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第55話 巨竜、そして爆風

「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 巨竜と化したベルムは鋸のような牙の生えた大口を開き、地響きのように低くおどろおどろしい咆哮を上げる。そして、背中から生えたコウモリのような巨大な翼をはためかせ、宙へと飛び上がった。たったそれだけの動きでも突風が起こり、イグニスたちは思わず腕で顔を覆う。建物よりも上空へと上がったベルムは、イグニスたちの頭上をゆっくりと不気味に旋回し始める。


 その巨大な影を見つめながら、ネージュは不安の声をもらす。


「あんな怪物、どうやって戦えっていうのよ……。フラム、どうしよう?」


「上空にいられては敵わない。翼を重点的に狙い、何とか地面に落とすのだ」


「分かったわ。じゃあ行くわよ! 『虚空旋風刃』!」


「『熱殺火球』!」


 二人の撃ち出した火球と空気の刃が宙を駆け、ベルムを襲い次々と命中する。だが、硬い鱗に覆われた体表はおろか、翼の膜にすら傷一つ付かない。


「まずい、やっぱり全然効いてないわ……」


「まだ諦めるのは早い。どこかしら弱点があるはずだ」


 その後方では、負傷したリヴィエルが何とか立ち上がろうとして、鉄牙団員に止められていた。


「リヴィエルさん、その身体で戦うなんて無茶っす! 俺たちに任せておくっすよ!」


「魔法を使うだけならまだ僕にだってできるさ。イグニスたちだって戦ってるんだから……ぐッ!」


「ほら言わんこっちゃないっす!」


「リヴィエル、お前さんはもう十分に戦った。うちの団員と一緒にシェルターへ向かうんだ」


「でも……」


 アヴォリオに諭されつつも、リヴィエルはまだ諦めきれない様子だ。


 だがその時、上空のベルムが不穏な動きを見せる。裂けた口を大きく開くや否や、その口の中に巨大な火球を生み出し始めたのだ。イグニスがいち早くそれに気付き、自らも腕に火球を生成するが間に合わない。みるみるうちに大きく成長した火球を、ベルムは真下に向けて発射する!


「クソッ、『熱殺火球』!」


 イグニスは火球を発射するが、明らかに大きさが負けている。ベルムの巨大な火球はイグニスの火球を飲み込み、そのままリヴィエルと鉄牙団員の頭上へと迫る!


「危ないッ!」


「うわああああああッ!」


 リヴィエルは水流魔法を生み出そうと手を伸ばすが間に合わない。リヴィエルが、鉄牙団員が顔を覆ったその時!


「『束縛輪環』!」


 マッキナの声と共に、二人の身体は強い力で後方へと弾き飛ばされる。マッキナが咄嗟に二人の腹部に金属の輪を巻き付け、念力で引っ張ったのだ。次の瞬間、さっきまで二人のいた場所に火球が着弾し、轟音と共に大爆発を起こす。煙が晴れると、そこの地面はまるで隕石が衝突したかのように深く抉られていた。直撃していれば間違いなくリヴィエルたちの命はなかっただろう。


「ありがとうマッキナ、助かったよ」


「死んだかと思ったっすぅ……」


 腹に巻かれた金属の輪を解かれ、リヴィエルと鉄牙団員は放心した様子だ。マッキナはリヴィエルに歩み寄る。


「私はリヴィエルさんに守ってもらいました。だから今度は私がリヴィエルさんを守る番です。私が護衛しますから、今のうちにシェルターへ向かいましょう」


 リヴィエルはまだ少し迷う様子を見せたものの、マッキナの提案に頷いた。


「……分かった。イグニスたち、すまないが後は頼んだよ」


 リヴィエルは二人の鉄牙団員に身体を支えられながら、マッキナと共にシェルターへと向かっていった。


 そしてその間にも、ベルムは口元に次の火球を蓄えていた。それも、今度は一つだけではない。小さい火球を複数だ。ベルムは大きく振りかぶり、それらを地上目がけて発射する。まるで流星のように降り注ぐ火球は次々と着弾して小爆発を巻き起こし、路面や建物の外壁を抉る。市民はすでに避難を終えているとはいえ、街の建造物の損害は免れない。そのような状況下で、イグニス、ネージュ、アヴォリオたちはただただ防御し、逃げ惑うことしかできない。


