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第40話 遭遇、アエルシティ

 イグニスは真っ白い世界に立ち尽くしていた。彼はすぐに気付く。目覚めている間はずっと忘れていたが、自分は過去に何度か同じ夢を見たことがある。しかし、今回は以前までとは違って視界が幾分鮮明だ。彼は辺りを見回す。いつもなら、決まって何者かの影が見えるはずだ。


 後方を振り返ったとき、イグニスは驚きに目を見開いた。自分から少し離れたところに、白いワンピースを着た銀髪の少女が背中を向けて立っている。あれが、ずっと見続けてきた人影の正体なのだろうか。


 自分の分身……?そう思いかけ、イグニスは苦笑する。あの少女の姿が自分の本来の姿ではないということを思い出したのだ。鏡を覗いたときに映る自分がずっとあの姿だったせいで、自分が少女型オートマタに憑依しているだけであることを忘れかけている。


 ではあれは誰なのだろう?まさか……


「おい、貴方は誰だ?もしや、貴方がエストレヤなのか?」


 イグニスは少女に向かって言葉を投げかける。すると、少女はゆっくりと彼の方を振り返った。彼女は彼を見やると、驚きの表情を見せつつも答えた。


「そうよ。私はエストレヤ。あなたの方こそ、一体誰なの?」


 そう問われ、イグニスはふと自分の体を見下ろした。彼ははっと気付く。煤けた上着を羽織った屈強な男の身体は、まさに少女の姿になる前の自分自身そのものだ。夢の中で、彼は元の姿に戻っていたのだ。

 イグニスはエストレヤに視線を戻し、口を開いた。


「俺は……」


「……ラム!フラム!」


 突如としてネージュの声が響き渡り、イグニスの言葉は最後まで発されることはなかった。急速に身体が浮き上がるような感覚に襲われ、気付くとイグニスはベッドの上で仰向けに寝ていた。目を開けると、ネージュが怒り顔で彼の顔をのぞき込んでいた。


「フラム、一体いつまで寝てるの!今日はアエルシティに出発する日でしょ!」


「イグニスさんが起きないから、私たちもう準備済ませちゃいましたよ」


 イグニスが寝ぼけ眼で半身を起こすと、リヴィエルとマッキナが荷物をまとめているところだった。三人はすでに着替えも済ませている。


「……すまない。なんだか奇妙な夢を見ていた」


「夢?そういえばフラム、前にも夢を見たとか言ってたわよね」


 ネージュが夢という言葉に興味を示す。彼は詳しく説明する。


「夢の中でエストレヤに会ったのだ。真っ白な空間でな。名前を聞かれ、答えようとしたところで起こされてしまった」


「エストレヤ?」


「エストレヤさんって、イグニスさんが憑依しているその身体の本当の持ち主さんですよね?」


 三人はたちまち怪訝な顔をする。イグニスの身体についての事情は、マッキナにもすでに話してあった。イグニスは頷きつつ続ける。


「ああ、そうだ。ずっと忘れていたが、俺は今までにも同じような夢を何度か見たことがある。最初のうちはエストレヤの姿も遠く、明瞭には見えなかったが、夢を見る度に近づいていった。そして今回初めて言葉を交わすことができたんだが……」


「じゃあ、まだ起こさない方が良かったのね。なんだかごめんね。……でも、これがただの夢とは思えないわね」


 ネージュがそう言うと、リヴィエルが考え込みながら口を開いた。


「うーん……。憶測の域を出ないけど、眠っているエストレヤの意識が少しずつ目覚めようとしているのかもしれないな。それが夢という形で現れているのかもしれない」


「それじゃあ、エストレヤさんが完全に目覚めたら、イグニスさんはどうなっちゃうんですか?」


 マッキナが不安げに尋ねると、リヴィエルは躊躇いがちに答えた。


「それはまだ分からないけど、もしかしたらその時が……」


「俺がこの体を離れる時というわけか」


 リヴィエルが切った言葉をイグニスが続ける。彼の言葉に、一同は思わず沈黙してしまった。少し間を置いて、ネージュが口を開く。


「そんな……フラムとお別れだなんて……。でも、エストレヤちゃんのことを考えると、それが良いのかも知れないし……。なんていうか、複雑だわ」


「ああ。だが、俺に残された時間があとどのくらいなのか分からないのだ。まごついている暇はない。一刻も早くアエルの子孫を見つけ出し、魔王に挑まねばならないな」


 イグニスがそう言うと、三人は真剣な面持ちで固く頷いた。この三人の仲間たちと共にいられるのもいつまでか分からない。昨晩布団の中で考えたことがなおさら大切だ。彼らの顔を見ながら、イグニスは強くそう思った。


 イグニスが支度を済ませ、朝食をとった後、彼らは真っ先に連絡飛行艇の発着場へと向かった。鉄牙団は人数が多いので後の便で向かうという。


 発着場の前に着くと、デレガートを始めとするマッキナ開発チームの一同がマッキナを見送りに来てくれていた。彼らにとっては我が娘を旅に送り出すようなものだろう。デレガートたちの応援の声を受けながら、イグニスたち一行は他の乗客の波に紛れていった。


「リヴィエルさん、見てください!私たち飛んでますよ!」


「そうか、マッキナは飛行艇に乗ったことがなかったんだね」


「はい。魔法技術研究機構の敷地内からほとんど出たことがなかったので」


 飛行艇内でマッキナとリヴィエルは隣同士の席に座り、楽しげに談笑している。通路を挟んで反対側の席からその様子を眺めていたイグニスは、ネージュと共に初めて飛行艇に乗ったときのことを思い出す。まだ2週間ほどしか経っていないが、遠い昔のことに感じられて感慨深い。


