第5話 火炎、そして旋風
「君君!大丈夫?」
ネージュと名乗った女性は、イグニスに向かって大声で尋ねた。
「ああ、心配要らない」
答えながら、イグニスはゆっくりと立ち上がる。さっきまでカニバサミに抗っていた腕だが、機械だからか疲労はない。
この女性にイグニスは助けられた恰好となった。野良ガーディアンというのが何なのかはよく分からないが、とにかく彼女はイグニスの味方であるようだ。今、イグニスとネージュはホマルスを挟んで向かい合う立ち位置となっている。彼女と共闘し、目の前のホマルスを倒すしかないだろう。
「野良ガーディアンですか……。ワタクシに傷一つ負わせられなかったガーディアン様たちとは違って、アナタは優秀なようですね」
「ええ、こう見えてもね。私は女の子を虐める奴やサイボーグを侮辱する奴には容赦ないの。覚悟しなさい!」
ネージュは刀を振り、威勢良く答える。
「アッハハハハ!随分と自信がおありのようですね。その自信、一体どこまで持つのでしょうか。さあお二人、かかってきなさい!」
ホマルスが両腕を広げ、左右に立つ二人に向かって掌を向ける。二人の攻撃を同時に受けようとでもいうのだろうか。イグニスはネージュと目を合わせると、頷いて合図を出す。ネージュも頷き返し、二人は飛び上がる。
「『虚空旋風刃』!」
ネージュはまるで舞を踊るように空中で回転しながら、二本の刀を振り回す。その刀身から空気の刃が形成され、ホマルスを襲う。
「『灼熱無双打撃』!」
イグニスも残像が見えるほどの動きで、燃え盛る機械の拳を振り下ろしながらホマルスに迫る。
「『亀甲障壁』、『装甲突破』!」
ホマルスもまた体の両側に障壁を生み出し、攻撃を防御する。イグニスの拳は障壁に激突し、ネージュの放った空気の刃も障壁に当たって相殺される。またしてもホマルスに攻撃を防がれてしまったが、彼は前後ががら空きだ。
するとそこへ、周囲のガーディアンの声が響き渡る。
「今だ!『殲滅火砲』、撃てェーーーーッ!」
起き上がったガーディアンたちが、筒状武器で火球を放ったのだ。ホマルスの前後から、高速で火球が迫る!
「無駄ですよ!『亀甲障壁』!」
だがホマルスは前後に新たな障壁を生み出し、火球すらも受け止める。彼は今や、四方に障壁を展開させている。これでは一切のダメージを与えられない!
どうすればいい。イグニスは高速で連続パンチを放ち障壁を押さえつけながら、思考を巡らせる。同時に複数の障壁を展開すれば、流石に一つ一つの防御力は落ちるだろうと考えたが、そのような兆候は一切見られない。彼はまたもや押され始める。為す術なしか……?
その時、彼はホマルスを挟んで反対側の光景を目にした。空気の刃を飛ばし終わった後のネージュが、障壁に斬りかかったのだ。彼女の体は障壁に激突する。しかしどうだろうか。彼女の刀だけは、透き通る亀の甲羅を貫通しているのである!
そうか……!イグニスは気付いた。この障壁は大気を一時的に圧縮して生み出された物だ。人間の体のように表面積の大きいものはその圧力に弾かれてしまうが、刀のように鋭く表面積の極めて小さい物体ならば貫通できるに違いない!
イグニスは飛び上がって障壁を回避すると、ホマルスを飛び越えネージュの横に降り立った。ネージュもまた、障壁に押されてやむなくこれを回避した直後であった。イグニスはホマルスに聞かれないよう、小さな声でネージュに問う。
「その刀、鍔を外して投げることはできるか?」
「できることにはできるけど……一体どういうこと?」
不意の質問に、ネージュが戸惑いの表情で聞き返す。
「あの障壁、刀のような鋭いものであれば恐らく貫通できる。鍔を外せば、弾かれることはないだろう。貴方が刀を投げつけて奴の態勢を崩し、俺がとどめを刺す。これでどうだ?」
「……分かったわ。大丈夫よ。この刀、安物だし」
そう言うと、ネージュは片方の刀を鞘に収め、もう片方の刀の鍔を腕力でへし折って外した。その様子を見届けると、イグニスは再びホマルスに視線を向けて身構える。
「アッハハハハ!!!!それだけ大勢でかかって来ても、ワタクシには及びませんか!ほらほら、どうしました?そろそろワタクシも飽きが来てしまいますよ?」
ホマルスは高らかに笑い、余裕の態度を示している。今が絶好の機会だ!
