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第22話 兄、そして責任

 三人はソルを引っ張りながら、これから行くはずだった喫茶店へと場所を移した。到着する頃には、ソルはさっきまでとは打って変わって落ち着いた様子になっていた。


「じゃあ、あなたとその……エストレヤちゃんに何があったのか、教えてもらえる?」


 ネージュは運ばれてきたお茶をすすりながらソルに尋ねた。ソルはぽつりぽつりと話し始める。


「はい……。俺とエストレヤは、イグニスシティで二人きりで生活していました。両親は数年前に亡くなって、俺がずっとエストレヤの面倒を見ていたんです。俺もエストレヤもガーディアンを目指していました。俺は養成学校に通っていて、エストレヤももうすぐ入学するはずでした。……しかしある日、公園でエストレヤと一緒に火炎魔法の練習をしていたら、俺の火炎魔法が間違ってエストレヤに直撃してしまって……」


 そこでソルは言葉を切った。その目は潤み、膝に乗せた拳は震えている。リヴィエルがハンカチを差し出すと、ソルは一礼して受け取り、目頭を押さえながら話を再開した。


「……エストレヤは大火傷を負ったんです。すぐに病院に運ばれたんですが……助からないと言われました。どんな方法でも良いから助けて欲しいとお願いしたら、病院から提案されたのは……エストレヤそっくりのオートマタを作って、脳だけをそこに移植することでした。それがエストレヤにとって幸せかは分からないけど、どうしても助けたかったから……俺は両親の残してくれた貯金をほとんど使って、家にある高価な物も全部売って、学校も休んで働き始めて、病院の提案に応じたんです。移植は成功しました。でも……でも……オートマタになったエストレヤは目覚めませんでした。何日経っても……。俺はエストレヤが死んだとは思えなくて、ずっと部屋のベッドに寝かせていました。でも、ある日突然エストレヤはいなくなって……」


 そこでソルは再び言葉を切り、ハンカチで顔を覆うと嗚咽を漏らした。


「全部俺のせいなんだ……。エストレヤがこんなことになったのは全部、俺が悪いんだ。ああ、ごめんよエストレヤ!こんなお兄ちゃんを許してくれ……うわああああーーーーッ!!!!」


 喫茶店内で人目もはばからず泣き叫ぶソル。店内の人々が驚いたようにソルを見やるが、事の顛末を聞いてしまった三人は止めることなどできなかった。三人は心を痛めながら、ソルが落ち着くのを待った。


 イグニスは悲痛な思いをこらえきれなかった。この体に本当の持ち主がいるのではないか、という疑問は以前にも考えたことがあったが、こんなにも不幸な経緯を抱えた者だとは思ってもいなかった。自分のせいで妹が重傷を負い、大金を使っても目覚めることなく、ある日突然いなくなってやっと見つかったと思えば別人に成り代わっていたというのだ。ソルの悲しみは計り知れないだろう。


 しかし三人は迷った末、イグニスについての事情をソルに伝えることにした。イグニスは真剣な表情でソルと目を合わせると、今度は口調を取り繕わずに言った。


「あんなに悲しい話をさせた後に、突拍子もない話をするのは申し訳ない。だが、これから話すことは全て真実だ。落ち着いて聞いて欲しい」


 突然口調の変わったイグニスにきょとんとしつつも、ソルは頷いた。


「……俺は四大勇者のイグニスだ。500年前に魔王軍幹部との戦いで死んだ後、どういうわけかは知らないが、この体に憑依して目覚めたようだ。勝手にいなくなったことは、すまないと思っている」


 それを聞いたソルは、当然ながらにわかには信じがたい様子だったが、やがて呆けた顔で言葉を漏らした。


「それじゃ……あなたは俺らのご先祖様なんですか?」


「え?ご先祖様?」


「まさか、君はイグニスの子孫なのか?」


 ネージュとリヴィエルが驚いて聞き返すと、ソルは首を縦に振る。


「そうです。詳しいことは両親から聞いていないので分からないですけど、確かにうちの家系は四大勇者イグニスの子孫です。……ただ、イグニスが魔王軍に敗北してしまったのもあって、あまり世間には知らせていないんですが」


 それを聞いてイグニスは複雑な心境になったが、今はそれに構っている場合ではなかった。そんな彼に、ネージュが怪訝な顔で耳打ちする。


「あなた、子どもなんていたの?」


「いや、もちろんいない。だが俺には姉がいたのだ。年が離れていて、ほとんど会ったことはなかったがな。恐らく、ソルは俺の姉の子孫だろう」


「じゃあ、直系の子孫ではないってことね」


 すると、それまでの話を聞いたリヴィエルが、納得した様子で考えを述べる。


「なるほど。つまりイグニスの体は、イグニスの子孫を模したオートマタで、しかも脳だけは生身というわけか。それなら、イグニスがオートマタの体に憑依できていることも、魔法が使えることも頷ける。体が子孫のものであるという点も、イグニスの霊魂を引き寄せる要素になったのかもしれないな」


