第35話 共闘、そして攻防
「フハハハハ!ならばかかってくるがよい!」
ドロススは笑い声を上げると、翼をはためかせて飛び上がった。そして、体の周囲にいくつもの暗黒球を生み出し、イグニスたち目がけて投げつける!
「『暗黒瘴球・散弾』!」
襲い来る暗黒球を、イグニスたちはそれぞれ遠距離攻撃を放ち相殺する。マッキナは金属の盾を展開させ、自身やデレガート、アヴォリオらの護衛に徹する。
イグニスは歯がみする。ドロススの操る暗黒魔法とは、魔族の中でも一部の実力者しか使えない特別な魔法だ。もちろん、人間が使うことはできない。アヴォリオたち鉄牙団を操っていたのも暗黒魔法であり、マッキナや研究員たちの体の自由を奪っていたのも彼の暗黒魔法だろう。ドロススが相当な強者であることは明白だ。複数人で相手をしているとはいえ、闘技場の隅にいる研究員たちを守りながら戦うのは難しい。
イグニスは未だ拘束された状態の鉄牙団員たちを一瞥すると、リヴィエルに向かって言った。
「リヴィエル、団員たちを解放するのだ」
「ああ、分かった」
リヴィエルはすぐさま彼らの元へ駆け寄ると、氷の拘束具に触れてたちまち溶解させる。
「お、俺たちは一体何を……」
「うう……すいませんでしたあ!」
解放された団員たちもすでに正気に戻っていたようだ。彼らは立ち上がるなり、後悔の念を露わにし始める。そこにすかさずイグニスが叫ぶ。
「そのことについては後で精算すればいい。今はアヴォリオさんと協力し、研究員の皆さんを闘技場の外に避難させて欲しいのだ」
「わ、分かった」
呆然としていたアヴォリオも我に返って立ち上がり、怯える研究員たちの元へ向かっていく。
その間も、イグニスたちは上空を飛び回るドロススの暗黒球を必死に迎撃し続けていた。ドロススの熾烈な散弾攻撃はまるで雨のように闘技場へと降り注ぐ。イグニスたち三人がかりでも手一杯になるほどだ。迎撃しきれなかった暗黒球が地面に衝突し、その表面を抉る。
一方マッキナは、移動するアヴォリオたちを金属の盾で守りながらも、金属球を槍のように変形させて飛ばしドロススを追尾させていた。
「『念動雷槍』!」
複数の槍が一直線にドロススを襲うが、自由自在に飛び回る彼は機敏に方向転換を行って回避していく。
「その程度の攻撃が当たるとでも?フハハハハ!」
「くッ!!」
間一髪のところで何度も攻撃を躱され、マッキナは歯がゆさを隠せない表情だ。傷だらけの腕をドロススに伸ばし、何度も槍による攻撃を繰り返す。
イグニスは火球を上空へ投げつけながらマッキナを見やる。自分と同じく体は満身創痍だが、盾を展開すると同時に槍も操作している。テラを再現しているというその実力はやはり本物だ。
しかし今の彼女は、テラとは違う一人のオートマタだ。彼女が自らの意志でデレガートに背き、自分たちと共に戦ってくれている。苦戦はしているが、イグニスはその事実に喜びを噛みしめる。
アヴォリオたち鉄牙団はなんとか研究員たちを避難させることができたようだが、イグニスたちの状況は変わらない。
「フハハハハ!君たちの力はその程度か?四人がかりでも私に及ばないというのかね?」
空中を飛び回りながら、ドロススは余裕の表情だ。闘技場の明かりにぼんやりと照らされた夜空に赤黒いシルエットが溶け込み、一層不気味さを際立たせている。
「畜生、忌々しい奴め!」
「このままじゃきりがないわ!」
それぞれ空気の刃と水の弾丸を飛ばしながら、ネージュとリヴィエルが悔しさを露わに叫ぶ。暗黒球を防ぐのに精一杯であり、ドロスス本体に攻撃を当てられないのだ。
イグニスも徐々に焦燥を覚える。空中から攻撃を行うドロススの方が圧倒的に有利だ。このまま一人でも暗黒球が命中すれば、もっと状況は悪化するに違いない。何とかしてドロススを直接叩く方法はないのか……?
