第4話 サイボーグ、またはオートマタ
イグニスは今、甲殻魔法を操る恐るべき魔族と向かい合っていた。彼は、ホマルスがガーディアンたちを相手している隙に物陰から抜けだし、乱闘の続くこの地に躍り出たのである。この体でも火炎魔法が使えそうであることは、物陰ですでに確認済みであった。
「あれはさっきのお嬢ちゃんじゃないか!」
「四大勇者のイグニス……?そんなまさか……」
意識を取り戻したガーディアン数人が、イグニスの姿とその名乗りに驚愕を露わにする。どうやら彼らも、四大勇者であるイグニスの名を知っているらしい。
すると、ホマルスがこれまでよりも一際大きな笑い声を上げた。
「アッハハハハハハハハ!!!!四大勇者のイグニスですって?かわいそうにこのお嬢様は、あらぬ妄想に取り憑かれているようだ!さっさと始末してあげましょう」
ホマルスの嘲笑にイグニスは動じない。この姿では信じてもらえないのも当然だ。ホマルスが攻撃態勢へと入るより先に、彼は胸の前で腕を交差させる。そして掌をホマルスの方へ向けて、落ち着きを払いながら唱えた。
「火炎魔法発動。『煉獄掌』……!」
イグニスの小さな掌から、瞬時に赤黒い炎が噴出した。周囲のガーディアンたちからまたもや驚きの声が上がり、ホマルスも身構えてイグニスの手を凝視する。炎が手にまとわりつくと、イグニスは掌を握りしめて拳に変え、ホマルスに言った。
「悪いが妄想ではなく、確かに俺はイグニスだ。なぜこんな姿になってしまったのか、俺にも分からないがな。もしや、貴様ら魔王軍の仕掛けた魔法の類いか?」
「ほう……火炎魔法使いだというのは本当のようですね。しかし、ワタクシはそんなこと存じ上げません」
ホマルスは首を横に振る。そして、続いたホマルスの言葉に、イグニスは衝撃を受けることとなる……!
「何しろ、四大勇者など500年も昔に、魔王様によって滅ぼされたはずですからね!」
イグニスはこれまでで最も激しく混乱した。四大勇者が魔王に滅ぼされた……?500年も昔に……?馬鹿な。この魔族は一体何を言っているのだ。第一、自分は今ここに生きている。くだらない嘘だ。彼は次々と湧き上がる疑問や困惑を振り払うように言い放った。
「そんな嘘が俺に通用すると思ったか?無理にでも真実を吐いてもらうぞ!」
そして火炎をまとう両拳を振るい、イグニスは飛び上がる。
「アハハハ!生まれ変わりか何かだろうが、ただの妄想狂だろうが、殺してしまえば同じ事!」
ホマルスも迫り来るイグニスへ向けて腕を伸ばし、掌を向ける。
「『亀甲障壁』!」
先ほどと同じように、ホマルスの掌の前方には亀の甲羅形の透き通る障壁が出現。イグニスの接近を阻む。だがこれは先ほどイグニスも物陰から確認しており、予想済みである。彼はそのまま勢いを殺さず、障壁に向けて渾身のパンチを繰り出す。
「『灼熱無双打撃』!」
ホマルスの障壁とイグニスの燃え上がる拳が激突!衝撃で周囲にすさまじい熱波が巻き起こる。思わず腕で顔を覆うガーディアンたち。
「『甲殻突破』!」
そしてすかさず攻撃に入るホマルス。だが、これもイグニスは予想済みだ。障壁が動き出すその時、彼も次なる攻撃に入る。
「『灼熱無双連撃』!」
瞬間、イグニスの両腕が目にもとまらぬ高速で動き始めた!常人には到底不可能な速さで連続パンチを繰り出し、障壁の動きを押さえつけているのだ。そしてこのまま障壁を破壊するか押しのけるかしようという算段である。
拳から噴出する炎が、パンチの威力を倍増させている。彼の拳と障壁の接点から爆風が吹き荒れ、周囲のガーディアン、そしてさらに遠くで戦闘を繰り広げる者達をも吹き飛ばす。
「何ッ……。先ほどのガーディアン様たちのようにはいきませんか」
これにはホマルスも驚きを隠せない。
しかしどうだろうか。イグニスのパンチの速さが徐々に落ち、障壁に押され始める。
そしてついに彼は右斜め後方へと素早く飛び退いた。障壁が抗う力から解放され、イグニスのすぐ左をかすめて勢いよく吹っ飛び消滅する。
イグニスは平静を装って再び身構えたが、心の中では焦りを覚えていた。普段に比べて明らかに戦闘力が落ちている。
あの甲殻魔法は恐らく大気魔法の一種であり、障壁は大気を瞬間的に圧縮することで生み出されたものだろう。元の体ならば容易く突破できたはずだ。この体に慣れていないことが原因なのか、それともこの体自体の非力さが原因なのかは分からない。とにかく現状では、力によるごり押しでホマルスを倒すことはできないだろう。
彼が思考を巡らせ、次の一手を探っていたその時であった。
「おい、あいつの手を見てみろ!」
「あの手は……!」
吹き飛ばされたガーディアンたちが起き上がり、イグニスの方を見て口々に叫び始めた。手が一体何だというのだ?イグニスは自らの手に視線を落とした。そして、自身の目を疑った。これで三度目である!
