第28話 決着、そして決裂
イグニスは血の気の引くような感覚を覚える。何と迂闊だったことか。マッキナはただイグニスに押されているだけではなかったのだ。押されながらも、金属球をイグニスの背後に忍ばせ、絡みつかせる隙を窺っていたのである。
対処する間もなく、イグニスは腰にはめられたベルトに引っ張られ、後方へと吹き飛ばされていた。
「フラムーーーーッ!!!!」
ネージュの叫びが木霊する。瞬く間に絶体絶命へと陥り、宙を舞うイグニスの体感時間は何倍にも引き延ばされていた。
このまま自分は敗北するのか?そうすれば、マッキナを仲間にする機会を失ってしまう。それに、自分が最終的に倒すべきは魔王なのだ。こんなところで敗北している場合ではない!
決意を固め直したイグニスの掌の中に、瞬時に火球が生み出される。宙を舞いながら、イグニスは渾身の力で火球を射出する!
「『熱殺火球』!」
態勢を立て直したマッキナの元に、火球が迫る。マッキナは盾を使い余裕で火球を受け止める。所詮は苦し紛れの攻撃だ。イグニスの体は今や試合場の反対の端を越えようとしている。
だが、マッキナが勝利を確信したかのように盾を収縮させたその時!
「ぐああああッ!!!!」
突如マッキナの頭上からもう一つの火球が降りかかったのだ。避ける暇もなく、マッキナの体に火球が直撃!実はイグニスは直線的な軌道で一つの火球を飛ばすと同時に、上方へと弧のような軌道を描くもう一つの火球を放っていたのだ。正面から迫る火球に気を取られ、マッキナは頭上から落ちてくるもう一つの火球に気付かなかったのである。
「流石フラムだわ!」
「やはり彼は本物だよ」
ネージュとリヴィエルが感嘆の声を漏らし、デレガートは悔しそうに歯がみする。
マッキナが攻撃を受けた瞬間、イグニスの腰に巻き付いた金属ベルトは液体のように溶け出し、彼は解放された。試合場の枠のぎりぎりの所に、イグニスはなんとか着地する。
マッキナは火球による不意打ちに怯んでいる。決着をつけるなら今しかない。イグニスはマッキナへと全速力で走りながら、手の中で巨大な火球を作り出す。
「『熱殺恒星』」
それを見たマッキナも、すぐに周囲の金属球を集めると、火球を防ぐべく特大の盾を作り出す。
「『鉄塊城壁』!」
イグニスが両手で投げつけた巨大な火球と、マッキナが作り出した巨大な盾がぶつかり合う!イグニスの火球は盾にぶつかっても消滅するどころか大きさを増している。イグニスは歯を食い縛り、全身全霊をかけてマッキナを吹き飛ばそうとする。そしてマッキナも全力で攻撃を防ぎきろうとする。火球が放つ熱波と衝撃波が闘技場全体を包み込む。
じりじりとマッキナの盾が押され始める。少しずつ、マッキナの体に限界が迫っているのだ。イグニスはその気配を感じ取り、咆哮と共に最後の力を振り絞って火球を押し出す。
「うおおおおおおおおッ!!!!」
そしてついに、マッキナは盾ごと後方に吹き飛ばされた!
