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第29話 過去、そして憎悪

 イグニスがマッキナに勝利した日の夕方のことだった。テラシティ最外周部に設けられたとある広場に、アヴォリオが佇んでいた。彼は午後から団員と特訓を行った後、飲み物を買いに行くなどと適当な言い訳をしてこの地に足を運んでいたのだ。


 今、彼の目の前には大きな石碑が建っている。そこには「オートマタ大反乱による死者の慰霊碑」と刻まれていた。広場の中には彼以外誰もいない。アヴォリオは夕日に照らされながら、神妙な顔つきで慰霊碑を見上げていた。


 アヴォリオは上着の内ポケットから、一枚の紙切れを取り出す。四つ折りに畳まれたその紙切れを開くと、それは写真だった。正規ガーディアンの鎧を着たアヴォリオと他数名の人々が肩を組んで笑っている。アヴォリオは写真に映った者達の顔を眺めると、静かに呟いた。


「すまねえな、お前ら。またオートマタなんかに負けちまったよ」


 彼は自嘲的な笑みを溢す。団員の前ではどうということはなさそうに振る舞っていたが、やはりマッキナに敗北したことが非常に心残りだったのだ。


 アヴォリオはひとしきり写真を眺めた後、また丁寧にそれを畳んでポケットにしまい込み、踵を返した。その時のことであった。アヴォリオが、背後に何者かが立っていることに気付いたのは。


 アヴォリオは驚いて思わず体を硬直させる。背後に立っていたのは、黒い帽子に黒いコートを着た全身黒づくめの痩せた男だった。帽子のつばに隠れて目元が見えず、なんとも不気味である。


「誰だ、てめえは」


 アヴォリオは警戒しながら低い声で問う。写真に見入ってしまって、背後からの人影の接近に気付かないとは、なんという不覚だろうか。


 アヴォリオが睨みつけていると、男は静かに顔を上げた。その顔はまるで死人のように青白く、若者にも老人にも見える奇妙な顔つきだ。目は赤黒く渦巻いており、見つめていれば吸い込まれてしまいそうだ。


 男は気味の悪いしゃがれ声で答えた。


「私の名はドロススだ。君がアヴォリオだね?」


「ああ、そうだ。だが俺に一体何の用だ」


 警戒を解かず、今にも殴りかかりそうなアヴォリオをよそに、ドロススと名乗った男は続ける。


「まあ、話を聞いてくれたまえ。君は今日の昼、魔法技術研究機構の作った新型オートマタに敗北したそうだね。さぞかし悔しかったことだろう。……何しろ、君はガーディアン時代にオートマタのせいで仲間の命を奪われているからね」


「貴様、なぜそのことを……!」


 アヴォリオは驚愕する。ガーディアン時代にオートマタが原因で仲間の命を奪われた。そのことは、アヴォリオが今慰霊碑の前に立っていることから推測できることだろう。だが、昼間にマッキナに敗北したことまでなぜ知っている?そしてアヴォリオがこの場所に足を運んだ理由までなぜ見透かされている?もしやこのドロススという男は、昼間からずっとアヴォリオを観察し続けていたとでもいうのか?


 しかし、ドロススはそれでも理由が付かないくらい詳細なアヴォリオの過去を語り始める。


「5年前、テラシティで大規模なオートマタの反乱があった。ガーディアンであった君も、反乱を鎮めるためにオートマタと戦わなければならなかった。しかし、君は相手のオートマタに同情し、油断してしまったんだろう。そのせいで大切な部下や同僚たちが命を落としてしまった。反乱の鎮圧後、君は仲間の死の責任を取ってガーディアンを辞めた。そして野良ガーディアンとなった今も、自分自身を責め、オートマタを恨み続けている……」


「き、貴様ッ!!」


 なぜドロススがそんなことまで知っているのかは分からない。だが、ほとんど人に話していなかった過去を掘り返されたことにアヴォリオは激しい憤りを覚える。彼はたまらなくなって衝動的にドロススへと殴りかかった。  


 しかし、ドロススはその場から一歩も動かず、アヴォリオの拳を片手で軽々と受け止めてしまった。そして奇妙なことに、ドロススの手に掴まれた瞬間、アヴォリオの腕は急速に力を失ってしまった。アヴォリオが困惑していると、ドロススは両手をアヴォリオの肩に置いて、彼の目をのぞき込んだ。アヴォリオはその目に釘付けになってしまう。


「なに、私は君を不快にさせるつもりはないのだよ。ただ、君を救いたいだけなんだ。君は過去のことで自分自身を責めている。……だが、本当はその必要など全くない。なぜって、全てオートマタが悪いのだから。オートマタが反乱を起こさなければ、君の仲間は死なずに済んだ。君は何一つとして悪くない。全てオートマタが悪いのだよ」


 ドロススの赤黒い目を見つめ続けるうち、アヴォリオはドロススが言っていることが全て正しいかのように思えてきた。そして今、アヴォリオの内心ではオートマタに対する憤怒と憎悪がふつふつと沸き上がり始めていた。


「そうだ……全てオートマタが悪い。オートマタさえいなければ……」


 うわごとのように呟くアヴォリオを見て、ドロススは笑いながら続ける。


「分かってくれたみたいだね。そして、思い出してごらん。君が昼間に戦って敗北したオートマタのことを。魔法が使えて、しかもあれほどの実力を持っている。あんなものがもし反乱を起こしたら、一体どうなる?」


「また仲間が死ぬ……あの時のように……俺の大切な団員たちが……」


「その通りだ。あんなものはすぐにでも破壊しなければならない。そして君はオートマタに復讐し、死んでいった仲間の無念を晴らすのだ。しかもそれは今の君の仲間たちや他の大勢の人々を守ることにも繋がる。良い考えだと思わないかね?」


「ああ、そうだ……俺はあのオートマタを破壊しなければ……皆を守らなければ……」


 アヴォリオはドロススの口車に完全に乗せられていた。ドロススの話すことが全て正しく、素晴らしい提案であるように思える。ドロススはその様子に満足したような笑みを浮かべている。


「その意気だ。もちろん私も協力しよう。私が手を貸せば、君と君の仲間たちの力でマッキナを倒し、魔法が使えるオートマタの開発を中止するよう魔法技術研究機構に要求することもできる。決行は今夜だ。まずは一緒に、君の仲間たちの元へ向かおう」


「ああ、ありがとう。お前さんのおかげでやっと無念を晴らせそうだ」


 ドロススの言葉に、アヴォリオは心からの感謝を伝える。二人は共に広場を出て、鉄牙団の拠点へと向かっていった。


「あのマッキナとかいうオートマタめ。今度こそ俺がこの手で破壊してやる……!」


 決断的にそう呟いたアヴォリオの目は、ドロススと同じ赤黒に染まっていた。


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