【第2話】ソフィアとして産まれる
私がこの世界にきて、ソフィア・ウェルズリーになった時。
最初の記憶は、死んだ時と同じ、真っ暗な視界と首にまとわりつく物の感触だった。
…………
(……あれ?)
(そうだ……私……、首を絞められて……)
まだぼんやりしている意識の中、直前の記憶を手繰り寄せる。
(あ~、最悪だ……)
徐々に思い出してきた内容に胸糞が悪くなった。
さらに、自分の状況を顧みて、真っ暗な視界と首にまとわりついている物の不快感で不安になった。
どうするべきか悩んでいると、急に体がぐっと押されるような、それでいて引っ張られるような感覚が全身を襲った。そして突然、視界が明るくなった。
(何!?)
状況が分からず慌てるが、うまく身動きが取れない。
全身を何か大きなものに支えられている感覚がする。あたりを見回したいものの、目がうまく開かない。周りの音も、まるで水の中にいるようにぼやぼやとしか聞こえず、単語すら拾えない。目も耳もだめ、鼻も詰まっている感じがするし、口の中はよくわからない味がする。血の味ではない、かな。
五感が正常に働かない中、意識だけがはっきりしているせいで余計に不安になっている気がする。
たくさんの人の気配がするのに、なにもわからないのが怖い……
自分に一体何が起こっているのか……
すると、首周りの不快感が消えた。まとわりついていたものが外されたようだ。
まだ苦しい感じはするが、首を絞められていないことに少しほっとした。
しかし、それ以外の状況に変わりはなく、
(これってもしかして植物状態とかいうやつだったりして……?)
ぞっとする考えが頭をよぎった。
直後、胸にぐっと強い力が加わった。
(く、苦しい!おえっ!)
あまりに強い力で胸を押されて、たまらずこみあげてきた物を吐いてしまった。
げほげほと咳き込んだあと、思いっきり息を吸うと、
「おぎゃーーーー!!!!!!」
私の口からは、元気な産声があがったのだった。
(……は?)
あまりに何もかもがわからない状況に思考が止まっていると、強い疲労感が襲ってきて、私はまた意識を失った。
***
あれからどれくらい時が経ったか。
意識を取り戻してから、自分の体が植物状態じゃないことに安堵したのも束の間、置かれている状況はどう考えても異常だった。
(ほんと、意味わからないな……)
ありとあらゆる世話を他人にされていた。嫌だと拒否をしたくても、うまく発音できない。自分で動きたくても重怠くて起き上がれない。されるがままの状態に屈辱すら感じたが、それがなぜなのか。
私が、生まれたてほやほやの赤ちゃんになっているからだ。
……まったくもって意味不明だが、状況からいってそれ以外に考えられなかった。
もちろん(そんなこと有り得ないでしょ!)という気持ちは消えないし、悪い夢でも見ているのかと目が覚めるのを待ったりもした。
それでも状況は変わらなかった。
視界がはっきりしてきてから分かった手足の小ささ。
毎日誰かしらに世話を焼かれ、その人たちとの大きさを自分と比べれば小ささがより明確になる。
完全に赤ちゃんになっている。
……なぜ、という思考は止まない。
やっぱりあの時死んだのか?これは輪廻転生なのか?
どうして私の意識がこんなにもハッキリしているのか?
わからない事だらけで、涙が出てしまう。
まぁ、赤ちゃんなので泣くことしかできないのだが。
私がやり場のない感情に咽び泣いていると、女性が傍にやってきてヒョイと体を抱き上げた。
「$%~☆&F*@#~!△%Q$D●#~?」
どうやら私の知らない言語のようで、何と言っているかまったくわからないが、赤ちゃん言葉で話しかけてきていることはなんとなくわかる。露骨に不快だという態度をとって抗議した。
といっても、更に泣き喚くことしかできないのだが。
なんといっても、心はあの日あの時のまま。28歳のままだ。
今の状況はつらい以外の何物でもない。
泣き喚いて抗議をする私に、女性は困り顔である。少しだけしてやったりな気分になった。が、その後すぐに女性が何かを呟いて私をベッドへ戻すと、小走りでどこかへ消えた。
女性が戻ってきたときに手にしていたのはおむつだ。
(ちがうちがう!!!おむつじゃない!!!やめて!!!!!)
必死の抵抗も空しく暴かれてしまい、泣いたのを後悔したのだった。