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第54話 真実、そして絶望

「貴様が俺たちの命を狙う魔族の首領か。残念だが、貴様の思い通りにさせるわけにはいかない」


 イグニスが果敢に言い返すと、ベルムは笑みを浮かべながら言った。


「随分と肝の据わった娘だ。差し向けておいた刺客二人が帰ってこないのも頷ける」


「ええ、あんな奴ら蹴散らしてやったわよ。当然でしょ?」


 ネージュが挑発するが、ベルムは少しも余裕の態度を崩さない。


「あの二人に勝利した程度で得意になられては困るな。彼らは所詮若造。そこらの兵に毛が生えた程度の実力よ」


 その態度が気に障ったのか、アヴォリオが言い放つ。


「よくそんな堂々としてられるもんだな。てめえの手下の兵といえば、ガーディアンにボロ負けして伸び上がってる奴らばっかりじゃねえか」


「貴様らこそ、そのような物言いをしていられるのは今のうちだけだ。これから貴様らには我が直々に手を下してやるのだからな」


 イグニスとベルムたちの間に緊張が走る。その時、串刺しになっていたセピアが、再び弱々しい声を発した。


「待て……にゃ……あたいを……あたいを助けてくれ……にゃ……」


 セピアの方へ視線を向けたベルムは心底軽蔑したような口調で言い放つ。


「フン。しぶとさだけは一丁前だな。哀れな軟体族め」


 ベルムはセピアへと歩み寄ると、彼女の触手を掴み、乱暴に引っ張り上げた。途端に氷柱が割れ、ベルムはセピアをぼろ切れのように目の前の地面へと放り投げる。細身の身体からは想像もつかないような腕力だ。その様子にイグニスたちは息を呑み、いつでも戦闘態勢に移れるよう身構えていることしかできなかった。


「威勢がいいのは始めのうちだけだったな。流石は愚鈍浅薄な劣等種だ」


 今にも死にそうなセピアに、ベルムはひたすら侮蔑の言葉をぶつける。セピアは腹部の大穴から大量の青い血を流し、苦しげながらも必死に言い返す。


「馬鹿にするにゃ……! おまえらがこの人間らを見つけられたのは、あたいが情報を流してやったからだにゃ。おまえらはあたいに感謝すべきなんだにゃ……!」


 だが、セピアの言葉を聞くや否や、ベルムは不敵な高笑いを上げた。


「フフフフフ……クハハハハハハ!!」


「な、何を笑っているにゃ!」


「自らの貧相な能力に驕り高ぶり、欺かれていたことにすら気付かないとは、貴様は本当に救いようのない愚か者だな」


「な……!」


 セピアは困惑のあまり言葉を失う。それをよそに、ベルムはセピアの知らない真実を明らかにしていく。


「いいか? 我らは貴様に教えられるまでもなく、魔王様に刃向かう人間たちの情報を独自に入手していたのだ。それにも関わらず誘いに乗る芝居をして、貴様をここに連れてきた。その理由が分かるか?」


 そこで言葉を切ると、ベルムはセピアの元へかがみ込み、顔を近づける。そして最上級の侮蔑を込めて言い放った。


「貴様を食糧にするためだ」


「……!!」


 絶句するセピアに構わず、ベルムは非情にも続ける。


「我の用いる暗黒魔法は、通常と比べ何倍ものエネルギーを必要とする。それを効率よく摂取するための食糧が貴様というわけだ。これから貴様には、この人間共を抹殺するための糧となってもらう」


 次々と明かされる真実に、セピアは完全に気が動転していた。彼女は怒りと疑念のこもった叫び声を上げる。


「嘘にゃッ! 嘘だ嘘だ嘘だにゃああッ! 魔王様はあたいらの力を認めて庇護してくださって……」


「食糧としての力、をな。軟体族は魔族の中でも劣等種。何せその昔、たった1人の勇者によって壊滅まで追い込まれた程度だからな。だが、食糧とした際のエネルギー吸収効率の高さは魔王様も認めていらっしゃる。そのための庇護だったのだよ。貴様らは家畜も同然の存在だったわけだ。どうだ、分かったか?」


 ベルムは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、セピアに哀れみ、いや嘲笑の混じった視線を注ぐ。セピアの表情には、以前のような余裕や傲慢さなどは見る影もなくなっていた。全てを失った幼い少女のように、絶望に顔を歪め、全身を震わせ、不規則な呼吸音を上げている。


「にゃ……はッ……にゃあ…………ああああああああッ!!!!」


 そして遂にセピアは取り乱してしまう。ベルムの周りに所構わず波紋を生み出し、次々と触手の槍を突き出していく。だがベルムは余裕の表情のまま避けようともしない。セピアはそんな様子など気にも留めず、狂ったような叫び声を上げながら攻撃を開始する!


