第30話 不穏、そして異変
その日の夜、イグニスたちは魔法技術研究機構の付近にある宿に宿泊していた。
デレガートとマッキナが部屋を出ていった後、三人は後を追うこともできず、その場を立ち去るしかなかった。あの後もマッキナは挑戦者と何度か試合を行い、全て勝利したようだ。しかし、イグニスたちがマッキナやデレガートと再び話す機会は得られなかった。
宿泊した部屋の窓際に備え付けられた椅子に座り、イグニスは途方に暮れていた。ネージュはベッドの上に横たわり、備品の雑誌を読んでいる。ネージュがせがんだため、イグニスはネージュと相部屋になっていたのだ。
リヴィエルはもちろん隣の部屋に宿泊している。イグニスがネージュと相部屋になることが決まったとき、リヴィエルはあからさまに嫉妬心を含んだ視線をイグニスに向けていたが、イグニスが望んだことではないので仕方がなかった。
だが今はそんなことなどどうでもよく、イグニスの頭の中にあるのはマッキナのことだけだった。マッキナに勝利したものの、仲間に加えることをデレガートから拒まれてしまっては意味がない。魔法技術研究機構側から拒否される事態を想定していなかったわけではなかったが、あそこまで激怒されるとは思ってもいなかった。
あの様子では、もう一度マッキナに挑戦しても取り合って貰えないだろう。どうにかしてマッキナが自分たちの仲間にすることを認めさせる方法はないだろうか。イグニスは頭を悩ませていた。
「どしたの、フラム。マッキナのことで悩んでいるの?」
ベッドの上にあぐらをかいて座り、ネージュが声をかける。
「ああ。どうすればもう一度仲間にする機会が得られるか考えていたのだ。それにしても、デレガートをあそこまで怒らせてしまうとは。俺の言い方が悪かったのだろうか」
「そうね……。まあ、今時魔王を倒すことを考えるなんて奇人変人の類いだと思われても仕方ないと思うけどね」
そう言ってネージュは笑ってみせる。そしてふと、彼女は思い出したように言う。
「そういえばマッキナ、デレガートさんが話しているとき、とても悲しい顔をしていたわ」
イグニスも思い出す。デレガートの隣で俯いたマッキナの曇り顔を。そして、デレガートに引っ張られて去るときの、訴えかけるような表情を。
「そうだな。彼女も苦しんでいるのかもしれん。四大勇者のテラの模造品として作られた重圧に」
「ええ。まるで、初めて会ったときのリヴィエルと同じね……」
イグニスもネージュと同感だった。リヴィエルはアクアの子孫として、そしてマッキナはテラを模したオートマタとして、似たような苦しみを抱えていたのだ。
イグニスはデレガートの言葉を思い出す。彼は何度も四大勇者テラの名前を口にしていた。恐らく、彼にとってはマッキナ自身が重要なのではない。テラを模した能力を持つことが重要なのだ。彼はいずれ、マッキナをテラの再来として広告塔にするという発言をしていた。もしそれが実行されれば、マッキナがマッキナ自身として評価される機会は、これから先全くないのではないか。彼女のあの目は、この状況から自分を救い出して欲しいとイグニスたちに訴えかけていたのではないだろうか。
イグニスが思案に暮れていたその時、ネージュが不意に窓の外を見て言った。
「あら、あの明るい辺り、魔法技術研究機構の闘技場じゃない?こんな夜中なのに一体何やってるのかしら」
イグニスもネージュにつられて外を見やる。宿の正面はすぐ魔法技術研究機構の敷地になっていた。確かにネージュの言うとおり、専用の闘技場の辺りが光っている。
「この時間にまだ試合を行っているのか?」
「そんなはずないわよ。夕方には受け付け終了してるはずだもの」
二人が怪訝に思いながら外の光景を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。
開けてみるとリヴィエルだった。
「見たかい?魔法技術研究機構の闘技場の方が光っているんだ。おかしいと思わないか?」
「ああ、俺たちも先ほどそれに気付いたところだ」
リヴィエルもイグニスとネージュと同様、異変に気付いていたらしい。
「何か嫌な予感がするよ。ちょっと見に行ってみないか?」
リヴィエルの提案にイグニスとネージュは頷いた。寝間着から素早く着替えると、彼らは宿の外に出る。街頭が照らす人気のない道を通り、魔法技術研究機構の正門へ向かう。
その途中、前方から一人の人影が走って近づいてくるのが見えた。三人は一瞬警戒したが、近づいてみるとそれは鉄牙団の団員だった。昼間、一番最初にネージュに喧嘩をふっかけた男である。彼は昼間の様子とは打って変わって、ひどく慌てた様子で三人の元へ駆け寄ってきた。
「あんたたちは昼間の三人組じゃないか!頼む、助けてくれ!この通りだ!」
団員は肩で息をしながら切迫した様子で頭を下げ、三人に懇願する。
「ちょっと待って、一体何があったの?」
ネージュが慌てて問いかけると、団員は今にも泣き出しそうな顔を上げた。
「アニキとみんなの様子がおかしいんだ。俺が買い出しから戻ってきたら、アニキたちが急にマッキナを破壊しなきゃいけないとかぶつぶつ言い始めて、拠点を出て行っちまったんだ。流石にまずいと思って止めようとしたけど聞く耳持っちゃいねえ。その後アニキたちは魔法技術研究機構に侵入して、何かやらかしたらしい」
「そんな……アヴォリオさんたちが?」
イグニスたちは団員の言葉に耳を疑う。確かに鉄牙団は一見柄の悪い人々の集まりだが、突然襲撃を行うような悪人でないことは昼間の様子から明らかだった。特にアヴォリオは、話してみた限り温厚な人物にしか思えなかった。それなのに彼らがなぜそんなことを……。
「今アニキたちは魔法技術研究機構の闘技場にいる。何をやってるのかさっぱりだけど、大変なことになってるのは間違いねえ。あんたたち、魔法使いなんだろ?俺は野良ガーディアンとは言ってもひよっこで、アニキに歯なんか立ちやしねえんだ。こんな頼みごとをするなんて情けねえ限りだが、本当にお願いだ。アニキたちを止めてくれ!」
「分かりました。私たちに任せてください!」
イグニスたちの力強い返答に団員は安心したようだった。イグニスたちは団員を置いてすぐさま走り出した。
「闘技場の明かりがアヴォリオさんたちの仕業だったなんて……。一体どうしてなんだ?」
走りながらリヴィエルが問う。イグニスもネージュも、同じ疑問を頭の中に浮かべていた。
「分からないけど、とにかく止めに行くしかないわ。マッキナたちの身も危ないもの」
「ああ、とにかく今は急ぐのみだ」
三人はすでに閉ざされた魔法技術研究機構の門を軽々と飛び越えると、敷地内に侵入し闘技場へと全速力で駆けた。




