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第39話 特訓、そして親睦

 鉄牙団の拠点は魔法技術研究機構と同じ区画にある街路の一角にあった。広い敷地に簡素な作りの小屋がいくつか並んでいる。彼らはここで寝泊まりし、広場や近くの公共闘技場で日夜訓練に勤しんでいるという。


 その中でも最も大きな小屋に招かれたイグニスたちは、鉄牙団の面々に囲まれて椅子に座り、イグニスの正体とこれまでの経緯、魔王討伐について話した。


「「「「ええええーーーーッ!!フラムさんて、四大勇者のイグニスだったんですかあーーーーッ!!??」」」」


「おい、声が大きすぎるぞ。……まあその通りだ。そして今はこのオートマタの体に憑依している」


 イグニスの言葉に仰天した団員たちは、始めこそ半信半疑だったものの、徐々に興奮に満ちた表情に変わっていき、やがてすっかり信じてしまったようだ。イグニスが魔王討伐への協力を申し出ると、アヴォリオはすぐに首を縦に振って承諾した。


「もちろんいいだろう。俺らは所詮野良ガーディアンに過ぎねえが、できるだけのことはしよう。おいお前ら、まさか断るような腰抜けはいねえだろうな?」


「当然ッす!アニキと一緒ならどこまでも行きますよ!」


「俺も魔王と戦いてえ!」


「マッキナさんは俺が守る!」


 団員たちは口々に頼もしい返答をする。どうやら皆魔王討伐に協力してくれるようだ。イグニスたち四人だけで行くよりも何倍も大きい戦力が得られた。イグニスたちは顔を見合わせると、喜びに満ちた顔で頷いた。


「よおし!お前ら、そうこなくっちゃな!だが何せ魔王との戦いだ。今日からは皆で特訓だ!」


 アヴォリオの声に続いて、団員たちは威勢の良い返事をする。すると、ネージュが戸惑いの表情でアヴォリオに尋ねる。


「……え?特訓って、まさか私たちもやるの?」


「当然だ。皆でやった方が、結束力が生まれて良いに決まっているだろう?」


 アヴォリオに即答され、明らかに億劫そうな様子のネージュをリヴィエルとマッキナがなだめる。


「まあまあ、これだけ人数がいるんだからなんだかんだで楽しいに違いないよ」


「そうですよ!私も今からわくわくしてきました!」


「そ、そうね……」


 三人のやりとりを見て、イグニスは微笑みを溢す。次の目的地であるアエルシティが接近するまでにはまだ一週間以上ある。その間に親睦を深めることができれば、これからの戦いでも有益な結果となるに違いないだろう。


 こうして次の日から、彼らの特訓の日々が始まった。早朝からテラシティを周回する長距離のランニングを行い、筋力トレーニングも欠かさない。とはいえイグニスとマッキナはオートマタなので、これらに関しては一切の疲労を感じなかったし、実際は行う必要もなかった。


 だが、アヴォリオが二人にペースメーカーになってほしいとしきりに頼んだので、一緒に走り続けることとなったのだ。身体的疲労を感じないとはいえ、長時間走り続けるのは精神的に堪えるものがあったが、イグニスはマッキナが楽しそうに走る姿を見ると自然と疲れが和らいだ。飄々とした様子で楽しげに走る二人を、ネージュやリヴィエル、鉄牙団員たちは羨望の眼差しで見つめながら追いかけていたのだった。


 魔法の技術訓練に関しては、養成学校の教官であるリヴィエルが教えることとなった。鉄牙団員の中には、学校を中退したり失職したりしてやむなく野良ガーディアンになった者もおり、お世辞にも魔法の実力が高いとは言えなかった。しかし、根は真面目な者たちばかりであり、リヴィエルの指導を忠実に実践するのでみるみるうちに上達していった。これには、本人たちはもちろんアヴォリオもたいへん喜んだ。


 公共闘技場での演習も幾度となく行った。イグニスたちは鉄牙団員たちを相手にして何度も実戦練習を行い、魔法技術を互いに叩き込んだ。アヴォリオとマッキナも演習を行い、勝利数はマッキナの方が圧倒的だったもののアヴォリオも何度か勝利することができた。二人は戦いを重ねる度に打ち解けていった様子だった。


 リヴィエルがネージュに言ったとおり、特訓は厳しいながらも楽しいものであり、あっという間に毎日が過ぎ去っていった。そしてとうとう、明日がアエルシティへの出発の日になった。


 この日彼らは、なぜか市民プールへと赴いていた。確かにこの日は日差しの眩しい青天であり、水泳をするにはもってこいの気温だ。プールには多くの人が訪れ、賑わいを見せている。浮遊都市にはもちろん川や海岸などないため、水泳をする場所と言えばプールしかないのだ。


