白はやんわりと断られた。続けて彼女は、
「私が何にも事務所とか入ってなかったら付き合ったかもしれないけど、ダメなんだ。ごめんね」
僕は一瞬が、物凄く長く感じた。
五年経ってもう社会人。僕はまだ彼女と連絡を取り合っている。何度もテレビの記者に遊んでいるところを見られたこともあったが、「僕の友達です」で、突き通した。
彼女との関係は、これが一番良かったのかな。