イグニスが思案に暮れていたその時である。ドロススを追う金属の槍がイグニスの視界に映り込んだ。その瞬間、昼間マッキナと戦った時の記憶が彼の脳裏に蘇る。彼は名案を思いつき、暗黒球を避けながら、マッキナの方へと駆け寄った。
「マッキナよ、昼間に『束縛輪環』という魔法を使っていただろう。あれを今俺に使うことはできるか?」
「できますけど……それってどういうことですか?」
「俺をドロススに向かって飛ばして欲しいのだ。そうすれば、奴を直接叩けるかも知れない」
イグニスの提案に、マッキナは一瞬驚いたようだったが、すぐに納得して力強く頷いた。
「分かりました。私が力になれるのなら、何でもやります。いきますよ、『束縛輪環』!」
マッキナは装束の中から金属球を取り出すと、変形させてイグニスの腰に巻き付けた。昼間に使った時と全く同じだ。そしてイグニスが頷いた瞬間、マッキナは彼を持ち上げ、上空のドロスス目がけて勢いよく吹っ飛ばした!
「な、何ッ!」
思いがけない攻撃に、ドロススは驚愕して目を見開く。イグニスは高速で彼へと接近しながら、燃え盛る拳を振り上げる。
「『灼熱無双打撃』!」
ドロススは間一髪のところでこれを躱し、イグニスの拳は空を切る。だが、飛行能力という利を失ったドロススが動揺しているのは明らかだ。彼が暗黒瘴球を放つのを中断した合間に、ネージュの放った空気の刃が迫っていた。
「『虚空旋風刃』!」
「グワァァッ!!」
刃がドロススの脚を掠め、大腿の側面を切り裂く。彼が怯んだ隙に、イグニスはマッキナの操作で方向転換し、再びドロススに殴りかかる!
「『灼熱無双打撃』!」
「グワァァァァッ!!!!」
炎を噴く拳がドロススの腹部に命中!ドロススはそのまま後方へと吹っ飛ばされる。だが彼はすぐに態勢を立て直すと、下方を見やり忌々しげに吐き捨てる。
「くッ、あのマッキナか!」
彼はイグニスの飛行能力の源がマッキナにあると見抜き、彼女に向けて集中砲火を開始する。だがその時にはネージュとリヴィエルがマッキナの元へ駆け寄り、援護する態勢に入っていた。ドロススの暗黒球は二人に迎撃され、マッキナには当たらない。
ドロススが地上に気を取られているうちに、イグニスは再び彼へと迫っていた。ドロススもそれに気づき、視線を移してすかさず対応する。
「『灼熱無双打撃』!」
「『暗黒瘴打』!」
イグニスの燃え盛る拳と、ドロススの黒い瘴気を纏う拳がかち合う。そしてそのまま二人は連撃の態勢に移る。
「『灼熱無双連撃』!」
「『暗黒瘴連打』!」
二人の腕が超人的な速さで動き、互いに連続パンチを繰り出し始める。拳と拳が何度もぶつかり合い、凄まじい衝撃波が発生する。地上で見ていた三人も、二人の繰り広げる圧巻の光景に思わず息を呑む。彼らの攻撃の応酬には、外部から干渉する隙もない。
だが次第に、イグニスの方が押され始める。彼は自らの腕に起こった異変に気付いていた。ドロススの拳とぶつかり合う度、イグニスの腕から少しずつ力が失われ、噴出する炎の勢いも弱まっているのだ。イグニスの表情から困惑と焦燥を読み取ったのか、ドロススが笑いながら言う。
「フハハハハ!どうだ。私の暗黒魔法には、接触した相手の筋力や魔法を減衰させる効果があるのだよ。ほら、貴様も段々対応ができなくなっているだろう?」
「なるほど。マッキナやデレガートさんたちから体の自由を奪ったのも、その魔法というわけか」
「その通りだ。彼らには、私の暗黒魔法を閉じ込めた特性の丸薬を振る舞わせてもらったよ。さあ、たくさん話をしたことだ。ここら辺で貴様には散って貰おう!」
ドロススの渾身の一撃が、イグニスに振り下ろされる!だが、もうイグニスの体には回避する力が残っていない。彼はドロススの拳を腹部に受け、後方へと吹っ飛ばされる!
