旧 第30話 黒幕、そして肉薄
「魔王軍……『四凶』……?」
リヴィエルが呆然と呟く。『四凶』とは、魔王軍の中でもトップクラスの実力を持つ四人の幹部のことだ。もちろんイグニスも500年前に戦ったことがあるが、ドロススと名乗る目の前の魔族とは初対面である。
マッキナの盾になりながら、イグニスが問う。
「貴様、なぜここに突然現れたのだ!」
すると、ドロススは笑いながら答えた。
「フハハハ!なぜって?それは、君たち三人が私の作戦の邪魔になるからだよ。そこのマッキナというオートマタには、引き続き立てこもりを続け人間側の憎悪の的になってもらう必要があるのだ。だから君たちには消えて貰わなければならない」
「何を……それは一体どういうこと?」
ネージュが困惑の声を漏らすと、ドロススは怪しい笑みを浮かべながら説明を始めた。
「いいだろう。教えてあげよう。君たちはどうせこの後消されるのだからね。私はテラシティを掌握するために、人々がオートマタに対して抱えている不安を利用したのだよ。そこのマッキナというオートマタが完成すると同時に、特大の暗黒魔法によって人々の負の感情を増幅させ紛争へと発展させた。そうしてテラシティが消耗しきったところに一斉攻撃を仕掛けて陥落させようという計画だったのだ。だがそこに、君たち三人の邪魔が入ってしまってね。このままではマッキナが懐柔されてしまう。そこで、私が直接君たちを始末しに来たというわけなのだよ」
「そんな……みんなあなたの掌で踊らされていたとでも言うんですか……?」
マッキナは先ほどまでの怒りを忘れて絶句している。そしてイグニスは憤怒の目でドロススを睨みつけた。
「つまり、テラシティの紛争の黒幕は貴様というわけか」
イグニスの言葉に、ドロススは高笑いを上げる。
「フハハハハ!黒幕とは大仰な。あくまでも、紛争の火種は人間の中にすでに存在していたオートマタへの不安感、そしてマッキナたちオートマタの反抗心なのだからね。私はその火種に魔法で燃料を加えて、テラシティ全土を巻き込むほどの紛争に仕立て上げただけなのだよ」
ドロススの得意げな口調は、イグニスたちの怒りをさらに燃え上がらせる。
「人々の心を弄ぶなんて、許せないわ……」
「なんて卑劣な!」
ネージュとリヴィエルが叫んで身構えると、イグニスも背後のマッキナを振り返って言う。
「マッキナ、今は争っている場合ではない。俺たちと共に、あの魔族と戦ってくれないか」
その言葉にマッキナは一瞬の迷いを見せたものの、すぐに固く強く頷いた。それにイグニスは安心を覚えると、再び険しい表情でドロススへと向き直った。
「これ以上貴様の好きにはさせない。覚悟するがいい!」
イグニスの言葉に、ドロススはますます口角をつり上げる。
「フハハハハハ!意気込みだけは一丁前だ。さあ、自信があるならば精々足掻いてみるがいい!」
「水流魔法発動。『氷柱刺突』!」
リヴィエルがすぐさま氷柱を生み出し、ドロススへと投げつける!しかしその時、ドロススの姿が影のようにぼやけ、一瞬にして消滅してしまった。さきほどまでドロススがいた空間を通り抜け、氷柱は壁に当たって粉砕する。
「何ッ!」
「フハハハハ!この私にそんなに容易く攻撃を当てられるとでも思ったかね?」
ドロススの笑い声が突如頭上から響き渡る。見ると、ドロススは巨大な翼をはためかせながら、廃工場の天井付近に浮かんでいるではないか。彼は影のように自身の体を消失させ、別の場所に転移する能力を持っているようだ。
「『熱殺火球』!」
「『虚空旋風刃』!」
「『念動雷槍』!」
イグニス、ネージュ、マッキナが続けざまにドロススに向けて攻撃を放つが、ドロススは転移を繰り返し易々と回避していく。そして、攻撃を回避しながらドロススは唱える。
「暗黒魔法発動。『傀儡操作』!」
暗黒魔法と聞いて、イグニスは焦りを覚える。暗黒魔法とは、魔族の中でも限られた者しか使えない魔法系統だ。当然、人間は使用することができない。やはり『四凶』ともなれば格が違うというわけか。
ドロススが唱えると同時に、倒れ伏していたガーディアンや研究員、オートマタたちが糸で操られたように起き上がり、イグニスたちへの攻撃を開始する。どうやらドロススが使ったのは人間やオートマタの体を操る魔法のようだ。もしかしたら、共鳴魔法の一種かもしれない。四人は操られた人々にやむなく対処する。
「『暗黒瘴球・散弾!』」
そして頭上からは、ドロススが放つ影の塊が大量に降り注ぐ!イグニスたちは焦燥に駆られる。これではさっきマッキナと戦った時に状況が逆戻りだ。しかも、ドロススが放つ暗黒球の攻撃速度はマッキナよりも熾烈だ。
「くッ、鬱陶しいわね!『虚空旋風刃』!」
操られたオートマタの攻撃を躱した直後、ネージュが上空のドロススへと空気の刃を飛ばす。だが、またも転移により回避されてしまう。彼の上げる笑い声がますますネージュを苛立たせるが、平常心を失うわけにはいかない。
しかし、このままでは埒があかないのも明白だ。さっきとは違い、今回のオートマタたちはドロススによって無理矢理操られている。ただ吹っ飛ばすだけでは戦闘不能に追い込むことは不可能なのだ。ならば、やはりドロススを直接叩くしかない。
「『灼熱無双連撃』!」
高速パンチでオートマタの大群を吹っ飛ばしたイグニスの元に、別のオートマタの攻撃を躱したマッキナが転がり込んできた。先ほどはイグニスを拒絶していたマッキナだったが、今回はそんないがみ合いをしている場合ではない。二人は背を合わせ、周囲に迫り来るオートマタたちを睨みつけて身構える。
イグニスは歯を食いしばる。このままではいつまで経ってもドロスス本体を叩くことができない。そして自分たちは消耗を強いられ、弱ったところをドロススにとどめを刺されるだろう。あたかもドロススがテラシティに向けて行なった作戦と同じように。どうすればこの状況を打開できる……?
