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第7話 サイボーグ、改めオートマタ

「よし、包帯も巻き終わったことだし、その手を修理しに行こっか!それに、旅の準備もしないとね」


 ネージュは濡らした布でイグニスの顔を拭きながら言った。


「手を修理に?」


「流石にそのままじゃ、これからの旅の支障になるでしょ。行きつけの機械工を案内するわ。あ、知り合いにエビ頭も売りつけに行かないとね。とりあえずそこに行きましょう。と、その前に……」


 ネージュは喋りながらベッドの下をまさぐる。イグニスがその様子を眺めていると、彼女は乱雑に畳まれたシャツを引っ張り出して言った。


「お着替えしよっか。そのワンピース、汚れちゃってるし。ほら、それ脱いで」


「何……脱げだと……?」


 イグニスは突然の要求に戸惑う。見知らぬ少女の姿で服を脱ぐことに強い抵抗を覚えたのだ。しかし、ネージュはそんなことお構いなしだ。


「ほら早く!」


「や、やめっ……」


 ネージュはイグニスのワンピースを掴むと、強引に脱がせた。その時、ネージュは何かに気付いたようにイグニスの背中をのぞき込んだ。


「あれ、これは……。いや、でもおかしいな」


「何だ、どうしたんだ?着せるなら早く着せてくれ」


 下着姿となったイグニスは恥じらって小さな肩を押さえながらネージュを急かす。ネージュは合点がいかない様子で答える。


「あなたの背中、オートマタの紋章がついてるのよ」


 ネージュがイグニスの背中の下部に見たものは、オートマタならば製造時に必ず刻み込まれる歯車型の紋章であった。その下には、小さな文字で製造番号が彫られている。


「つまりこの体は、体の一部が機械である人間ではなく、完全な機械だということか?」


 イグニスはホマルスの説明を思い出しながら言った。確かに、全身が機械であれば今まで起こったさまざまなことに説明がつく。走ったりホマルスのカニバサミを押さえたりしても疲労がなかったことや、さきほど涙が出てこなかったことなど……。


「そういうこと。あなたはオートマタってことになるわね。でもだとしたら、なぜあなたは魔法が使えたのかしら?オートマタは魔法が使えないはずよ。それに、機械に霊魂が憑依することなんてあるのかしら?まあこれで、あなたが転生者だっていう可能性は消えたわけだけど」


 二人はしばしの間考え込む。だが、いくら考えても分からないことは分からない。


「まあいっか。とりあえず機械工のおじさんに、オートマタに霊魂が宿ることがあるのか聞いてみれば良いし」


 そう言って、ネージュは手に持ったシャツを頭からイグニスに被せる。


「あははは、ぶかぶかだ!でもこれはこれでかわいいし似合ってるよ」


 シャツはネージュのものであり、イグニスの体には大きすぎた。イグニスが見下ろしてみると、前面には白地に威圧的な字体で「可愛いは正義」という意味不明な文言が大きく書かれていた。


「なんだこれは……悪趣味だぞ」


「いいのいいの!」


「おい、いきなり脱ぎ始めるんじゃない!」


「じゃああっち向いてて!」


 そんなこんなで着替えを済ませたイグニスとネージュは、早速外出することにした。まずは、イグニスが抱える袋の中のホマルスの首を売り払いに行くという。


 道中、イグニスは視界に入ったさまざまなものを指差し、ネージュに質問した。道路を覆う黒い物質は、大地魔法と火炎魔法を応用し油をもとに作られたものであるという。そして、動物に引かれずとも自走する乗り物は、火炎魔法を使用した動力機関を持つ魔動車。立ち並ぶ建物の材質は、大地魔法と水流魔法を混合して成形された物質。風の力を大気魔法に変換して蓄積するための風車……。


 イグニスの時代と比べ、魔法技術が格段に進歩していることが感じられた。魔王に地上が支配されたとはいうものの、浮遊都市の人々がそれほど不幸な生活を強いられているわけではないことに、イグニスは少しの安堵を覚えた。


