【第5話】入学不可の理由
某日、お父様に呼び出されたので、専属メイドのシルビアを伴って書斎へ向かうと、
「入学不可だったよ」
挨拶をせず開口一番に死刑宣告とも言える結果を報告してきた。
お父様は書斎の立派なデスクに座り、顔の前で手を組んでいる。
後方にある大きな窓から光が入ってきており、逆光となってお父様の表情は見えづらい。
(もしかせずとも、ブチギレているのでは??????)
予想をしていなかった事態に血の気がひいて眩暈を起こした。
ふらりと体が傾けば、シルビアがさっと支えてくれた。
「あぁソフィー!大丈夫?!」
お父様はソファにかけるようにと促す。
なんというやらかし!!ソフィアは心の中で大騒ぎしていた。
ウェルズリー家の子供が学園に入学不可だなんて許されるわけがない。
もしかしたら追放されるかもしれないし、幽閉されるかもしれないし、確実になんらかの処罰があるのでは?と、不安が募り募ってますます具合が悪くなる。
「いやいや、すまない!別に怒ってないからそんなにショックを受けないでおくれ、本当に問題ないから!」
お父様は傍に仕えていた執事のセドリックを伴って、対面のソファまで移動してきた。
くらくらする頭をなんとか持ち上げてみると、お父様の表情は明るかった。
「ね?怒ってないからね?書類確認してみて。」
セドリックが持っていた書類を私に差し出す。
タイトルに『合否通知』とある。
少し視線を下げると大きく『入学不可』と書かれている。
そして更に下には長ったらしく色々書いてあったが、要約すると『学校に通える健康状態じゃないため』とあった。
思わずお父様の顔を見上げると「だから大丈夫って言ったでしょ」と微笑まれた。
「ソフィアは前に比べれば寝込まなくなったけど、それでもまだ週に1日か2日は具合悪い時が多いよね?王立学園は基本的に全寮制だから、シルビアも入学させて介添えしてもらうつもりだけど、自分で何かをやらなきゃいけない時もある。寮から校舎への移動も歩きだし、体育の授業もある。今の生活よりは確実に体力を使うから、余計に体調を崩しやすいと思う。学園にはちゃんとした医務室もあるけれど、だからといって休みがちだと通っている意味が薄れてくるからね。」
なるほど、と納得した。
ちょっと体調悪い状態が常に続いている為、少し無理するだけで次の日ダウンなんてことはよくあることだ。
最近は私も周りも加減を覚えて程よく休みながら勉強していたため、ダウンする回数が減っていたのですっかり頭から抜けていた。
「確かに、学園生活を毎日休まず続けるのは難しいかもしれません。」
「でしょ?学力はこのまま続けていけば問題ないから、入学は中等部からにして、それまでに体力をつけられるようなカリキュラムを取り入れていこうと思っているよ。もう諸々手配してあるし、来週には先生と顔合わせの予定だからそのつもりでいてね。」
私がわかりました、と返事をすると、
「実はアデルとも相談して、元々中等部からの入学を考えていたんだ。」
と、申し訳なさそうにいうお父様。
ちなみにアデルとはお母様である。お母様もまたすごいのだが、それは別の機会に。
「ただ、それを伝えたところでまだ6歳、体が出来てきてないしどうにもならないと思った。それに、無理に頑張って昔みたいに倒れられても怖いし、黙っていたんだ。すまないね。」
「いえ、そういうことであれば問題ありません。むしろお気遣いに感謝致します。」
少し体調が落ち着いてきたので、姿勢を正し座ったままだが頭を下げて礼を述べた。
お父様はニコニコしながら話を続ける。
「勉強も一通り落ち着いた今なら運動もゆっくり取り組めるだろう。何より先生にはあのジェフリー・エヴァンス様をお呼びしているからね。中等部入学までには健康な体になれると思うよ。」
ビッグネームが急に登場したせいで、頬が若干ひきつる。
またお父様はとんでもない人を呼んでしまったようだ。
ジェフリー・エヴァンス様といえば今は隠居なさっているが、若かりし頃に隣国との戦争で初陣なのに武勇をあげまくり叙爵されてから、以降どの戦場でも第一級の手柄をたてられたと言われている英雄。
いつぞやうけた歴史の授業で出てきた人なのに、こんな貧弱小娘の体育教師に呼んで大丈夫か?!?!
いや、絶対大丈夫じゃないでしょ、どういう経緯でそうなったの……
私が動揺しているのをみて「大丈夫だよ、気のいい人だから。」とお父様はいうが、不安しかないな??
まぁ今更何を言おうと、もう契約を結んでいるそうなので、来週から英雄が体育の授業をしに来てくださるのは変わらない。受け入れるしかない現実なのだ。
……よく考えたら今の教師陣も呼んだらやばそうな人しかいないな。
私は諦めのついたいい笑顔をお父様に向けたのだった。
他にも2~3個ほど今後について話をしてから書斎を退出し、この後授業もあるのでさっさと自室に戻ることにした。
***
少女は手を胸の前で組んでうっとりしていた。
「お父様があのギルベルト・ウェルズリー様だというのが羨ましいですわ……」
「そうなの?お父様がどうとか思ったことなかったな。」
「作品のファンでなければそうかもしれませんね。あ、マリさんがファンではないという意味ではないですが……!」
気分を害したのではないかと、少し狼狽えた様子の少女に、笑顔で「大丈夫」だと告げる。
いつもの貴族らしい整った笑顔をやめて、ただのマリだった頃のようにヘラヘラと笑うと、少女も安心したようだった。
「ギルベルト・ウェルズリー様は攻略対象外のキャラクターであるにも関わらず、初期からずっと人気がありましたわ。『至高のイケオジ』と名高いですわね。同じメーカーの乙女ゲーム作品全体でキャラの人気投票をやった時にも、そのへんの攻略対象キャラを抑えてベスト50にランクインしていたはずです。ただ、公式で結婚している設定だったので、リメイク版にもシナリオが追加されることはありませんでした。それでも人気っぷりに公式が配慮したのかスチルが増えて、ギルベルト様ファンは大喜びでしたね。」
ツラツラと楽しそうに喋る少女。
一方マリは首を捻っていた。
マリにとってギルベルトはただのお父様であった時間の方が長かった為、人気キャラどうこう言われてもあまりしっくりはこなかった。
「まぁ……イケオジっていうのは分かるかな……?何か人肉食べるのが似合いそうな感じ。」
「あぁ!分かりますわ!立ち絵の時点で博士に似てると思っていましたけど、入学式で見た時は博士とは別人だと分かるのに雰囲気は似てるっていうか、なんかもう本当に『至高のイケオジ』だな~って大興奮でしたわ!」
マリだった時に観た海外ドラマのイケオジを思い出していると、どうやら少女も知っていたようで盛り上がった。
(あのドラマ結構グロいのに、この子平気だったんだな。一体中身は何歳なんだろ?)
マリがそんなことを思っているのも露知らず、少女は楽しそうにしている。
「そういえば、お父様がイケオジな割に私は見た目地味なんだよね。」
「……それは、公式のキャラクターデザインのせいなのでなんとも……」
私がふざけて茶々を入れると、少女は気まずそうに言葉を濁らせた。
「いやいや、ただの軽口だから気にしないで!……地味だけど整った見た目ではあるし、それにこの瞳の色が気に入ってるの。」
マリはそう言って、『至高のイケオジ』譲りの琥珀色の瞳を瞬きさせた。
少女はそれをみて「やっぱり羨ましいですわ」と、またうっとりとした。