「グワァッ!」


 すぐ後方に着弾した火球に気付かず、イグニスの軽い身体はいとも容易く吹き飛ばされる。だがすぐさまネージュに抱きかかえられ、事なきを得る。


「フラム、しっかり!」


「ああ、すまない」


「それにしたって、このままじゃ私たち一方的にやられっぱなしよ!」


「分かっている。だが……」


「おいイグニス、奴がこっちに来るぞ!」


 アヴォリオの警告でイグニスはベルムに視線を戻す。すると、ベルムは地面へと急降下し、こちらへと突進してくるではないか! その様子を見たイグニスの脳裏に、一つの案が湧き上がった。


「ネージュ、飛び乗るぞ」


「ええッ!? フラム、何言ってんのよ!」


 イグニスの提案にネージュは驚きを隠せない。だが、イグニスの目は既に決断的な色に染まっていた。


「地上で攻撃しても埒が明かない。奴に乗って直接叩く!」


「……分かったわ。無茶だけどやるっきゃないわね」


 少しの逡巡の後、ネージュも決意を固めた。イグニスは後方のアヴォリオへと叫ぶ。


「アヴォリオ、お前たちは他のガーディアンたちに退避を促せ!」


「おう、任せろ!」


 アヴォリオの頼もしい返答を聞きながら、イグニスとネージュは高速で接近するベルムの姿を凝視する。両脇の建物を爪で抉りながら接近するベルムの獰猛な顔が彼らの眼前に迫る!


「フラム、来るわよ!」


「はあッ!」


 ベルムの巨体が地面を掠める瞬間、二人は勢いよく跳躍する。そして、硬く鋭い鱗に覆われたベルムの背に飛び乗り、樹木のように太い翼の根元へとしがみつく。ベルムは建物の壁を引き裂き、路面を抉りながら街路を抜けると、再び上昇を始める。イグニスとネージュが背中に乗っていることにはまだ気付いていないようだ。


 二人は突風に煽られ、はためく翼の動きに振り回されながらも必死にしがみついていた。イグニスがもう一方の翼に掴まっているネージュに向かって叫ぶ。


「ネージュ、やるぞ! まずは翼を切り落とせ!」


「ええ! 『飛翔突風斬』!」


「『灼熱手刀斬撃』!」


 駆け抜ける風の轟音に負けじと二人は攻撃を繰り出す。だが、鉱物のような鱗は彼らの渾身の斬撃をいとも容易く弾き返した。猛烈な突風とベルムの不規則な動きに耐えながら攻撃を繰り返すものの、結果は変わらない。


「クソッ、何という頑丈さだ……!」


「フラム、危ない!!」


 ネージュの声に、イグニスははっと前方を見やる。どうやらベルムは背中の二人の攻撃に気付いたらしい。彼女は二人を振り落とすべく、側面から建物へと突っ込もうとしていた。しかし、ここで手を離してしまえばまたベルムの背中に飛び乗れる保証はない。イグニスとネージュは覚悟を決め、受身の体勢に入る。次の瞬間、ベルムはレンガ造りの建物に顔面から突っ込み、轟音と共に壁を突き破った!


「「ぐッ!!!!」」


 ベルムの翼の背後に隠れてもなお、凄まじい衝撃が二人を襲う。それも一度ではない。ベルムは建物の内部を縦横無尽に暴れ回り、壁を、床を、天井を破壊しながら突き進む!


 それを外から見ていたアヴォリオは、崩れ落ちる建物から離れるよう団員達に促しながら、イグニスとネージュが無事であることを祈るしかできなかった。そしてベルムが再び建物の屋根から姿を現したとき、彼は血の気が引く感覚を覚え、その額には瞬く間に冷や汗が滲んだ。


 その時ベルムの背中には、既に二人の姿はなかったのだ。

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