「ぐああああああああッ!!!!」
マッキナは場外の床へとたたきつけられ、盾は液体のように飛び散って崩壊する。火球は闘技場の壁に衝突し、凄まじい衝撃と共に爆散した。
「しょ、勝負あり!挑戦者のフラムさんの勝利!」
審判が驚愕を露わにしながら叫ぶと、イグニスは力を使い果たし、膝をついてその場に座り込んだ。
「やったあ!フラムが勝った!」
「はあ……良かった。一時はどうなるかと思ったよ」
ネージュは喜びのあまり飛び上がり、リヴィエルは安心したように胸をなで下ろした。
「ば、馬鹿な!マッキナが……マッキナが負けるなんて……」
デレガートは絶望の声を漏らし、倒れ込んだマッキナへと慌てて駆け寄る。
「マッキナ!大丈夫か?しっかりするんだ!」
デレガートに揺さぶられ、マッキナはゆっくりと目を開けた。
「デレガートさん……ごめんなさい。負けてしまいました」
「ああ……マッキナ、良かった……」
マッキナが謝罪すると、デレガートはほっとしたような笑顔を溢した。
イグニスとマッキナはそれぞれ立ち上がり、試合場の中央へと歩み寄った。二人は向かい合うと、笑顔で握手を交わした。イグニスが口を開く。
「良い勝負をさせてもらいました。ありがとう。この後、ぜひいろいろとお話しさせていただきたい。お時間に差し支えなければで良いのですが、よろしいですか?」
「ええ、いいですよ。デレガートさんからお許しをいただけるなら。あなたは私を初めて倒した方ですから、私もお話がしたいです」
マッキナの返答に、イグニスは安堵を覚える。これで何とかマッキナと話す機会が得られた。あとは魔王討伐に協力して貰えるかだ。
その後ロビーに戻ったイグニスは、ネージュとリヴィエルに迎えられた。ネージュは満面の笑みを浮かべ、早速イグニスに抱きつく。
「フラム、おめでとう!やっぱりあなたは格好良かったわ」
「流石だよイグニス。マッキナと話をする機会は得られたのかい?」
ネージュに抱きしめられながら、イグニスはリヴィエルの問いかけに頷く。
「ああ。マッキナ自身は了承してくれたから、あとは研究員の判断次第だろう」
三人が話をしていると、その背後から研究員が現れた。彼はイグニスの顔を確認し、声をかける。
「あなたが、さきほどマッキナに勝利されたフラムさんですか?」
「あ、はい、そうです」
イグニスは慌ててネージュを引き離し、口調を取り繕いつつ答える。研究員は続ける。
「開発チームのデレガートさんとマッキナがお呼びでございます。そちらのお二人はお連れ様でしょうか?でしたら、ご一緒にどうぞ」
三人は顔を見合わせると、笑顔で頷いた。どうやらデレガートの了承が得られたようだ。三人は研究員に案内され、闘技場の奥にある関係者用のフロアに通された。研究員に続いてある一室に足を踏み入れると、そこにはデレガートとマッキナが待っていた。
デレガートはイグニスの姿を見るなり、あからさまな作り笑顔を貼り付けて口を開いた。
「フラムさん、本当におめでとうございます。まさかあなたのような年少の方がマッキナを打ち破るとは!」
口ではイグニスを賞賛しているが、デレガートの口調からは強い悔しさや憎しみ、妬みなどを必死に押し殺していることが読み取れる。イグニスは苦笑しながらも謙遜の言葉を返す。
「ありがとうございます。ですが私もあと少しで敗北するところでした。勝利できたのは苦し紛れの攻撃が偶然当たったからに過ぎません」
「そんなことありませんよ!あなたはまさに若き才能、期待の新人といったところだ。これからの活躍が楽しみですよ。さあ、三人ともこちらのお席に座りなさいな」
デレガートに促され、三人は席に座った。デレガートとマッキナも続いて着席する。
「さて、まず私どもから賞金を贈呈したいと思います。50万オーロになります。どうぞお受け取りくださいな」
デレガートは小脇から金属製のケースを取り出し、イグニスに差し出した。ネージュが驚愕の声を漏らす。
「ご、50万オーロ!?そんな大金貰って良いの?」
「もちろんです。最初から勝者に贈呈すると決めていた金額ですので」
デレガートは当然のように答える。
「あ、ありがとうございます」
イグニスは恭しくケースを受け取ると一礼した。実際にはリヴィエルに莫大な財産があるので貰わなくても問題はないのだが、そのような余計なことはもちろん話さない。
賞金の贈呈が終わると、デレガートは身を乗り出して話を切り出した。
