第34話 黒幕、そして告白
「魔王軍……『四凶』……?」
試合場に降り立った魔族の言葉に、イグニスは呆然とする。「四凶」とは魔王軍の中でもトップクラスの実力を誇る四人の幹部のことだ。もちろん、イグニスもかつて何人もの「四凶」と交戦し、撃破している。イグニスがドロススの名を知らなかったことから察するに、ドロススは500年の間に新たに就任した「四凶」なのだろう。
だが、「四凶」といえばイグニスの死因となったアロガンティアの肩書きでもある。ドロススも、これまで戦った魔族とは比べものにならないほどの力を持つに違いない。一層警戒しなくてはならない。
突然魔族が登場し、試合場の皆が言葉を失っていると、アヴォリオがその場に膝をついて倒れ込んだ。イグニスがそちらを見ると、アヴォリオの目から復讐の炎は消え、元の目の色に戻っていた。彼は先ほどまでの様子とは打って変わって、打ち震えながら顔を青ざめさせていた。
「そんな……貴様、魔族だったのか?じゃあ俺は一体何を……俺はずっと貴様に踊らされていたとでも言うのか……?」
その言葉に、イグニスたちは全てを察する。どうやらアヴォリオはドロススに操られていたらしい。イグニスの攻撃がドロススに命中した瞬間、アヴォリオにかけられていた何らかの魔法が解除され、彼は正気に戻ったようだ。
「どういうこと?この襲撃の黒幕はあなただってことなの?」
ネージュがドロススに向かって叫ぶ。すると彼は笑いながら語り始めた。
「フハハハハ!黒幕か。そういうことになるだろうね。この襲撃を仕掛けたのは私なのだから。私の目的は、我々魔王軍にとって危険分子となり得る新型オートマタ、マッキナを破壊することだ。そのために私はアヴォリオの心に潜むオートマタへの憎悪を操り、襲撃を彼らの仕業に仕立て上げようとしたのだがね。思わぬ妨害を受け、正体を現すことになるとは不覚だったよ。まあこの際、私がこの手でマッキナを破壊すればいいだけの話だ」
一切悪びれる様子のないドロススに、リヴィエルが叫ぶ。
「人の心を操り、罪をなすりつけようとは!貴様、生かしておけない!」
「何を言う。私の暗黒魔法は人心を操ることはできるが、憎悪という火種がなければ成功しないのだよ。つまり、アヴォリオは復讐を起こす因子を始めから持っていたのだ。彼の仲間が死んだ本当の理由は、彼がオートマタに同情して油断したからだ。だが彼、仲間が死んだのは全てオートマタのせいだと語りかけた途端、たちまち信じ込んでしまったのだよ。余程責任から逃れたかったのだろうね。我ながら、なかなか素質のある人間を選び出せたと思ったよ。所詮人間の心などそれほどまでに弱いものだ。私が少しつついてやるだけで、たちまち負の感情に染まってしまうのだ。フハハハハハハハハ!!」
高笑いを上げるドロスス。その声を聞きながら、アヴォリオは怒りや後悔などの入り乱れた表情で涙を流し、震えている。
その姿を見て、イグニスは昼間のアヴォリオの様子を思い出す。アヴォリオがマッキナに挑んだ理由は確かに、オートマタへの憎しみを晴らすためだったのかもしれない。
しかし、マッキナに敗れた後、彼は潔く負けを認め、悔しさを必死に隠しながら団員たちの前で気丈に振る舞っていた。そんな彼の心が弱いなどと簡単に言えるだろうか。憎悪を押さえつける必死の努力を全て瓦解させてしまったのは、他でもないドロススではないか。
イグニスはドロススを睨みつけ、口を開く。
「人の心は確かに弱い。だが、その弱さを必死に抑えながら生きる力は決して弱くなどない。アヴォリオさんの心を弄び侮辱した貴様を、俺は絶対に許さん。そしてもちろん、マッキナの破壊など断じてさせるわけにはいかない」
「フハハハハ!そうか。ならば手始めに、貴様らの相手をしてやるとしよう。と、その前に……」
ドロススは言葉を切ると、アヴォリオの方を見据え、掌をかざす。
「用済みになった君には、さっさと消えて貰おう。暗黒魔法発動。『暗黒瘴球』!」
ドロススの青白い掌の中に、赤黒く燃え上がる球体が形成される。そして、呆然と膝をつくアヴォリオめがけ、高速で発射!