マッキナがオートマタに向け金属球を発射したその時、イグニスは閃いた。さきほどマッキナは自分の腕に手枷をはめ、念力で吹っ飛ばした。その力を利用すれば、上空にいるドロススを直接叩けるかもしれない!
「マッキナよ、さきほど俺に対して『束縛輪環』という魔法を使っただろう。あれをもう一度俺に対して使ってくれ」
「そ、それは一体どういうことですか?」
「上空にいるドロススの所まで吹っ飛ばして欲しいのだ。そうすれば、ドロススに直接攻撃を加えられるかもしれん」
イグニスの妙案を聞き、マッキナは心底意外そうな表情をしたが、すぐに真剣な目で頷いた。
「分かりました。やってみます!」
二人は左右から襲ってきたオートマタの波を同時に吹っ飛ばした。そして直後の隙に、マッキナが唱える。
「『束縛輪環』!」
その言葉と共に、倒れ伏したオートマタたちの方から金属球が飛来し、イグニスの腰にベルトのように変形して巻き付いた。そして次の瞬間、イグニスの体はマッキナの念力によってベルトごと上空へ吹っ飛ばされる!そして、宙に浮かびながら悠々と暗黒球を生み出し続けるドロススへと肉薄する!
「『灼熱無双打撃』!」
「な、何ッ!」
ドロススはすぐさま影となってイグニスの後方へ転移したが、明らかに動揺しているのが見て取れた。そして、ドロススの転移先には、ネージュが放った空気の刃が容赦なく迫っていた。
「グワァッ!」
動揺により対処が遅れ、空気の刃を腕に受けるドロスス。イグニスとマッキナはドロススの態勢が崩れたのを見逃さない。天井の支柱に掴まった状態から、すぐさまドロススへと殴りかかる!
「『灼熱無双打撃』!」
「グワァッ!ば、馬鹿な!」
燃え上がる拳が腹部に命中し、吹っ飛ばされた後にすぐ転移するドロスス。彼はさっきまでの余裕はどこへやら、取り乱した様子でイグニスへと指を突きつける。
「貴様、飛べるというのならこちらまで来てみるがいい!」
そう言うと、ドロススは影となって再び消滅した。しかし、廃工場内のどこにも現れない。
「どこへ行ったっていうの?まさか逃げる気?」
空気の刃でオートマタを切り裂いた後、ネージュが忌々しげに叫ぶ。
「おそらくは廃工場の外だろう」
天井の支柱に掴まりながらイグニスが言うと、リヴィエルが叫んだ。
「このオートマタたちは僕とネージュに任せろ!イグニス、マッキナ、奴を頼む!」
その声に、イグニスは頷く。
「分かった。マッキナ、引き続き俺を飛ばしてくれ」
「分かりました!」
マッキナの声と共に、イグニスは飛び上がり、拳で天井を突き破る。そして、廃工場の傾斜した屋根の上に降り立った。見渡す限りの曇り空が彼を迎え入れる。彼が見上げると、ドロススは廃工場の上空に翼をはためかせながら浮かんでいた。
「フハハハハ!君はなかなかやるようだ。特別に一対一で戦って貰おう」
「いや、残念だったな。こちらにはもう一人いる」
イグニスがそう言うと、先ほどイグニスが突き破った穴から、マッキナが飛び上がって屋根に着地した。彼女は金属球を紐状に成形して天井に引っかけ、ここまで上がってきたのである。
「フン。そのオートマタか。まあいい。どうせ君たちを蹂躙した後に、特級の魔法をかけて傀儡にすればよいのだ。さあ、かかってくるがいい!」
「良いだろう。『灼熱無双打撃』!」
イグニスは燃え上がる拳を振り上げると同時に、マッキナの念力によってドロススへと飛び上がる!