「グワァァァァッ!!!!」
「フラム!」
「フラムさん!」
地上にいた三人は、イグニスがドロススから離れた隙にドロススへの攻撃を再開する。だが、ドロススはそれを回避しながらイグニスへと迫り、さらなる連続攻撃を行う!
「『暗黒瘴連打』!」
「グワァッ!グワァッ!グワァァァァッ!!」
為す術もなく攻撃を受けるイグニス。だが、ドロススのパンチを受ける度にイグニスの体からは力が失われ、回避することができない。機械の体が軋み、悲鳴を上げる。彼の腹部は今にもへしゃげてしまいそうだ。このまま彼はドロススの拳に破壊されてしまうのか?だがその時!
「『束縛輪環・解除』!」
マッキナの攻撃が響き渡ると共に、イグニスの腰の金属製ベルトが溶け、彼は地上へと落下した。そして真下で待ち構えていたリヴィエルの腕に受け止められる。
「イグニス、大丈夫か!」
「……ああ、なんとかな」
心配そうにのぞき込むリヴィエルに、イグニスは微笑みかける。胴体の内部機構にダメージを受けたのか、腹部に強烈な違和感を感じる上、暗黒魔法の影響で未だ体に力が入らない。だが、マッキナの機転により彼は一命を取り留めた。
一方、突然目の前のイグニスが落下し、ドロススの拳は宙を切っていた。彼には一瞬、イグニスが突如姿を消したように感じられ、困惑を覚えたのだ。
「何ッ」
その時、背後から高速で空気を裂く音が聞こえる。ドロススが慌てて振り向くと、ネージュが放った空気の刃がすぐそこまで迫っていた。
「『虚空旋風刃』!」
「グワァァッ!!」
刃が背中に命中!ドロススはさっきよりも重篤なダメージを翼の付け根に負い、空中で悶える。そこに、マッキナが次なる攻撃を加える。
「『念動雷槍』!」
「グワァァァァッ!!」
金属の槍が高速で迫り、もがくドロススの手足や脇腹、翼を容赦なく貫く!ドロススは体から赤黒い血を噴出させ、苦しみながら憤怒の表情で地上を見下ろした。
「おのれおのれ!絶対に許さん!貴様ら全員消し炭にしてくれる!ついてくるがいい!」
そう言い放つと、ドロススは翼をはためかせて闘技場の外へと飛んでいった。負傷が激しく、場所を変えて態勢を立て直そうという算段だろう。寝静まった街を襲う可能性もある。追う以外に選択肢はないだろう。
「フラム、大丈夫?」
ネージュとマッキナがイグニスへと駆け寄る。ドロススがダメージを負ったことで、イグニスの体の自由は取り戻されていたものの、胴体の損傷が激しいため無事とは言えない状態だった。それでも何とか動けていることが不思議なくらいだ。さっきよりもさらにボロボロになってしまったイグニスに、マッキナが頭を下げる。
「フラムさん、ごめんなさい。私がもっと早く対応していれば、もっと軽い怪我で済んだのに……」
「謝る必要などない。貴方の助力がなければ、俺はドロススと戦えなかった。共に戦っているのだから、それはお互い様だ」
「そうよ。私たちはもう仲間なんだから、一人で抱え込まなくて良いのよ」
イグニスとネージュの言葉に、マッキナは顔を上げる。仲間という言葉に彼女は心なしか驚き、喜んでいる様子だった。その表情に、イグニスたちも自然と微笑を溢していた。
「よし。じゃあ早くドロススを追おう。奴が消えたのはあっちの方角だ」
リヴィエルが指差し、三人も頷く。彼らは闘技場を出て、ドロススが消えた方へと全速力で駆け出した。