「アヴォリオさん、何で僕たちプールに来てるんだ?」


 プールサイドでリヴィエルが問うと、アヴォリオは得意げに答えた。


「そりゃあもちろん、魔族との戦いでは水中戦もあるかもしれないだろう?そのための貴重な特訓の機会だ」


 だが彼らの背後では、水着に着替えた鉄牙団員たちがまるで子どものようにはしゃぎ回っていた。


「ヒャッハー!プールとか久しぶりだぜえ!」


「おい、あっちの流れるプール行こうぜ!」


「ちょっとお!俺カナヅチなんすよ……」


 リヴィエルがアヴォリオを白い目で見つめると、アヴォリオは盛大に笑った。


「ハッハッハ!なんてな!そんなのはただの建前だ。今まで散々特訓してきたんだし、最終日ぐらい楽しい思いしないとな!」


 そんな話をしていると、イグニス、ネージュ、マッキナの三人が更衣室から出てきた。黒いビキニに着替えたネージュに引っ張られる二人は、胴体を覆う深い紺色の水着に着替えさせられていた。胸部にはそれぞれ「フラム」「マッキナ」という名前が大きく手書きされている。それを見たリヴィエルがたちまち目を丸くする。


「そ、それは養成学校の水泳授業で使う指定の水着じゃないか!」


 その言葉に、ネージュは得意げに胸を張る。


「そうよ!今日のために二人に用意してあげたのよ。似合ってると思わない?」


「似合ってるかは知らないけど、なんでわざわざその水着を?」


「フラムやマッキナくらいの年の子には、この水着って相場が決まってるのよ!」


「一体それはどこの相場なんだ……」


 二人の話を聞きながら、イグニスは羞恥心で一杯である。市民プールに行くと聞いて嫌な予感はしていたが、女子用の更衣室で着替えさせられた挙げ句にこのような水着を勝手に用意されているとは思ってもいなかった。彼は俯きながら本音を溢す。


「今すぐにでも帰りたい……」


「そんな!フラムさん、せっかく来たんだから楽しみましょうよ!」


 同じ恰好をさせられていてもマッキナはまんざらでもなさそうだ。もっとも、彼女はオートマタなので羞恥心などが薄いのかもしれない。それに、プールに来るのも当然ながら初めてなのだろう。


 ふと、ネージュが何かに気付いたように背後を振り返る。すると、物陰に隠れた団員たちが彼女を見つめていた。ネージュはたちまち怒声を浴びせる。


「そこ!気付いてるからね!何じろじろ見てんのよ!後でしばき倒すわよ!」


「「「ひええ!す、すいません!」」」


「全くもう……ッて、あっちにもいるじゃない!フラムとマッキナのことずっと見てるなんて、あなたたちそういう趣味なの?」


「「「違います!違います!すいませんでしたあッ!」」」


 ネージュに怒鳴りつけられ、一目散に退散する団員たち。イグニスは深いため息をつく。ネージュやマッキナならまだしも、自分がイグニスであり男であることは、彼らも知っているだろうに……と彼は思った。


「じゃあ早速二人とも行くわよ!」


「はい!行きましょう、フラムさん!」


「し、仕方ない……」


 ネージュとマッキナに引っ張られるようにして渋々プールに入るイグニス。彼らを見送りながら、アヴォリオがリヴィエルに問いかける。


「お前さんはプールに入らないのか?」


「うっかり水流魔法でプールの水を凍らせちゃったら大惨事だからね。僕は控えとくよ」


「そうか。お前さんもいろいろと大変なんだな」


 二人がプールに視線を戻すと、三人が大型の水鉄砲で水を掛け合っている最中であった。


「マッキナ、潜って隠れていても分かってるわよ!出てきなさい!」


「ふふふ、ネージュさん背後がお留守ですよ!」


「何!あなた結構やるわね!ほら、フラムも突っ立ってると恰好の的よ!」


「や、やめろ!やめろったら!」


「次は私もフラムさんを狙います!それッ!」


「やめろぉッ!お、俺は泳げないんだ!」


 プールサイドのアヴォリオとリヴィエルもその様子に笑いを溢す。


「なんだ、泳げないのか。流石は火炎魔法使いってとこだな」


「まあそれは関係ないと思うけどね……」


 一方、イグニスは二人からの集中砲火を受け、我慢の限界だった。だからといって泳いで逃げることもできない。そこで彼がとった方法とは……


「ええい!火炎魔法発動!『炸裂熱波』!」


 瞬間、彼の体から熱波が放たれ、吹き掛けられていた水が一気に蒸発!さらに彼が浸かっていたプールの水が熱湯へと変わる!ネージュとマッキナはもちろん、周りで遊んでいた人々もたちまち異変に気付く。


