第36話 包囲、そして窮地
月明かりと街頭のみが照らす深夜の街路を、イグニスたちは走り抜ける。ドロススが向かっていったのはこの街路の先だ。街はとっくに寝静まっており、イグニスたち以外に人の気配はない。
イグニスは走りながら顔を歪める。足を踏み込む度、体が軋むような感覚を覚えるのだ。先ほどドロススから受けた打撃攻撃が内部機構にかなりの損傷を与えたのだろう。しかし、音を上げている場合ではない。早くあのドロススを見つけ出し、彼の思惑を止めなければならないのだ。
イグニスたちは走り続けるうち、工場区画へと入り込んだ。そして道の突き当たりに、古びた巨大な建物を目にする。その手前は広場のようになっており、コンテナや土管、パイプなどが放置されていた。
「ここは一体どこだ?」
「どうやら廃工場のようだね」
「ドロススはどこへ行ったの?」
破れたフェンスを通り抜け、イグニスたちは立ち止まって辺りを見回す。リヴィエルの言ったとおり、目の前の建物は放置された廃工場であるようだ。月明かりと辺りの街頭の光がその巨大な外観を照らし、不気味なシルエットを映し出している。
その時である。廃工場の上の方から、あの不気味なしゃがれ声が響き渡ってきた。
「フハハハハ!ようやくここまで辿り着いたようだな。待ちわびたぞ」
イグニスたちが見上げると、廃工場の屋根の縁にドロススが立ち、余裕綽々とした表情で彼らを見下ろしていた。イグニスたちが来るまでの間に、ドロススは態勢を立て直したようだ。
一向に降りてくる気配のないドロススに、ネージュが叫ぶ。
「何よあなた、怪我して逃げてきただけのくせに。そんなところに突っ立ってないでさっさと降りてきたらいいじゃない。もしかして、さっきの攻撃で怖じ気づいちゃったわけ?」
彼女の煽りに、ドロススは全く動じることなく笑みをたたえている。
「そう思っているが良かろう。貴様らは本当に愚かな者たちだよ。マッキナを連れてのこのこ現れるとは。ここに足を踏み入れたならば、もう逃がすことはない。貴様らは死ぬまで蹂躙し尽くされる運命なのだよ」
「な、何を……」
ドロススの言葉にイグニスたちは動揺する。ドロススは虚勢を張っているだけなのか?それともまた何か恐ろしい作戦を用意しているというのか?すると、彼は右腕を掲げ、言い放った。
「さあ、貴様らを絶望の淵に突き落としてあげよう。暗黒魔法発動。『傀儡操作』!」
その時である。ドロススが立っている廃工場の扉が突如として音を立て、内側から破壊された。イグニスたちが驚愕に目を見開いていると、中からまるで操り人形のような足取りで人々の大群が湧き出してきた。
その体の表面は傷ついて内部機構が露出しており、オートマタだと分かる。恐らく、廃工場内に放置されていた出荷前のオートマタだろう。出荷時に着用される白い服を纏っており、無理矢理操られているためか表情には一切の感情を宿していない。まるで動き回る死人の群れのようだ。
イグニスたちは困惑して辺りを見渡す。脇に置かれていたコンテナからもいつの間にかオートマタが出現しており、イグニスたちの退路を塞いでしまっていた。フェンスに囲まれた広場の中央で、イグニスたちはたちまち数百のオートマタに包囲されてしまったのだ。
「私に、オートマタと戦えと言うんですか……?」
マッキナが激しく動揺した様子で呟く。彼女自身もオートマタだ。相手が操られているとはいえ、オートマタと戦うことには抵抗があるのかもしれない。
「フハハハハ!戦う意志がないならば、まとめて蹂躙されるがいい。貴様の同胞たるオートマタ共にな!」
オートマタに相手をさせ、マッキナの戦意を喪失させるのもドロススの作戦だったのだろうか。
だが、マッキナは少しの沈黙の後、決断的に言い放った。
「いいえ、私は戦います。そしてあなたを倒します。それが、魔法を使えるオートマタとして生み出された私の今やるべきことです」
「そうか。ならば精々足掻くがいい。ではオートマタ共、かかるのだ!」