「アヴォリオさん、危ない!」
イグニスが叫ぶ。すかさず火球を投げつけ相殺しようとするが、暗黒球の勢いは凄まじく、間に合わない。暗黒球が眼前に迫り、アヴォリオは反射的に腕で顔を覆い目を瞑った。その時!
「な、何ッ!」
ドロススが驚愕に目を見開く。アヴォリオが恐る恐る目を開けると、目の前に金属の盾が展開されており、暗黒球の直撃を防いでいたのだ。
「マッキナ……?」
アヴォリオは驚き、後方を振り向いた。見ると、満身創痍となったマッキナが立ち上がり、アヴォリオの方に手をかざしていた。アヴォリオが正気に戻った時、同時にマッキナや研究員たちも体が回復したようだ。
「良かった……間に合いました」
マッキナはほっとした表情で手を下ろす。だが、すぐに真剣な表情に戻り、ドロススと向き合った。
「人の心を利用して、皆を危険な目に遭わせるだなんて許せません。あなたの狙いは私なんですよね?それならこの私と戦ってください!そしてこれ以上皆を傷つけるのはやめてください!」
マッキナは決意に満ちた声で叫ぶ。その言葉に、イグニスたちも呆然とする。これまでデレガートの言いなりになっていた彼女が、自らの意志で皆を守ろうとしているのだ。
だが、マッキナの後を追って走ってきたデレガートが、血相を変えて叫ぶ。
「マッキナ、やめなさい!お前の体はすでにボロボロだ。その状態で戦えば、お前の実力といえど本当に破壊されてしまう!」
「良いんです。これは私の意志ですから。あの魔族と戦わせてください」
なおも引き下がらないマッキナ。するとデレガートは怒りを露わにし、マッキナを怒鳴りつける。
「マッキナ、お前は自分の立場が分からないのか!お前はいずれテラの代わりにガーディアンを指揮することになるんだぞ。こんなところで破壊されるべきではないのだ!お前にはもっと重要な責務が……」
その時、マッキナはデレガートの言葉を遮って叫んだ。
「私は!私はテラの代わりなんかじゃない!私はマッキナです。この名前をつけてくれたのはデレガートさんじゃありませんか。それなのにどうして、私を……マッキナを見てくれないんですか。私はテラとしてじゃなく、マッキナとして戦いたいんです。デレガートさんたちを守りたいんです」
マッキナに心情を吐露され、デレガートは呆然と彼女を見つめている。デレガートは俯き、それ以上マッキナを引き留める意志を見せなかった。
大人しく話を聞いていたドロススが待ちかねたように口を開く。
「どれ、話し合いは済んだかね?私としては、マッキナが自ら挑んできてくれた方が好都合なのだがね。とにかく、貴様ら全員を蹂躙すればよいのだ。この私の計画を邪魔した以上、マッキナだけでなく貴様ら三人も危険因子に他ならないからな」
ドロススはそう言いつつ、イグニスたちの方を一瞥する。
イグニスはマッキナと目を合わせ、頷き合う。二人とも満身創痍ではあるが、マッキナが自ら戦う意志を見せたのだ。無下にするわけにはいかない。今はただ協力し、全員無事な状態でドロススを倒すのみだ。
イグニスたちは一斉に身構える。イグニスは再び手に火炎をまとわりつかせると、ドロススに向かって叫んだ。
「これ以上貴様の思い通りにはさせん。覚悟するがいい!」