「さて、早速ですがいろいろとお話を聞かせていただきたい。あなたたちは一体何者で、マッキナを倒すほどの実力をどのように身に付けたのか……」
するとネージュがこれまでの経緯について説明を始めた。とはいえ、リヴィエルと初めて会ったときにイグニスが犯したような過ちは繰り返さない。
イグニスの正体は伏せ、ネージュの妹であると説明した。野良ガーディアンのネージュと、その友人でガーディアン養成学校の教官を務めているリヴィエルに幼い頃から魔法を教わり、才能が開花した……ということにしておいた。そして今は魔族とも戦えるよう、三人で鍛錬を続けている。この説明で、デレガートとマッキナは納得した様子だった。
そして今度はデレガートが話す番になった。デレガートはマッキナの開発にかけた苦労や今後の展望について熱く語った。
「そもそもオートマタが魔法を使えないのは、体内に持つ魔法を自動的に全て動力に変換してしまうからなのです。そこで私どもは魔法動力源に改良を加えることによって……」
イグニスとリヴィエルは真剣に話を聞いていたが、ネージュは今にも居眠りを始めそうだった。
話を聞く限り、彼は四大勇者テラの能力を持つマッキナに心酔しているようだった。時には、マッキナを倒したイグニスに対し、遠回しに嫌味を言うこともあった。とにかく彼がマッキナにかける情熱は強く伝わってきた。
「今後はガーディアン本部と交渉してマッキナを正規ガーディアンの一員に加え、指揮を執らせるつもりです。四大勇者テラの力を持つマッキナならば、魔族をも圧倒することができるでしょう。それに、テラが再来すればガーディアンの士気も上がるし、ガーディアンや魔法技術研究機構の広告塔にもなります。」
だが、熱弁を振るうデレガートとは対照的に、マッキナは終始黙ったままだった。イグニスはマッキナの様子に気付く。得意げに話すデレガートの横で彼女は俯き、その表情は曇っている。イグニスはマッキナの内心を何となく察することができた。
デレガートが一通りのことを話し終えて満足した後、イグニスたちはとうとう本題を切り出すことにした。そう、魔王討伐についての話題である。イグニスは少し緊張しつつも口を開いた。
「あの……一つ、デレガートさんとマッキナさんにお願いしたいことがあるのです」
「ほう。一体それは何ですか?」
デレガートが興味ありげに身を乗り出し、マッキナも意外そうにイグニスを注視する。
「実は私たち、魔王討伐を目指して鍛錬を続けているんです。魔王から地上を取り戻したいというその一心で」
「何、魔王討伐!?それまた無謀な!」
イグニスの言葉に、デレガートとマッキナは仰天する。イグニスは構わず続ける。
「はい。無謀と思われても仕方ありません。500年前の四大勇者さえ、魔王に敗北したのですから。ですが、私たちは確信しています。私たちの他に実力の高い魔法使いたちを集めることができれば、必ずや魔王軍に対抗することができると。そこでマッキナさんには、私たちの魔王討伐に協力していただきたいのです。デレガートさんには、どうかそのことをお許しいただきたい」
イグニスたち三人は真剣な眼差しでデレガートとマッキナを見据える。
「わ、私が……?」
マッキナがまるで夢でも見ているかのように呟く。しかしデレガートは血相を変えると、三人に向かって怒鳴った。
「何を馬鹿なことを!そんな突飛な話に誰が乗るというのです?マッキナに勝利したからといって調子に乗るんじゃありませんよ!私はさっきお話ししましたよね?テラの能力を再現するために多大な労力をかけたのだと!マッキナは簡単に量産できるようなオートマタではないのです!出会ったばかりの人間に、易々と差し出すものですか!」
「おっしゃるとおりです。しかし、どうか分かっていただきたい。私たちは本気なのです」
「馬鹿馬鹿しい!マッキナと対戦したのも、その酔狂な計画にマッキナを引き込むためですか!もう話していられない!マッキナ、こんな人たちを相手にしている場合じゃありません。さっさと行きますよ!」
デレガートは憤怒の表情でイグニスたちを睨みつけると、マッキナの腕を強引に引っ張って立たせ、部屋の外へと出ていってしまった。イグニスたちは引き留めることもできず、去っていく二人の背中を見つめていた。
だが、デレガートに引っ張られて部屋を出て行く直前、マッキナが何かを訴えかけるような目でこちらを振り向いたのを、イグニスは見逃さなかった。




