第33話 逆転、そして出現
一方、イグニスたちの背後でネージュとリヴィエルは窮地に陥っていた。団員たちに四方を囲まれ、じりじりと詰め寄られている。
団員たちの実力は二人の予想を遙かに上回っていた。それでも二人の実力には及ばないはずだが、いかんせん相手の方が数が多い分有利だ。彼らの連携はごり押しでは突破できず、気付けばこのような劣勢に追い込まれていたのだ。
団員たちが口々に二人を冷やかす。
「ギャハハハハ!ヒーローごっこはここまでのようだなあ!」
「兄ちゃんも姉ちゃんも、これであの世行きだぜ!」
「あっちの世界で結ばれることを祈ってやるよ!」
ネージュとリヴィエルは歯を食いしばる。先ほどのロビーでの戦闘のように障壁を作るか。いや、それでは自分たちも逃げにくくなる上、相手の戦闘力を見るに簡単に突破されるのは明らかだ。だからといって、がむしゃらに反撃して一掃できるような相手でもない。
ネージュが団員たちを睨み返しつつ何もできずにいると、突然リヴィエルが小声で言った。
「ネージュ、僕はあの魔法を使おうと思う」
その一言で、ネージュはすぐにリヴィエルの意図を悟る。ネージュは驚いて言い返す。
「でも、あれは弱い相手にしか使えないんじゃないの?」
「ああ、分かってる。彼らの実力は僕の生徒たちを遙かに上回っているからね。だけど、やってみるしかないよ。僕が魔法を使ったら、すぐに畳みかけてくれ」
「分かったわ。あなたってこういう時、頼りになるのね」
ネージュの思いがけない言葉に、リヴィエルは虚を突かれたような表情になるが、すぐに照れ笑いに変わった。だがネージュはすぐに小声で注意する。
「ほら!にやにやしてないで攻撃に移るわよ!」
我に返ったリヴィエルはすぐに真剣な表情に戻り、周囲の団員たちを見据える。
「おい、いつまでこそこそ喋ってんだよ!」
「あの世でもまた一緒になろうってか?ギャハハハハ!」
団員たちは明らかに油断している。攻撃するなら今しかない。リヴィエルは深く息を吸って意を決し、叫んだ。
「『水流共鳴』!」
その時、団員たちの体から突如として水流が巻き起こる!
「な、何じゃこりゃ!」
たちまち混乱に陥る団員たち。生み出された水流は、以前生徒たちにこの魔法を使ったときと比べると明らかに規模が小さい。だが団員たちの動きを封じるには十分だ。水流は彼らの両腕に巻き付くと、瞬時に凍結して拘束具と化してしまった。そこにネージュが畳みかける。
「リヴィエル、屈んで!『虚空螺旋刃』!」
ネージュの言葉ですぐに身を屈めるリヴィエル。次の瞬間、ネージュはその場で高速回転しながら刀を振り回し、全方位に空気の刃を飛ばす!一見乱雑に刃を振りまいているようにも見えるが、実際は正確無比な攻撃である。一斉に放たれた刃は団員たちの武器や装備を切り裂き、たちまち無力化してしまった。
「ば、馬鹿な!こんな一瞬で!」
さっきまでの余裕を失い、喚く団員たち。彼らは必死にもがくが、氷の拘束を解くことができない。そこへリヴィエルが歩み寄り、さらに水流を絡みつかせ拘束を重ねていく。
「悪いけど、少しの間じっとしていてくれ」
こうして団員たちは瞬く間に戦闘不能となってしまった。窮地を脱したネージュとリヴィエルは互いに歩み寄る。
「リヴィエル、ありがとね。私ったら、フラムやリヴィエルに助けられてばっかりだわ」
「そんなことないよ。君だって、あんなに凄い技使ってたじゃないか」
「そりゃあ、あなたが共鳴魔法使うんだもの。少しぐらい良い所見せないとね」
「はは、そうか」
浮かれた様子で笑うリヴィエルを、ネージュはすかさず叱責する。
「全く、さっきからへらへらしてばっかりね。そんなことより早くマッキナたちを助けないと」
気を取り直し、ネージュとリヴィエルはそれぞれマッキナと研究員たちの元へ向かう。
倒れたまま動けないでいるマッキナに、ネージュが駆け寄る。人工皮膚も装束もボロボロとなった彼女を目にし、ネージュは悲痛な面持ちでかがみ込む。
「マッキナちゃん、大丈夫?酷い傷ね……許せないわ」
するとマッキナは済まなそうに顔を伏せた。
