第50話 防戦、そして脱出
「大気魔法発動、『虚空旋風刃』!」
ネージュが抜き放った刀から生成された空気の刃が、走り来る竜人を次々に襲う!
「ハッ! ハッ! ハァッ!」
だが竜人は掛け声を発しながら、洗練された最小限の動きで刃を躱していく。そして一歩一歩着実にネージュへと迫る!
「こ、こいつ!」
「得物の長さなど我の前では無用。覚悟するがよい!」
竜人はネージュの前まで迫り、戦いは近接戦にもつれこむ。長い刀を持つネージュの方が圧倒的に間合いが広く有利なはずだが、竜人は彼の言葉通りその不利をものともしない。次々に放たれる斬撃を身軽な動きで回避し、時に短刀で受けつつ、ネージュの懐に迫っていく。
ネージュの背後にはプリュイとベルタンがいる。二人は竜人と戦うネージュとイグニスに挟まれ、逃げることができないのだ。とにかく、ネージュは竜人を二人に近づけさせるわけにはいかなかった。
「貴様、さしずめ野良ガーディアンといったところか」
「ええ、そうよ。私はそうして今まで生きてきたんだもの。あんたなんかに負けるわけにはいかないわ」
「それはどうだろうな。貧弱な人間共がどれだけ鍛錬したところで、我ら竜人族には敵うまい」
「ちょ、馬鹿にしないでよ!」
「ほれ、そこだ!」
「なッ……!」
竜人の素早い斬撃がネージュの一閃を掻い潜り、彼女の腕を切り裂く!
「お姉ちゃん!」
「ネージュ様!」
後方で見守っていたプリュイとベルタンが叫ぶ。ネージュはすかさずもう片方の手に握った刀で竜人を払い、間合いをとる。短刀の一撃はネージュのサイボーグ化された腕の表面のみを裂き、幸い致命傷には至っていなかった。
「ほう……血が出ていないな」
「ええ。私、サイボーグだもの。この程度、痛くも何ともないわ」
「ならばこちらとて容赦はしない。ハァッ!」
一方、イグニスともう一人の竜人も激しい接近戦を繰り広げていた。イグニスの燃え上がる手刀と竜人の短刀が何度もかち合い、火花と火炎を散らす。イグニスの手は耐熱グローブ越しに何度も切り裂かれていたが、機械であるため切断は免れていた。
「イグニスと宣う貴様の正体が、まさか機械であったとはな」
「ああ、そうだ。今の俺はサイボーグともオートマタとも言える。だがイグニスであることに変わりはない」
「フン。正真正銘のイグニスというのなら、易々とこの我を倒してみるがいい」
「望むところだ。『灼熱無双連撃』!」
イグニスは地に着けた足を強く踏み込み、竜人の懐へと飛び込む。そして爆風と共に目にも止まらぬ早業で連続パンチを繰り出す!
だが深く腰を入れ受身の態勢に入った竜人はびくともしない。何という体幹力と耐久力だろうか。そして次の瞬間、凄まじい気合いの雄叫びを上げる!
「セイヤァァァァァァッ!!!!」
「何ッ!」
竜人は交差した腕を一挙に解放し、イグニスの軽い身体をいとも簡単に跳ね返してしまった。吹き飛ばされたイグニスは、丁度後方にいたプリュイに抱き留められる。
「イグニスさん、しっかり!」
「ぐッ……、すまない」
その時、短刀を構えた竜人が、イグニスとプリュイの真っ正面へと迫る!
「そこだ! 二人まとめて死んでもらう!」
「なッ……!」
「きゃああああああッ!」
不意の接近に、イグニスは態勢を立て直す余裕すらない。プリュイは反射的に身を強ばらせ悲鳴を上げる。
竜人の一突きが二人を襲おうとしたその瞬間!
「させるものですか!」
ベルタンが二人の前に立ちはだかる。そして、竜人の短刀がベルタンの腹を貫く!