ドロススの号令と共に、周囲のオートマタたちがイグニスたちへと迫る。拳を振り上げる者もいれば、広場の隅に落ちていた金属パイプを手にしている者もいる。これだけの数を相手にするのは、イグニスたちとはいえ至難の業だ。だが、ひとまず迎え撃つ以外に方法はない。
「皆、行くぞ!『灼熱無双連撃』!」
イグニスがオートマタたちへと飛びかかり、その胴体に拳を叩き込んで次々と吹き飛ばしていく。
「『虚空旋風刃』!」
ネージュの放つ空気の刃がオートマタたちの武器や腕を切り裂き、無力化する。
「『大河激流拳』!」
リヴィエルの腕から生み出された水流が巨大な拳を成形し、オートマタたちを押し流す。
「許してください……『念動雷槍』!」
マッキナは一瞬躊躇したものの、金属球を槍に変えて飛ばし、オートマタたちの体を貫いていく。
だが、オートマタはただでさえ数が多い上、ドロススに操られているため攻撃を受けても臆せず起き上がってくる。これでは一向に数が減ることはないだろう。
「フハハハハ!『暗黒瘴球・散弾』!」
そこへ、上空を飛び回るドロススが暗黒球を射出する。複数のオートマタに着弾し、爆発するが彼は気にしない。オートマタは半壊しながらも平気で立ち上がってくるのだ。
「くッ、これでは埒があかない」
オートマタを殴りつけながら、イグニスは歯を食いしばる。その脇を暗黒球が掠め近くにいたオートマタに着弾する。前後左右はおろか上方からの攻撃にも対処しなければならないのだ。ただでさえ満身創痍であるのに、暗黒球に当たれば再び体の自由を失いたちまち袋叩きに遭うだろう。
この状況を打開するにはやはりドロススを直接叩くしかなさそうだが、マッキナに再び接近する余裕はない。目の前のオートマタを一掃する以外方法はないのだ。イグニスは遠くで戦うマッキナを視界の隅に映しながら拳を振るう。
その時である。不意に、イグニスの後方からリヴィエルの叫び声が聞こえた。
「リヴィエル、どうした!」
振り返ると、なんとリヴィエルが背後からオートマタに首を絞められていたのだ。さらに、その周囲には斧や鎌を携えたオートマタが複数迫っていた。前方の敵に気を取られ、不意を突かれてしまったようだ。リヴィエルは魔法を使おうともがくが、近くのオートマタに殴りつけられ失敗する。このままでは彼の命が危ない!
今から助けに向かっても間に合わない。火球を投げるか?いや、それではリヴィエルも被弾してしまう。どうすればいい?
めまぐるしく思考を回転させた末に、イグニスは思い出した。プーロから貰った球状の道具がポケットに入っている。オートマタやサイボーグに襲われたときに投げて使えと言っていたはずだ。イグニスは急いでそれを取り出すと、リヴィエルを絞めるオートマタ、そして刃物を持ったオートマタたちに向かって全力で投げつける!
「「「グワァァァァッ!!」」」
道具がオートマタに当たって破裂した瞬間、彼らは突然力を失ったように倒れ込んだ。どうやらこの道具には、オートマタの動きを阻害する働きがあったらしい。リヴィエルは解放されると、すぐさま水流を巻き起こしてオートマタたちを一掃してしまった。
「リヴィエル、大丈夫か?」
「ああ、心配ないよ。ありがとう」
息を切らしてはいるものの、無事な様子のリヴィエルにイグニスは安心を覚える。プーロのおかげで彼は命拾いしたのだ。
「な、何だ?あの道具は……」
その光景を名にしたドロススが動揺する。と、その時!
「『鉄牙弾』!」
突如として、アヴォリオの声が響き渡った。そして、イグニスが使った道具に気を取られたドロススにツメが突き刺さる!
「な!グワァァァァッ!!」
「今だ!『念動投石銃』、撃てェーーーーッ!!」
「グワァァァァァァァァッ!!!!」
立て続けに大量の弾丸が飛来し、ドロススに集中砲火を浴びせる。彼の翼はみるみるうちに穴だらけとなり、飛行能力を失って落下する。
その瞬間、イグニスたちが相手にしていたオートマタたちは糸が切れたように地面へと倒れ込んだ。ドロススが被弾したために、操りの魔法が解けたのだ。
「アヴォリオさんたち、来てくれたのね!」
ネージュが嬉しそうに叫ぶ。広場の入り口には、アヴォリオたち鉄牙団が筒状武器を携え立っていた。




