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第46話 悩み、そして気づき

「なるほど。イグニス、それは嫉妬心ってやつじゃないのかい?」


「しっとしん……? リヴィエルさん、しっとしんって何ですか?」


「誰かを妬ましく思う心のことさ。つまり、君はプリュイにネージュを取られて悔しいんじゃないのか?」


 快い風が吹く昼下がりのことだった。イグニスはリヴィエルとマッキナと共に、アエルシティの中央にある自然公園の一角でベンチに腰掛けていた。天気は晴天、柔らかい陽光が木々の葉を通して彼らに降り注いでいる。だがやはり、そこにネージュの姿はなかった。彼女はベルタンと共にプリュイの車椅子を押し、自然公園の別の一角を回っているのだ。


 何も、彼女が自ら進んでそうしたわけではない。最初は全員で行動していたのだ。だが次第に、どうしてもネージュとプリュイの間で会話が弾み、イグニスたちとの間に見えない壁があるように感じられたのだ。そこでイグニスはベルタンに言って、リヴィエルとマッキナと共にそっと二人から離れて別行動を始めたのだ。


 リヴィエルの言葉を聞いたイグニスは、力強く首を横に振った。


「いや、断じて嫉妬心などではない。プリュイはネージュがようやく出会うことのできた、唯一の家族なのだ。二人が共にいられること、それに勝るものなど何もないはずだ。俺はプリュイに対し、どのような悪意も抱いてはいない」


「そうか。イグニスが誰かに対して、そんな感情を抱くはずはないか」


「じゃあイグニスさんは、ネージュさんがプリュイさんにつきっきりになるんじゃなくて、自分に対しても同じように接してほしいって思ってるってことですか?」


「嫉妬心というより、やきもちって感じだね」


 マッキナとリヴィエルにそう言われ、イグニスは腕を組んで考え込む。


「そう……なのかもしれんな。恥ずかしいことだが」


「それにしても、四大勇者の男であったはずの俺が、このような感情に苦しむことになるとはな。俺の心は段々、この少女の身体に引っ張られているのかもしれん」


 太陽に雲がかかり、イグニスの姿が薄い影に包まれる。細くて小さな自らの手に目を落とし、物憂げな表情を浮かべる彼の顔を、リヴィエルとマッキナは不安そうに見つめていた。


 ーーその頃、ネージュはプリュイの車椅子を沿いながら、木々の間に敷かれた遊歩道を歩いていた。ベルタンはその後方を歩きながら、二人の様子を見守っている。


「ねえ、お姉ちゃんはイグニスさんのこと、どう思ってるの?」


 いきなりプリュイにそう尋ねられ、ネージュは虚を突かれながらも笑いを溢す。


「どしたのプリュイ。急にそんなこと聞いて」


「ううん、ちょっと気になっただけ」


 プリュイにそう言われたネージュは、遠くを見つめてイグニスとの過去を振り返りながら答えた。


「そうね。そりゃもちろん、フラム……イグニスは私のとっても大切な仲間よ。だって私とイグニスは、一番最初から一緒に戦ってるんだもの。イグニスにはもう何度も助けられたし、毎日一緒に過ごせて本当に楽しかったわ。それに、あなたと出会えたのもイグニスのおかげだものね」


「ふーん、そうなんだ」


 ネージュの言葉を聞いたプリュイは、まるでどこか納得しないような口調でそう言った。


「何よ、その反応。何か気になることでもあるの?」


 ネージュは笑いながら尋ね返す。すると、プリュイはネージュを見上げ、神妙な顔つきで問いかけた。


「お姉ちゃん、本当にそれだけ?」


「え……?」


 不意にプリュイの瞳に見つめられ、ネージュは言葉を失う。ネージュが戸惑っていると、プリュイは言葉を続けた。


「私ね、もう何度も見たんだ。私とお姉ちゃんが話しているとき、イグニスさんがどこか悲しそうな顔をしているのを」


「……」


 ネージュは何も言葉を発することができなかった。イグニスのことを大切な仲間だと言っておきながら、最近の彼の様子などさっぱり見ていなかったことに気付いたのだ。


 ネージュが返答しないでいると、プリュイはさらに続けた。


「ねえ、お姉ちゃん、イグニスさんのことフラムって女の子みたいな名前で呼んでるよね。もしかして、お姉ちゃんは私に出会うまでの間、イグニスさんを私の代りのように見ていなかった? 私、何だかそんな気がするの。イグニスさんが悲しそうなのは、お姉ちゃんが私につきっきりで、イグニスさんを相手にしなくなっちゃったから。違うかな」


 ネージュは思わず足を止め、立ちすくんでしまった。彼女のと同じ色をしたプリュイの瞳が、心の中の全てをお見通しにしている気がして、何も言い返せなかった。ネージュは俯き、やっと言葉を紡ぎ出した。


「……そうね。その通りだわ。私がイグニスに出会って一緒に行動し始めたとき、まるで本当の妹ができたみたいで嬉しかったの。それで、イグニスに女の子みたいな振る舞いをするように強いたこともあったわ。でも、あなたに出会ってからは、確かに私はイグニスに構わなくなってしまった……」


「私、イグニスさんからお姉ちゃんを奪ってしまったみたいで申し訳ないの。もしかしたらイグニスさん、私のことを恨んでるかもしれない……」


「プリュイ……」


 プリュイが自分とイグニスのことをそこまで考えてくれていたことに、ネージュは驚きと申し訳なさを感じた。自分自身の身勝手な行動がイグニスを傷つけ、プリュイまでも苦しめていたのだ。イグニスはプリュイだけではなく、自分のことも恨んでいるのかもしれない。ネージュは途端に胸が苦しくなり、いてもたってもいられなくなった。


 ネージュは再び足を踏み出し、プリュイの乗る車椅子を方向転換させて、来た道を引き返そうとした。もちろん、イグニスの元へ向かうためだ。


 だがその時、無情にもけたたましいサイレンが、自然公園の静寂をかき乱した。


『警報! 警報! 魔王軍の飛行艇が接近中。市民は直ちに第一区画シェルターへ避難せよ!』


「ま、魔王軍……!?」


「お姉ちゃん……」


突然の警報にネージュとプリュイが驚いていると、そこにベルタンが駆け寄ってきた。


「ネージュ様、プリュイ様のことは私にお任せください。イグニス様たちはきっと、警報を聞いて魔王軍の元へ向かうことでしょう。ネージュ様は急いでイグニス様たちと合流なさってください」


 しかし、今ネージュたちがいる場所は、シェルターからは遠く離れている。車椅子に乗ったプリュイを押していくのは時間がかかりすぎるだろう。それに、プリュイはもちろん、ベルタンも魔王軍と戦うことなどできないのだ。襲われたらひとたまりもない。二人を置いていくのはあまりにも不安だった。


「いいえ、この状況で二人を置いてはいけないわ。私が護衛するから、早くシェルターへ向かうわよ」

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