「行くぞ!」
イグニスの声を合図に、まずはネージュが飛び上がる。右腕に握りしめられているのは、鍔を外された一本の刀。
「『閃雷刃・飛翔』!!」
ネージュの進行方向に爆風が吹き荒れる。そしてそのまま、彼女は振り絞った刀をブーメランのように投擲!
「何ッ!!」
ホマルスは反射的に手をかざして障壁を生み出す。しかし無意味であった。刀は障壁に先端から突き刺さって貫通し、勢いのついたままホマルスに迫る!彼は避けようとしたが、すでに遅かった。
「グワァァァァッ!!!!」
刀はホマルスの左大腿に高速で飛来し切断!青い血飛沫が飛散する。左脚を失って体のバランスを崩し、倒れかかるホマルス。その上方から、さらに何者かの気配が接近する!
ホマルスは驚きと焦燥に駆られ顔を上げた。そこには、燃え盛る機械の手刀を振り絞り、ホマルスを殺気に満ちた目で睨む少女が迫っていた。
「『灼熱手刀斬撃』……!!」
回避する間もなく、ホマルスの首に炎の一閃が振り下ろされた。エビ頭が焼き切れ、吹っ飛ぶ。残された首から下が青い血液を噴出し、地面へ前のめりに崩れ落ちた。
「馬鹿な……このワタクシが……負ける……なん……て……」
地面に転がったエビ頭の目から急速に光が失われ、それきり一言も発さなくなった。障壁の弱点を考慮せずその性能を過信し、自分自身の回避行動を怠ったことが招いた死であった。
着地し残心をとったイグニスはゆっくりと周囲を見渡した。
「ホマルス様がやられた……!」
「畜生、とにかく撤退だ!」
遠くで未だに戦いを続けていた魔族たちが次々と絶望の声を上げる。彼らは戦意を喪失し、再び小型飛行艇に乗り込むとそそくさと逃げていった。遠方に浮かぶ巨大飛行艇はそれ以上戦う意志を見せず、往路よりも少なくなった小型飛行艇を飲み込むと徐々に遠ざかっていった。
「なんとか勝ったわね。君、体は大丈夫?」
ネージュがイグニスに歩み寄り、声をかける。
「ああ、大丈夫だ。それより、助けてもらい心から感謝する。ありがとう」
イグニスは本心からの感謝を伝え、微笑んだ。すると、
「きゃーーーーっ!!かわいいーーーーっ!!助けて良かったあ!!」
いきなりネージュが抱きついてきた。イグニスは突然のことに困惑し、恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうになる。彼は今まで勇者の稼業に専念してきたため、女性に抱きつかれた経験などないのだ。
「お、おい!やめてくれ恥ずかしい!周囲の者たちが見ているだろう!」
「あらら、せっかく綺麗な髪がチリチリになってるじゃない。顔も煤だらけでもったいないわ」
ネージュはまるで聞く耳を持たず、イグニスの髪や顔に触ろうとする。
「待て!待て!聞いてくれ!」
イグニスは無理矢理ネージュを体から離すと、極めて深刻な表情で言った。
「教えて欲しい。ここはどこなのか、ガーディアンとは何なのか、俺がサイボーグなのかオートマタなのか。あの魔族は500年前に四大勇者が滅んだなどと言っていたが、一体どういうことなんだ?他にも尋ねたいことが山ほどある……」
イグニスのただならぬ様子にネージュも真剣な顔つきに戻り、少し考えた後、答えた。
「分かったわ。でもとりあえず、場所を移す必要があるわね」