「ごめんなさい……。私のせいで皆さんを危険な目に遭わせてしまいました。私が魔法を使えればこんなことにはならなかったのに、体が動かなくて……」
「どうしてあなたが謝るのよ。あなたは何も悪くないじゃない。むしろよくここまで耐えたわ。もう大丈夫よ」
ネージュはマッキナの拘束を解くと、力をなくした彼女の体を抱え、試合場の隅へと向かう。
リヴィエルもデレガートたちの元へと向かっていた。リヴィエルが近づくと、デレガートは昼間の一件を思い出したのか、気まずそうに目をそらした。
「まさか、あなた方に助けられるとは。どんな顔して良いか分かりませんよ……」
「今はそんなこと気にしている場合じゃありません。早く安全な所へ避難しましょう」
リヴィエルは拘束を解いたが、デレガートは自力で立ち上がることができないようだ。
「うう……すいません。奴らから赤黒い丸薬を飲まされ、思うように体が動かないのです」
「赤黒い丸薬……?」
リヴィエルは怪訝に思いつつも、ネージュと協力してデレガートたちを試合場の隅へと運んでいった。
一方、イグニスとアヴォリオは未だに激戦を繰り広げていた。憤怒に染まった表情のアヴォリオは、次々とツメをイグニスの方に射出しながら猛攻を仕掛けていた。イグニスも火球を投げつけ応戦しているが、その体の所々にはツメが突き刺さっている。マッキナや研究員たちの方に流れ弾が飛ぶのを必死に防いでいた結果、何発か被弾してしまったのだ。
イグニスの手足についた傷を見て、アヴォリオが叫ぶ。
「血が出ていない!貴様はサイボーグか?まさかそれともオートマタなのか!」
「ああ、俺の体は全身が機械だ。サイボーグともオートマタとも言えるだろう」
「そうだったのか。ならば貴様もここで破壊してくれる!」
ツメの残弾が尽きたのか、アヴォリオはイグニスに直接飛びかかる。ツメを振り下ろす勢いはさっきまでよりも一層激しいものとなっている。イグニスは刺し傷だらけの体を奮い立たせ、アヴォリオの攻撃に立ち向かう。
だが、復讐と憎悪を糧に戦うアヴォリオの攻撃は凄まじい。たちまちイグニスは押され始め、防戦一方となる。このままでは次第に態勢を崩され、致命傷を受けてしまうことだろう。イグニスの体は限界に近い。残り少ない力を振り絞り、彼はなんとか連続攻撃を躱しながら隙を窺う。彼は全身をめまぐるしく動かし、アヴォリオを睨み続けた。
その時のことである。イグニスの目に、アヴォリオの背後の光景が不意に飛び込んできた。そしてそこに何かの存在を感じ取る。一瞬鈍化した体感時間が元に戻った時、イグニスは渾身の力でアヴォリオの腹を蹴り上げ、一気に距離をとった。
アヴォリオが驚いて攻撃を中断する。間合いを取り睨み合う両者。イグニスは意を決すると、手の中にすばやく火球を生み出す。そして、それをアヴォリオめがけ目にも止まらぬ速さで投げつける!
「『熱殺火球』!」
だが、それはアヴォリオには命中しなかった。いや、最初からアヴォリオを狙っていなかったのだ。火球は驚くアヴォリオの頭上をかすめると、観客席の方へ高速で飛んでいった。そして次の瞬間、観客席から叫び声が響き渡る!
「グワァァァァッ!!!!」
それはおよそ人間とは思えない不気味なしゃがれ声だった。突然のことに、試合場にいた全員が声のした方を振り返った。イグニスが観客席に向かって叫ぶ。
「貴様、一体何者だ!」
よく目を凝らしてみると、そこには全身黒づくめの怪しげな男が立っていた。皆が息を呑んで見守る中、男は邪悪な高笑いをあげた。
「フハハハハ!!そうか、見つかってしまったか。だがまあいい。今からでも打つ手はある」
その時、男の着ているコートがメリメリと音を立てて裂け、中から赤黒いスーツに包まれた細い体が現れた。そして続けざまに、コウモリのような巨大な翼が背中に展開する。試合場の皆が呆気にとられていると、男は翼をはためかせて飛び上がり、イグニスたちの前に降り立った。
着地したその男はゆっくりと帽子を外す。その下から現れたのは、年齢の読み取れない奇妙な青白い顔だった。警戒しながら見つめるイグニスたちを見渡すと、男は丁寧に一礼して名乗った。
「皆さんごきげんよう。私は魔王軍幹部『四凶』にして暗夜族の長、その名もドロススだ」