「「ベルタン!」」
「し、心配は無用です。私は頑丈にできてますから」
唖然とするイグニスと、今にも泣き出しそうなプリュイを前に、ベルタンは苦しげにそう声を掛ける。いくら痛みがないとはいえ、腹部の重要な部分を貫かれては全く無事というわけにもいかない。
「くッ、まさかこいつも機械なのか!」
竜人は慌ててベルタンから短刀を引き抜こうとする。だが、ベルタンはすかさず竜人の身体を抱え込み逃がさない。
「イグニス様、今です!」
その声にイグニスは奮起する。プリュイに背中を押されて立ち上がると、火炎を纏う手刀を振り絞り、ベルタンから離れようと藻掻く竜人へと迫る。
「『灼熱手刀斬撃』!」
「グワァァァァッ!!!!」
燃え盛る手刀が竜人の首に振り下ろされた。ベルタンは素早く手を離し、次の瞬間、竜人の身体は衝撃で横へと吹っ飛ばされる! 鱗と筋肉に阻まれ思ったほどのダメージはないが、致命傷となったのは間違いない。
「ありがとうベルタン。私、守ってもらってばかりで……」
「お気になさらないでください。私の身体はいくらでも替えが利きますが、プリュイ様はそうではないのです」
「何、兄者が……」
ネージュと交戦中の竜人が、もう一人の倒される姿を見て呆気にとられる。そこにネージュの斬撃が迫る!
「そこッ! 『飛翔突風斬』!」
「グワァァッ!!」
回避が間に合わず袈裟斬りにされる竜人。これまた致命傷には至らないが、優勢に持ち込むには十分だった。ネージュはすかさず畳みかける。
「『虚空旋風刃』!」
「グワァァァァッ!!!!」
全身に刃を受けながら吹っ飛ばされる竜人。その姿を見てネージュはすかさずプリュイとベルタンに向かって叫ぶ。
「今よ! 二人とも逃げて!」
「分かりました。行きますよ、プリュイ様!」
「お姉ちゃん、イグニスさん、ありがとう!」
ベルタンはプリュイの車椅子を押し、倒れ込んだ竜人を尻目に街路を抜けていく。手負いではあるものの、幸い逃げられるだけの力は残っているようだ。
「ぐッ、逃がさん!」
「そうはさせないわよ! 『虚空旋風刃』!」
「グワァァァァッ!!!!」
二人を追おうとする竜人をすかさずネージュは追撃。
一方、イグニスも立ち上がった竜人を必死に抑え込んでいた。
「あの二人を取り逃がすとは不覚。だがこの際、貴様の首さえ取れればよい!」
「そうはいかない! 『灼熱無双連撃』!」
二人を守りながら戦う必要がなくなったことで、イグニスの動きにも余裕が生まれていた。先ほどよりも重い拳が、竜人の身体を絶え間なく襲う。竜人は先ほどと同じように腰を入れて受身をとるが、手負いだからか徐々に押され始める。そして遂にその腹部に、イグニスの拳が叩き込まれた。
「グワァァァァッ!!!!」
そしてネージュも、空気の刃を受け続け弱った竜人に連撃を仕掛ける。
「『虚空旋風刃』!」
「グワァァァァッ!!!!」
それぞれ攻撃を受けた二人の竜人は吹っ飛ばされ、背中合わせにぶつかり合い倒れ込む。
「ネージュ、とどめを刺すぞ! 『熱殺恒星』!」
「ええ! プリュイとベルタンを危険な目に遭わせたあんたたち、容赦しないわよ! 『虚空螺旋刃』!」
無数の空気の刃と、巨大な灼熱の火の玉が二人の竜人を襲い、包み込む!
「「グワァァァァァァァァッ!!!!」」
二人の断末魔が木霊する。街路の路面を吹き飛ばす大爆発を背に、イグニスとネージュは残心をとった。
煙が晴れた後、そこにはボロボロになった竜人たちの姿があった。
「馬鹿な……本物の……イグニスだというのか……」
「ベルム様に……合わせる顔がな……い……」
そう言い残したきり、二人は動かなくなった。
二本の刀を鞘に収めたネージュは、イグニスの元へと歩み寄る。彼の両手は切り傷と焼き切れた跡でボロボロになっていた。ネージュが腕に受けた傷よりもはるかに痛々しく、ネージュは胸が痛むような感覚を覚える。久々にイグニスと向かい合ったネージュは、おずおずと口を開く。
「あの……ありがとね、フラム。助けに来てくれて。私とっても嬉しかった」
「何、仲間の危機に駆けつけるのは当然のことだ」
「あの、フラム……」
ネージュはイグニスに語りかけようとしたが、イグニスは首を振ってそれを遮る。
「ネージュ、今はいい。リヴィエルとマッキナが戦っている。先を急ぐぞ」
「う、うん……」
ネージュが頷くと、イグニスは元来た道へと走り始めた。心にかかった靄が晴れないような気持ちのまま、ネージュはその背中を追った。




