第9話 悶着、そして休息
イグニスの疑問に、ネージュは答えた。
「体を洗うのよ。さ、あなたが先に浴びちゃって良いわよ」
「おい、ちょっと待て!それは服を全部脱げということか?」
イグニスは見るからに慌てて聞いた。ネージュはさも当然だというように答える。
「水を浴びるんだから、そうに決まってるでしょ」
「俺はオートマタなのだろう?機械が水を浴びて大丈夫なのか?」
「何言ってるの。オートマタは基本的に完全防水仕様よ。洗わなきゃ汚れちゃうじゃない。昼間は魔族と戦ったんだし」
イグニスは血の気が引いていくような気分だった。さっき下着姿になったときでさえ強い抵抗を覚えたのだ。全裸になどなれるわけがない。そんな彼の様子を見て、ネージュはベッドから立ち上がった。
「もしかして恥ずかしいの?じゃあ私が脱がしてあげるわ」
「おい離せ、やめろ!やめろぉぉぉぉッ!!!!」
イグニスは為す術もなく、あっという間に服を脱がされてしまった。彼は恥ずかしさのあまり目を開けることすらできない。両手で肩を押さえ、全裸のまま立ちつくしていた。
すると、ネージュがイグニスの体を見て言った。
「あら。あなたの体、全年齢対象版じゃない。まあ家庭用オートマタなら当たり前か」
イグニスは恐る恐る目を開けた。見下ろしてみると、平坦な胸部にも、局部にも、いかがわしいものは何もついていなかった。ネージュがあきれたように言う。
「まさか、何か期待してたの?あなた」
「いや、そんなことはない」
「ああそっか。女の子の裸とか、見たことないんだね」
「……四大勇者のアクアが水浴しているのを、偶然見てしまったときぐらいしか……」
「あははは!何それ、ガキンチョじゃん!本当に偶然?」
「当たり前だ!」
こうして一悶着があった後、イグニスは設備の使い方を教わり、渋々とシャワーを浴びた。とはいえ、抵抗感や背徳感は消えることがなかった。彼は別のことを考えることにした。
結局、自分がこの少女型オートマタの体になってしまったのはなぜなのだろうか。彼はシャワーを浴びながら、可能ならば元の姿に戻りたい……と思った。しかし、元の体が魔法などで少女に変異したわけではなく、自分の霊魂が少女型オートマタの体に憑依したというのだ。元に戻れないことは明らかだった。
彼は昼間にこの体で初めて目覚めたときのことを思い出す。彼は見知らぬ部屋の中で寝かされていた。ということは、このオートマタの体には本来の持ち主が本当にいるということなのだろうか。あの部屋に戻れば何か分かるかもしれないが、その持ち主にこれからの計画の妨害を受ける可能性もある。持ち主には申し訳ないが、ひとまず戻るわけにはいかないだろう。
ひょっとして、自分は自分自身を四大勇者のイグニスだと思い込んでいるただのオートマタなのではないだろうか。そんな恐ろしい可能性も頭をよぎる。しかし、それでは火炎魔法を使えることや、死に際の鮮明な記憶が残っていることの説明がつかない。
彼は考えるうちに何が何だか分からなくなってきて、それ以上考えるのをやめてしまった。
イグニスがシャワーを浴び終わると、ネージュが寝間着を用意して待っていた。それを着てみると、相変わらずぶかぶかだった。
ネージュがシャワーを浴び終わった後、ベッドの上の雑多なものを片付け、二人はもう寝ることにした。元々一人用のベッドなので二人で入ると窮屈だが、イグニスはようやく一息付けるということで安心感を覚えた。
オートマタであっても、内部機構の自動点検のため、人間と同じように眠る必要があるのだという。何より、彼の精神が睡眠を欲していた。
イグニスは天井を見つめる。今日一日だけで本当にさまざまなことがあった。初めは困惑ばかりで非常に不安だったが、こうしてネージュという仲間もできて、これから安心して眠れることに喜びを感じた。
イグニスが目を閉じて眠ろうとすると、またしてもネージュが抱きついてきた。
「おい、そのいきなり抱きつくのをどうにかしてくれ」
「んー……。私、ずっと妹が欲しかったんだよね。こうやって一緒に寝たかったんだわあ……」
「きょうだいは他にいないのか?」
「いないよ。家族もいないもの。物心ついたときは、ガーディアンの養成学校にいたし」
彼女は孤児だったようだ。ずっと孤独だったのだろうか。イグニスは彼女に少しの同情を覚えた。
「お姉ちゃんって、呼んでくれても良いんだよ?フラム」
「誰が呼ぶか!それにこんな時にまでその呼び方はやめてくれ!」
気付くと、すでにネージュは寝息を立てていた。妹のような存在ができてよほど嬉しかったのだろう。
しかし、こんなに密着された状態で安眠できるだろうか。イグニスは不安に思いながら再び目を閉じた。