「あっつ!フラムそれは反則よ!てか本当にあっつ!一旦上がるわよ!」


「リヴィエルさん!水流魔法でプールを冷やしてください!」


「なんでこうなるんだよ!全く仕方ないなあ……」


 その後、リヴィエルが水流魔法を使ったことでプールの水温は元に戻り、事なきを得た。しかし、火炎魔法を使ったことでイグニスはネージュにこっぴどく叱られたのだった。


 その夜、イグニスは宿のベッドで力尽きたように寝そべっていた。プールでの一件が精神的に堪えたのだ。さらに、その後には鉄牙団の皆と一緒に決起集会と言う名の食事会に付き合わされ、彼らの盛り上がりように合わせるのにも多大な労力を費やした。この調子では、明日万全の状態で出発できるか不安である。


 イグニスが目を瞑り、眠りに落ちようとしていたその時であった。勢いよく部屋の入り口が開き、ネージュの声が響き渡って彼の眠りを妨げた。


「今日こそマッキナを連れてきたわ!フラム、一緒に寝るわよ!」


「フラムさーん!なんかよく分からないけど来ちゃいました!」


 イグニスが目をこすって渋々身を起こすと、ネージュがマッキナの腕を引っ張りながら入室したところだった。眠りを妨げられて不満なイグニスとは裏腹に、マッキナは随分と楽しげだ。ネージュはベッドに飛び込むと、イグニスとマッキナを両腕に抱えながら話し始める。


「マッキナったらすぐ寝ちゃうから、今まで連れてこられなかったのよね。でも良かったわ。最終日に妹二人と一緒に寝られるんだもの」


「ネージュさんにとって、やっぱり私たちは妹なんですね!」


「なんでもいいから早く寝させてくれ……」


 狭いベッドに三人で寝そべりながら、ネージュとマッキナは楽しげに会話し、イグニスはひたすら迷惑な思いをするばかりである。その時、部屋の入り口からまたしても声がした。リヴィエルである。


「おーい、三人ともこの部屋にいるのかい?僕だけ仲間外れにされてる気がするんだけど……」


 なんとも寂しげな口調である。ネージュが煩わしげに体を起こして応答する。


「リヴィエル、残念だけど殿方はお断りよ」


「そんな……イグニスだって男じゃないか……」


 リヴィエルがしょんぼりとした声を漏らすと、マッキナが不意に立ち上がって入り口の方へ向かう。ネージュが慌てて呼び止める。


「ちょ、マッキナ!」


「リヴィエルさんだけ仲間外れなんてかわいそうですよ。せっかくですから、四人で一緒に寝ましょうよ」


「ええええ!いいのかい?」


 マッキナがドアを開けてリヴィエルの手を取ると、彼の顔はたちまち真っ赤に染まった。そのまま強引に引っ張られ、ただでさえ狭いベッドの端に寝かされる。


「マッキナ、あなたねえ……」


「え?別にいいじゃないですか!」


 呆れるネージュをよそに、マッキナはまんざらでもなさそうだ。リヴィエルは相変わらず顔を真っ赤にしているが、どことなく嬉しそうでもある。イグニスはため息をつきながらもこのような感想を漏らした。


「ま、まあこうやって皆で寝ていると、仲間というか家族のような感じがするな」


「かぞく……ってなんですか?」


 マッキナが尋ねると、リヴィエルが少し考え込みながら答える。


「難しい質問だね。そうだな……上手く言えないけど、とても大切な人たちのことかな」


「そうかもね。私は嬉しいわ。あなたたちのような家族と出会えて」


「あはは、そう言われるとなんだか恥ずかしいね」


「なんか腹立つわねあなた……」


 話しながら、ネージュがどこか遠い目をしているのをイグニスは目にした。以前、彼女が自分には家族がいないと話していたことを、イグニスは思い出す。孤独であった彼女にとって、自分たちはそれほどまでに大切な存在になることができたのだろうか。そんなイグニスの思考を、ネージュの声が遮る。


「さ、窮屈だけど明日も早いんだし、もう寝ちゃいましょ。お休みー」


「「「お休みなさい」」」


 その声でリヴィエルがそっと明かりを消す。辺りが闇に包まれると、三人はすぐに寝息を立て始める。しかし、さっきまでの眠気はどこへやら、イグニスは目を覚ましたままだった。家族、という言葉が妙に心に残っていたのだ。


 彼は以前まで、勇者としての稼業に専念してきたため、家に帰ることはほとんどなかった。両親や姉に最後に会ったのはいつの日のことだっただろうか。別れの挨拶もなしに、遠い過去に置き去りにしてしまった。彼は両親や姉の顔をぼんやりと思い出す。彼らは自分が一度死んだ後一体どうなったのだろうか。今更になって、家にほとんど顔を出さなかったことへの強い後悔が襲ってくるようだった。


 しかし、悔やんでいても時間は戻らない。今はその代わりに仲間たちがいるのだ。家族を大切にできなかった分、今の仲間を大切にしなければならない。自分はこの体に憑依しているだけの存在だから、長くは一緒にいられないかもしれない。彼らと過ごす一瞬一瞬を大切にする必要があるだろう。


 そんなことを思っているうちに、イグニスの精神は静かな眠りへと落ちていった。


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