【第4話】ソフィアとして8年生きて分かったこと
説明回です
恥辱の赤ん坊時代を経て、私は8歳にまで成長した。
もう本当に大変だった。よく正気でいられたなと思う。
この8年で身に染みてわかったのは、新しく生まれ落ちたここが日本でもなければ、私が知っている時代でもないということ。なんなら地球ですらないんだろうな、と最近では思う。
さて、順を追って話そう。
まず、赤ちゃんとして生まれた私はもう小竹真理ではなかった。
新しい名前はソフィア・ウェルズリー。
ウェルズリー公爵家の末っ子長女として生まれて、父、母、兄が二人という家族構成だ。
もう既に怒涛の日本じゃない感だよ。とため息をついた。
しかも公爵、つまりはお貴族様ということらしい。
公、侯、伯、子、男という序列らしいので、貴族の中では高い地位にいるようだ。
それでいて場所は、リヒタニア王国というところらしい。
地図によると大きめの大陸にある国のひとつで、北、東、南でそれぞれ別の国と隣接しており、西には海。隣接している国以外にもいくつかの国があり、全体でみて中堅どころといった立ち位置だそう。決しては大国ではないといった感じ。
地図を見た時、(たぶん、地球じゃないんだろうな。)と思った。
自身の知っている世界地図とは異なる大陸の配置に、聞いたことがない国名ばかり。
どれだけ探しても、見慣れた島国の記載は見付からなかった。
地図を見た日の夜は、さすがに涙が零れた。
しんみりしたくないので次にいこう。
生活や文化でいえば、おそらく中世や近世に相当するレベルだと思われた。
服は、女性はドレスやワンピースが主で、男性というか父はスーツやタキシードのようなものを着ているのをよくみかけた。メイド服に執事の燕尾など。いかにもな感じである。
生活は現代日本に比べればもちろん劣るが、まったく馴染めない程ではなかった。
明かりはガス灯、ガスストーブに、ガスコンロ、トイレは謎に水洗、バスタブにつかる入浴はあまり一般的ではなかったもののシャワーが存在しているため毎日体を清められた。
使い方の分からないものも多かったが貴族という立ち位置のおかげで、メイドの力を借りてほぼ不自由なく生活できた。
ちなみに、マリはそういう文化や生活の歴史に詳しいわけではなかったが、なんとなくのちぐはぐさは感じてはいた。それは『作られた世界なので色々都合よく出来ているだけ』というところからきているのだが、マリはまだそれに気付かないし、気付けない。
そういったわけで生活には然程困らなかったが、いくつか問題があった。
まずは言葉の壁。日本語とはかけ離れた言語体系だったため習得に時間がかかった。
そして生まれつきの体の弱さ。幼少期は幾度となく高熱を出し死の間際を彷徨った。
あとはいつまでたっても貴族という制度に慣れないこと、慣習やルールで縛られていてうんざりしていることなどをはじめとして他にもいくつか。
あとは娯楽が少なくて暇であることが、幼少期の大きな不満だった。
暇と伝えるとお絵描きやピアノなどを薦められたが、
(そういうことじゃないんだよな~、こう、スマホゲームとかポチポチしたいような暇具合なのよね……、ないものねだりなのは分かってるけど……)
と、心の中で愚痴をこぼした。
それでもなんだかんだでやってみたら、意外と出来がよかったらしく両親が調子づいて他にも『暇つぶしのための手習い』を増やしていった。
刺繍、フラワーアレンジメント、お菓子作りなどなど、気付いたら暇じゃなくなっていた。
さらに言えば、暇だったのは5~6歳の頃の話。
6歳になったある日、突然お父様に呼び出されたかと思うと数人の家庭教師を紹介され、その時からは多忙を極めた。
何故多忙になったかの前に、話をウェルズリー公爵家について戻そう。
ウェルズリー公爵家は、リヒタニア王国である分野においての覇権を握っている。
それは『教育』である。
イメージの話になるがソフィアの父であるギルベルトが、日本でいう文部科学大臣にあたり、なんならウェルズリー公爵家が文部科学省と言っても差し障りないレベルの覇権っぷりだと言えば、その凄さが分かるだろうか。
『教育』という分野では、国から丸投げされているレベルなのだ。
そのウェルズリー公爵家の家長である父、ギルベルトは王立学園を国から依頼されて経営しており、学園長という立場にいる。
勘のいい方ならお気付きになったと思うが、突然父に呼び出されてされた話は、
「ウェルズリー公爵家の娘が学園でトップ取れないなんて許されないから」
という、実に簡単なお話である。
王立学園には
9~12歳までの初等部
13~15歳までの中等部
16~18歳までの高等部
という、3つの段階が用意されており、貴族の子は特別な場合を除いて初等部から学園に通うのが国の制度として決められている。義務教育というわけだ。
でも、入学にはテストや面接がある。あまりにも素行が悪かったり、成績が低すぎたりすると入学が認められない。そのへんは私学の学校みたいな感じ。
また、学園の高等部を卒業した資格がないと、爵位を継ぐ際に国からストップがかかったり、婚活に不利だったりするため割とみんな必死で学園に通うらしい。
なんなら、王族ですら卒業できなければ継承権を奪われるそうで、そのくらいこの王立学園における成績や資格は重視されている。
つらつらと学園について話す父をみながら、(とんでもない家に産まれてしまったな。全然大丈夫な気がしない……)と不安を募らせていると、
そこはウェルズリー公爵家である。一流の家庭教師を用意してくれていた。
6歳の小娘一人に大学教授レベルの人材が複数人つくと言ったら豪華さが伝わるだろうか。
この国には高等部の上には研究機関があるだけで、所謂大学というものは存在していない。なので彼らは大学教授というわけではないのだが、その研究機関を引退された元部署トップだったりするわけだ。
ね、とんでもないでしょ?
そんなわけで一流の教育をうけることとなった為、というか、彼らが一流であるが故に多忙になってしまったのである。
この時のソフィアは6歳であるからして、家庭教師たちから教わる内容は簡単なものであった。
また、学園の初等部は、小学校の3年生くらいまでの内容しか扱わない。
日本の義務教育では受けないような内容、例えば修辞学や、この国の歴史に関しては手こずるところもあったが、他の科目が小3並みの内容の為、勉強のリソースをそっちに割いてしまえば事もなかった。
これならなんとかなるか、と安心しつつもバリバリ勉強していた私をみて、教師人は
「「「「これは教えがいがある!!」」」」
と、それぞれのプロ意識が大ハッスルし始めたのである。
ソフィアの中身は享年28歳のマリ。
マリは曲がりなりにも日本で大学まで進学できているし、それなりの理解力と勉強に対する慣れがあり、そのせいで先生たちの教えたい欲は止まらないし、両親はニコニコでGOサインしか出さない。
そんなこんなで、家庭教師がついてから3年もたたないうちに高等部3年生の内容までいきついてしまった。
といっても、せいぜい高校1年生レベルの内容なので、多少のつまずきはあっても特に苦労はしなかった。
そして、8歳になり、いよいよもって王立学園の入学試験を受けて、
結果は、入学不可だった。