「何だ……これは……」
炎に包まれたイグニスの手は、手首から先の皮膚の一切が焼け落ちていた。彼ほどの使い手ならば本来、自身の火炎魔法で体を焼くことなどないはずだ。
だが、彼の目に映ったのはそれより遙かに異様な光景だった。焼けた皮膚の下から露わになっていたのは、銀色に鈍く光る機械の手であった!
彼は自分の手に起こった異常に気を取られていた。それが命取りとなった。
「『甲殻挟撃』!」
「何ッ……グワァッ!!」
ホマルスの声と共に、イグニスは透き通る巨大なカニバサミによって胴体を挟み込まれ、宙に持ち上げられてしまったのだ!障壁と同じ方法で生み出した物だろう。
「うぐぐぐぐッ……」
イグニスはハサミから逃れようともがくが、びくともしない。ハサミはむしろ力を強めるばかりである。
「アッハハハハ!隙ありですよ、自称勇者のお嬢様。その機械の腕……。サイボーグかオートマタでしょうか?いや、魔法が使えるので恐らくサイボーグですね。どちらにせよ、アナタは結局まがい物のようだ!」
サイボーグ……?オートマタ……?またしても知らない言葉が増えた。この機械の手と関係があるのだろうか?この体は一体どうなっている?
度重なる異常により乱れる心。ハサミに拘束され、身に迫る危機。イグニスは心身共に限界を迎えていた。
「教えろ……。サイボーグ、そしてオートマタとは何なのだ?」
イグニスは機械がむき出しの手で必死にハサミを押さえつけながらホマルスに問う。
「おやおや、ご存じないのですか。サイボーグは機械で体を改造した人間、オートマタは人間を模した機械人形ですよ。どちらも、機械仕掛けのオモチャのような取るに足りない存在です。さあさあ、この知識を冥土の土産になさい。勇者気取りの妄想はもうおしまい。アナタもこれでガラクタの仲間入りですよ。アッハハハハハハハハ!」
ホマルスが笑いながら右腕を掲げた。すると、ハサミの力が一段と強くなる。ハサミを押さえるイグニスの腕はもう限界だ。このまま彼はスクラップにされてしまうのか……?
いや、彼が諦めかけたその時であった。
「『虚空旋風刃』!!」
「アッハハハハ……グワァァァァッ!!!!」
突然響き渡った若い女性の声と共に、ホマルスの笑い声は叫び声に変わった。背後から不意に空気の刃が飛来し、彼の背中を切りつけたのだ。イグニスを挟むカニバサミが消滅し、彼は解放されて着地する。
「隙ありですよ、このエビ頭!」
イグニスとホマルスは声の方を見やった。そこには、両手にそれぞれ刀を握りしめた、ショートカットの黒髪の若い女性が仁王立ちしていた。ガーディアンにしては随分と軽装である。彼女は翡翠色の大きな瞳で、膝をつくホマルスを睨みつけていた。
「ガーディアン……?いや、恰好が違う。何者ですか!」
「貴方は一体……?」
ホマルス、そしてイグニスが同時に問う。突如乱入した正体不明の女性は、ホマルスに刀の切っ先を向けて名乗った。
「私は野良ガーディアン、大気魔法使いのネージュよ!」