「ねえ、フラム」


「どうした?」


 不意に、隣に座ったネージュが声をかける。彼女はどこか不安げな目で窓の外を見つめており、いつもの元気が感じられない。


「次のアエルシティで、アエルの子孫を探すのよね?」


「ああ、そうだ」


「アエルといったら大気魔法使いでしょ?きっと子孫も大気魔法使いだわ。……私、要らなくならないよね?」


 なんだそのようなことか、と思いながら、イグニスはネージュを安心させるべくすぐに返答する。


「もちろんだ。四大勇者の子孫というのは、あくまで実力者を探す目安に過ぎない。それに、お前は今まで共に戦ってきた大切な仲間だ。不要になることなどありえない」


「……そっか、ありがと。そう言ってもらえて嬉しいわ」


 イグニスの言葉を聞いて、ネージュは安心したように微笑を浮かべた。


 やがて、窓の外に例のごとく巨大な浮遊都市が見えてきた。アエルシティはアエルの名を冠しているだけあって巨大な風車や鉄塔が数多くそびえ立っており、いかにも大気魔法の総本山という雰囲気を醸し出している。窓の外のアエルシティが徐々に大きく迫ってくると、飛行艇は街の外縁部にある発着場へと静かに着陸した。


 一行は、発着場を出てすぐのところにある広場へとやって来た。


「じゃあいつものように、聞き込みしながらアエルの子孫を探さないとね」


「私に初めて会ったときも、こうやって探してくれたんですね。楽しみです!」


 彼らは早速、いくつもの風車がそびえる市街地へと向かおうとした。その時である。


「あなたがたは、イグニス様のご一行でございますかな?」


 老人の声がイグニスたちを呼び止めた。彼らは驚いて振り返る。そこには、執事風の恰好をした白髪の老人がかしこまった様子で立っていた。


「ああ、そうだが……」


「そしてそちらは、リヴィエル様、マッキナ様、そしてネージュ様ですね」


「ちょっと待ってくれ。どうして僕たちの名前を知ってるんだ?」


 一同は驚愕する。もちろん、彼らは誰一人としてこの老人に会ったことがないはずだ。イグニスたちの警戒した態度を見て、老人は言う。


「ご安心ください、怪しい者ではございません。私はベルタンと申します。四大勇者アエルのご子孫であられるプリュイ様の使用人を務めるオートマタでございます」


「何……アエルの子孫?」


「はい。風の便りで耳にしたのです。四大勇者のイグニスを名乗る少女が現れたという噂が、イグニスシティのガーディアンたちの間で流れていると。そしてどうやらその少女は各地で四大勇者の子孫を集めているらしいということも。あなたがたがいずれアエルシティへお越しになることは、容易に想像できました。私はプリュイ様の命を受け、あなたがたをお迎えに参ったのです」


 イグニスたちは顔を見合わせる。自分たちの行動がこのベルタンというオートマタに筒抜けになっていたことはどうも気分が良くないが、彼の説明に嘘はなさそうだ。それに、アエルの子孫の側からこちらを探しに来てくれたならばイグニスたちにとっても都合が良い。


「分かった。それならば早速そのプリュイ殿の元へ案内していただきたい」


「もちろんでございます。プリュイ様も、あなたがたの到着を心待ちにしていらっしゃいます。……特に、ネージュ様のことを」


 突然ベルタンに名指しされ、ネージュは意外そうに言い返す。


「え、私?なんで?」


「詳しくはプリュイ様からお話があることでしょう。さあ、私に続いておいでください」


 ネージュは腑に落ちない様子だが、黙ってベルタンに従うことにしたようだ。イグニスたちはベルタンの後に続いて市街地へと入っていった。


 彼らが向かった先にあったのは、町の中央にある巨大な病院だった。イグニスはこのような巨大な病院を訪れたことがなかったが、すぐに個人の邸宅でないことに気付いた。


「おい、ここは一体何だ?」


「病院だよ。怪我や病気の人を治療する施設さ」


「話には聞いてましたけど、私も来るのは初めてです」


「そりゃあ、マッキナは病院に来る必要はないだろうからね」


 話をする三人を尻目に、ネージュがベルタンに尋ねる。


「ねえ、お屋敷に向かうんじゃないの?」


「はい。プリュイ様はこちらにいらっしゃいます。入院していらっしゃるのです」


 一行はベルタンに連れられて病院に足を踏み入れた。イグニスとマッキナが初めて訪れる施設内の光景をきょろきょろと見回し、ネージュとリヴィエルが説明しながら進んでいくと、ベルタンは最奥の個室の前で足を止めた。どうやらここにプリュイがいるらしい。ベルタンは扉を開けると、部屋の中に向かって静かに言った。


「プリュイ様、イグニス様ご一行をお連れいたしました」


「どうぞ、入って」


 少女の声が答えた。ベルタンに続いてイグニスたちも入室する。部屋に置かれたベッドの上で、長い黒髪の少女が半身を起こし、翡翠色の目をイグニスたちに向けていた。


「貴方が……?」


 イグニスが口を開く。この少女が、イグニスの親友であったアエルの子孫なのだろうか。イグニスの問いに、彼女はゆっくりと頷く。


「はい。私が四大勇者アエルの子孫、大気魔法使いのプリュイです」


 彼女はそう言い終えると、今度はネージュに視線を移し、こう言った。


「待ってたよ、お姉ちゃん」


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