第48話 闘志、そして奮起
「グハハハハ! 所詮は人間風情、実力はその程度ということか!」
「ぐッ……。畜生、まだまだ……!」
魔族からの猛攻を受け、アヴォリオは膝をつき呻く。彼が今交戦しているのは、他の竜人族の中でも一際大柄で、口元にはひげを蓄えたいかにも武闘家といった風貌の男だった。この竜人の手に武器は握られていない。だが、拳の一撃の一つ一つは重く、確実にこちらの体力と戦闘力を削ぎに来る。素手での格闘のみにもかかわらず、アヴォリオをここまで圧倒しているのだ。
アヴォリオは立ち上がりつつ、横目で周囲の鉄牙団員たちの状況を確認する。皆善戦はしているものの、やはり一様に押され気味だ。だがそれでも、以前に比べれば格段に実力は上がっているはずである。つまり、敵の戦闘力が圧倒的なのだ。イグニスたちと特訓する以前の彼らであれば、瞬く間に蹴散らされていたに違いない。
「おい、余所見をするでない! 戦えるというならかかってくるがよい!」
「ああ、もちろん!」
呼び声に応え、アヴォリオは再び敵の姿を見据える。そして、ツメ付きグローブを構え叫ぶ。
「行くぞ! 『鉄牙裂殺』!!」
ツメ付きグローブを振り上げ、アヴォリオは敵に向かい猪突猛進。敵の防具に守られていない首元を狙いツメを振り下ろす。だが、竜人は避けるそぶりさえ見せない。
「フンハァッ!!」
特徴的な掛け声と共に拳を構え、振り下ろされたアヴォリオの腕をたたき落とす!
「何ッ!」
「セイヤァッ!!」
続けざまに竜人の拳がアヴォリオの腹部に叩き込まれる。分厚いチョッキを貫通し、鈍い衝撃がアヴォリオの腹部に響く。
「ぐッ……!!」
人間とは桁違いの凄まじいパワーだ。しかも驚くべきことに、竜人は魔法の類いを一切使用していない。それは他の竜人族も同様である。大気魔法を放つガーディアンを相手に生身で立ち向かい、近接武装と己の身体のみで戦っているのだ。彼らの武器はその段違いの身体能力であり、魔法に頼る必要さえないのだ。
だがアヴォリオは怯むわけにはいかなかった。この魔族たちの前では、普通の人間は赤子も同然だ。何とか自分たちが彼らを抑え込まなければ、市民の命はないだろう。
「うおおッ! 食らえ、『鉄牙弾』!!」
「何ィ!」
アヴォリオは至近距離から竜人へとグローブのツメを発射する。これには竜人も意表を突かれ、回避が間に合わない。飛び出したツメが、咄嗟にかざされた竜人の腕に食い込む。
だが、何ということだろうか。鋭いツメは硬い鱗と筋肉に阻まれ、致命傷を与えるには至らなかった。アヴォリオは素早く間合いをとり、態勢を立て直す。竜人は腕に浅く刺さったツメを引き抜くと、高笑いを上げた。
「グハハハハ! 奇襲戦法とは面白い。だがその程度でこのワシを出し抜けると思ったら大間違いよ!」
アヴォリオは歯がみする。相手の実力は想像以上だ。どうすればこの状況を打開できる……?
その時だった。
「グワァァァァッ! アニキィィィィッ!」
不意に彼の後方から叫び声が聞こえた。アヴォリオが振り返ると、団員の一人が竜人に馬乗りにされ、一方的な攻撃を受けているではないか。彼は必死に抵抗するが、その顔や腕は敵の鉤爪の斬撃により見る間に傷だらけになっていく。
「お前ッ……!」
アヴォリオは咄嗟に団員を助けに向かおうとした。だがその時、彼の首は凄まじい力に引っ張られ、彼は宙に持ち上げられてしまった。アヴォリオの敵の竜人が不意を突いて迫り、彼の首を鷲掴みにしたのだ。アヴォリオ自身大柄であるはずだが、竜人の腕力はそれさえものともしない。
「貴様、余所見をするなと言ったろう? 戦いの最中に相手から注意を逸らすとは、これ最大の不覚よ」
「んぐぐぐぐ……」
アヴォリオは両手で竜人の腕を掴み、必死に抵抗する。だが、竜人の腕はびくともしない。瞬く間に呼吸が困難になり、アヴォリオはもがき苦しむ。
「いくら仲間がいようが、いざ戦の土俵に立てば皆独り。向かい合う敵に挑む以外になすべきことなどない。それが分からぬ貴様の命、ここでもらっていくとしよう」
竜人は勝ち誇った笑みを浮かべ、アヴォリオを高々と持ち上げる。アヴォリオは徐々に意識を持っていかれそうになりつつも抵抗を弱めず、必死に声を絞り上げる。
「違……う……」
「何……?」
アヴォリオの発した声に、竜人は驚きの表情を浮かべる。アヴォリオは続ける。
「俺が……戦う時……常に仲間が側にいる……だから……俺は戦える……俺は決して独りではない……」
「貴様、何を!」
「俺は決めた……誰一人仲間を死なせないと……だからここで……貴様に負けるわけにはいかないッ……
!」
瞬間、アヴォリオの腕力が急激に強くなる。
「なッ!」
その唐突の変化に目を見開く竜人。アヴォリオはその隙を見逃さない。身体を大きく振り、竜人の顔面へと蹴りを叩き込む!