 目的地に近づいてくると、ネージュが思い出したように言った。


「そうだ、私以外の人と喋るときは、怪しまれないようにちゃんと女の子らしくするのよ」


「そんなことは分かっている……」


 イグニスは明らかに気乗りしていない。


「そうね。それにイグニスって名前も四大勇者の名前だから怪しまれるわね。男の人っぽい上になんだか古めかしいし。別の名前で呼んでいい?」


「勝手にしてくれ……」


 イグニスは諦めたようにため息をついた。ネージュは少し考えた後に言った。


「んーと、じゃあフラムなんかどう?良さそうじゃない?よし!これから人前でのあなたはフラムよ。分かった?フラム」


「わ、分かった……」


 俯きながら小さな声で答えるイグニスの背中を、ネージュが叩く。


「もう!フラム、そんなに恥ずかしがらないの!」


 そんな話をしながら歩いているうちに、目的地についたようだ。そこはいかにも怪しい雰囲気を醸し出す、古びた2階建ての建物だった。


「ここでは私の知り合いが魔族の研究をしているの。彼女ならそのエビ頭を高値で引き取ってくれるはず。ちょっと変人だけど、危ない人じゃないから大丈夫。さ、入るわよ」


 そう言うと、ネージュは躊躇わず建物の扉を開いた。イグニスも後に続く。どうやらこの建物は一階が作業場になっているらしい。広い部屋に大きな机が置かれ、その上には用途不明の怪しい機械類が並んでいる。部屋の壁の前に並んだ棚の上には、何か得体の知れないものが詰められた瓶が陳列されている。


「アンテレーー!いるーー!?」


 ネージュが叫んだ。すると、部屋の奥から人影が姿を現した。汚れた白衣と怪しげなバイザーを身に付け、ボサボサの長い黒髪で明らかに不健康そうに痩せた研究員風の女性だった。ネージュと同じくらいの年齢なのだろうが、若干老けて見える。


 彼女は引きつった笑みを浮かべながら、二人の元へ歩み寄った。


「はいは~い、アンテレさんはここですよ~。おや~?そのかわいこちゃんは一体どうしたの~?」


 気の抜けたような声を発しながら、アンテレはイグニスに興味を向けた。ネージュが説明する。


「この子は最近拾ったオートマタよ。フラムって言うの」


「は、初めまして」


 イグニスがおどおどと挨拶すると、アンテレはその顔をのぞき込み、不気味な笑顔を作った。イグニスは苦笑するしかない。


「ネージュ、ずっと女の子のオートマタ欲しがってたよね~。かわい~い。いいな~」


「ええ、その通りね。貧乏だから買えないと思ってたもの。……ちょっと、フラムが怖がってるじゃない!とにかく本題よ。フラムが抱えてる大きな袋あるでしょ?これ、買い取ってくれる?」


 イグニスはアンテレに怖じ気づきながらも、彼女に袋を手渡した。袋を受け取ったアンテレは机の上で中身を取り出すと、歓声を上げた。


「すご~い!甲殻族の首だあ~!これは良い研究材料になりますよ~。これ、さっきの魔族との戦闘で手に入れたの~?」


「そうよ。へへ、すごいでしょ?甲殻族の長、ホマルスの首よ。いくらで買い取ってくれる?」


 ネージュの問いに、アンテレは少し考え込みながら答えた。


「そうだね~、5万オーロぐらいかな~?……いや、でもかわいい女の子見せてくれたから、7万オーロあげちゃお~」


「本当?やったあ!」


 こうしてホマルスの首と引き換えにアンテレから7万オーロを受け取った二人は、次の目的地である機械工の元に向かうことにした。


「良かったわね。7万オーロもあれば、しばらくは旅費に困らないわ」


「はあ……。あの研究員を相手するのに疲れてしまった……」


 喜ぶネージュとは裏腹に、イグニスは精神的な疲労感をにじませていた。あの後もアンテレにいろいろ質問されたり、顔や髪を触られたりしたのだ。


「そんなこと言ってたら務まらないわよ。次の機械工のおじさんのとこでも、ちゃんと女の子のふりをするんだからね」


 それを聞いて、イグニスはますます気を重くした。この体で復活したはいいが、まさか少女の演技を延々とさせられるとは……。そのうち心まで少女になってしまいそうだ。


 ふと、イグニスはあることを疑問に思い、ネージュに尋ねた。


「そういえば、ガーディアンである貴方がなぜ機械工の行きつけに?」


「ふふ、知りたい?」


 すると、ネージュは左手をイグニスの耳元に近づけ、握って開いてを繰り返した。イグニスは確かに、かすかな音を聞き取った。機械の駆動する音だ!


「まさか……貴方も?」


「そう、実は私もサイボーグなのよ」


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