「ああああああああああああッ!!!! 死ねッ!! 死ねッ!! 死ねにゃああああああああッ!!!!」


 ベルムの腕に、脚に、頭に、背中に、次々と触手が突き刺さり、赤黒い血が噴出する。セピアの目からは涙が止めどなく溢れ、口からは涎が垂れ、呪詛の言葉を吐きながら我を忘れて攻撃を続ける。イグニスたちはその凄まじい光景を呆然と見つめることしかできない。マッキナや何人かの鉄牙団員は耐えきれずに思わず目を逸らしていた。


 ――どれくらいの時間が経っただろうか。セピアの攻撃が止まった。彼女は息を切らし、放心状態となりながら、全身串刺しとなった目の前の竜人を見つめていた。屈んだ姿勢のまま、もはや身体の表面が見えないほどに槍だらけとなったベルムは、すでに動かなくなっていた。


 ……かのように思えた。


「終わりか?」


 セピアはもちろん、イグニスたちですら息を呑み、耳を疑った。だがそれは確かにベルムの声だった。


「終わりかと聞いている」


「あ……あ……」


 捕食者を前にして怯える小動物のように、セピアは全身を震わせ、言葉を発することすらままならない。ベルムは嘲笑うように言い放つ


「そうか。ならば……暗黒魔法発動。『竜化』」


 その時、信じがたいことが起こった。ベルムの全身に刺さった槍が少しずつ、押し戻されるかのように抜け落ちていくのだ。セピアは本能的な恐怖に駆られ後ずさる。そうしているうちに一本、また一本と槍が地面に転がっていく。


 そして全ての槍が抜け落ちたとき、そこに立っていたのは元のベルムよりも一回り大きな背丈、体型をした二足歩行の竜だった。深紅の鱗に覆われた体表には、槍の突き刺さった跡は影も形もない。


「貴様のような劣等種の攻撃など効かんな。しかし、この姿はまだ完全なものではない。そのための貴様なのだからな」


 ベルムは、人間とは比べものにならない大きな腕で、逃げようとするセピアの頭を鷲掴みにする。


「嫌だッ!! 嫌にゃああああああああッ!!!!」


 藻掻き、泣き叫ぶセピアをものともせず、ベルムは裂けた巨大な口を開く。


 だがその時!


「『灼熱火球』!」


 イグニスの放った火球が、今まさにセピアを食らおうとするベルムに迫る。ベルムはすかさず腕で顔を覆い、火球を受け止めた。直撃したはずだが、その鱗には僅かな焼け跡もつかない


「この期に及んで妨害か。この軟体族を庇おうというのか?」


「貴様はセピアを食らい自らを強化した後、俺たちを皆殺しにするつもりなのだろう? ならば断じてそうさせるわけにはいかない!」


 イグニスが果敢に言い放ったのを合図に、ネージュやアヴォリオたちも次々に攻撃を繰り出す。


「『灼熱火球』!」


「『虚空旋風刃』!」


「『鉄牙弾』!」


 だが、それらを全身で受けるベルムには傷が付くどころか、態勢を僅かに崩す気配すら見られない。


「クハハハ! その程度でこの我を止められると思うな! さあ劣等種よ、我が血肉となるがよい!」


「ああああ……にゃああああああああッ!!!!」


 ベルムは攻撃を受けつつも、泣き叫ぶセピアを口の中に放り込み、呆気なく丸呑みしてしまった。


「フフフフフ……クハハハハハハ!! 流石は軟体族。みるみるうちに力が湧いてくるな! さあ愚劣な人間共よ、これから貴様らを地獄の淵へと叩き落としてやろう!」


 途端に、ベルムの全身がとてつもない勢いで膨張していく。まるで骨や筋繊維の一本一本が肥大化し、暴発するかのようだ。


「く、手遅れか……」


 ベルムを止めることができず、イグニスは歯がみする。彼は異常な速度で変貌していくベルムの様子にこれまでにない危機感を覚え、すぐさま振り返って仲間に後退を促す。


「皆、下がれ! 奴から離れろ!」


 ネージュやマッキナ、鉄牙団員たちはベルムの様子に呆気にとられていたものの、イグニスの声で我に返る。彼らは負傷したリヴィエルを支えつつ、ベルムから離れる。そんな彼らの影を、巨大化するベルムの影が覆い隠していく。


「な、何よ、あれ……」


 ネージュが震える声で溢す。膨張が止まった時そこにいたのは、建物の背丈ほどもある、翼を生やした巨大な竜だった。

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