「グワァッ!!」
顔に真っ正面から直撃を受け、堪らず竜人の力が緩む。アヴォリオは残された腕力を使い、首を絞める手を引き剥がし着地。呼吸がままならず、まだ全身が痺れてはいるが、それでも己の身体に鞭を打つ。そしていまだ攻撃を受け続け、弱り切った団員の方へとグローブのツメを向ける。
「今助ける! 『鉄牙弾』!」
「グワァァァァッ!」
団員に馬乗りになっていた竜人は、不意に飛んできたツメの弾丸をもろに半身に受け吹っ飛ぶ。
「おい、しっかりしろ!」
「アニキ……すんません……」
アヴォリオが急いで駆け寄ると、満身創痍となった団員は何とか返事をした。アヴォリオはほっと息をつく。
「ぐぬぬぬ……。貴様、やりよる」
遠くでは、態勢を立て直した竜人が鼻血を拭いつつアヴォリオを睨みつけていた。アヴォリオは傷ついた団員を背に竜人へと向き直る。
「これで分かっただろう。仲間のためならば俺はどんな困難でも切り抜けられる。たとえ一人で戦っていようと、俺の心は常に仲間と共にある!」
「グハハハハ……! その心意気、敵ながら天晴れよ。ならばその意志をどこまで貫けるか、このワシに見せてもらおう」
拳を打ち鳴らし、再び身構える竜人を目の前に、アヴォリオも再びグローブを構え言い放つ。
「望むところだ。さあ、かかってこい!」
――一方、リヴィエルとマッキナは街路を全速力で走り、一刻でも早く戦場に向かおうとしていた。すでに大部分の市民はシェルターへと向かったようで、街路に二人以外の人影は残されていなかった。
「アヴォリオさんたち、きっともう戦ってますよね。急ぎましょう」
「ああ」
返事をしたはいいが、リヴィエルの息は上がり、額には汗が浮かび、表情には疲れの色が見え始めていた。成人男性とはいえ、これだけの長距離を全速力で駆けるのは容易なことではない。ふとリヴィエルを振り返ったマッキナが、はっとしたような表情を浮かべる。リヴィエルが自分と同じように疲れず走り続けられるわけではないことに気付いたのだ。彼女はまた一つ、人間とオートマタの違いを痛感したかのように顔を曇らせた。
やがて、二人の耳にも戦場の喧噪が届き始める。目的地が近いのだ。
「よし、もう少しだ」
二人は街の最外周へと続く広い街路に入った。正面に見える街路の出口には、交戦するガーディアンと魔族の姿が小さく見える。少しでも早くその軍勢に加わろうと、二人は足を速める。
……だがその時!
不意に上空から黒い影が現れ、二人の頭上へと急降下してきたのだ。
「な、何だ!?」
「リヴィエルさん、あれは……!?」
二人が驚いて足を止めると、その影は二人の前へと落下し、鈍い震動と共に地面に激突した。舗装された道路の表面がひび割れ、土煙が上がる。二人は咄嗟に腕で顔を覆う。
土煙が晴れたとき、そこにいた者の正体に、リヴィエルは自らの目を疑った。
「き、貴様は……!」
触手が複雑に絡み合った球体の表面が徐々にほどけていき、頭から触手を生やした腕のない魔族の少女が姿を現す。呆然とする二人に、彼女は邪悪な笑顔を振りまいた。
「にゃはは! お久しぶりだにゃ。魔王軍軟体族で最強と呼ばれた、セピアちゃんだにゃ!」