「つまり、俺はサイボーグともオートマタとも言える存在だったわけだな。これで俺の体に関する謎も少し明らかになった。……ところで、脳とは何だ?」


「僕らの頭の中に入っている臓器のことだよ。僕らの感情や思考は、全て脳が司っているんだ」


 リヴィエルが答えると、イグニスは納得して頷いた。


「でも、どうして500年前の霊魂が今憑依したのかは分からないわね。ソルくん、何か心当たりないの?」


 ネージュの質問に、ソルは申し訳なさそうに首を横に振った。


「いえ……俺は何も分かりません。家にあった貴重そうなものも、さっき言ったとおり売り払ってしまったので……」


「うーん……。それじゃ仕方ないわね」


 三人が考え込んでしまうと、今度はソルが質問した。


「あの……お三方はこれからどうするおつもりなんですか?」


 その質問に、三人は顔を見合わせ、答えるのを躊躇した。彼らのこれからの計画は、この不幸な青年からさらに妹を引き離すことになるかもしれないからだ。しかし、教えないわけにはいかない。イグニスが口を開く。


「俺が目覚めた以上、やることは一つしかない。魔王を倒し、地上を取り戻す。そのために今、俺は他の四大勇者の子孫を探しているのだ。俺たちは明後日、四大勇者テラの子孫を探しにテラシティへ向かう予定だ」


 イグニスの返答に、ソルの顔はみるみるうちに真っ青になった。


「そ、そんな……本気なんですか?」


「当然だ」


 イグニスは即答する。すると、ソルは勢いよくテーブルに頭を打ちつけ、涙声で懇願した。


「お願いです。俺はもうエストレヤが傷つくのを見たくないし、失うのも嫌なんです。どうか、何とかして別の体に移ってくれませんか?そうすれば、エストレヤはまた目覚めるかもしれない……」


 三人は心を痛めるばかりだった。ソルがそう言うのも無理はない。だが、これは承諾できない相談だった。リヴィエルが首を横に振った。


「どうして憑依したのか分からない以上、もう一度憑依し直すことは不可能だろう。それに、憑依自体が極めて稀な魔法だ。君の願いを聞くことは難しいよ」


「じゃ、じゃあせめて……せめて俺を同行させてください!全力でお手伝いしますから!」


 ソルは泣いて懇願し、こぼれた涙がテーブルに広がっていく。しかし、その願いさえ聞き入れることはできなかった。まだ養成学校の見習いで、最近は学校さえ休んでいるというのだ。ついてきても足手まといになるのは明白だった。三人は無言で首を横に振ることしかできなかった。


「そんな……そんなあ……」


 ソルの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。見かねたイグニスが彼の手を取り、その目を見つめて言った。


「貴方の気持ちはよく分かる。貴方の妹に対する罪の意識も、もう失いたくないという気持ちもだ。だが、本当にすまない。俺はそれでも行かなければならないのだ。貴方の話を聞いて、俺はこの体がもう俺だけのものではないことを理解した。だから俺に任せて欲しい。俺は魔王を倒すが、同時にこの体も守り抜く。どうか、信じてはくれないだろうか」


 イグニスの真剣な眼差しに見つめられたソルの目からは、止めどなく涙が溢れていた。


「……分かりました。俺、待ってます。信じて待ってますから!」


 彼の様子に耐えかね、リヴィエルが意を決して言った。


「ソル君、君は養成学校を休んで働いているんだろう?僕に経済援助をさせてくれないか?君の妹の体を借りていくお返しだ。それから、僕は養成学校の教官をやっている。全てが終わったとき、君にも魔法を教えよう」


「そんな……良いんですか?ありがとうございます……ありがとうございます……」


 ソルは涙を流しながら、ひたすら感謝の言葉を繰り返した。三人は悲痛な面持ちで、ソルが泣き止むのを待った。


 やがて落ち着いたソルが、イグニスの顔を見上げて言った。


「あの……イグニスさん、最後に一つだけ、お願いさせてくれませんか?無理なことではありませんので」


「何だ?俺のできる限り、貴方の願いに応えよう」


 すると、ソルは躊躇いがちに口を開き、頭を下げて叫んだ。


「明日、一日だけエストレヤのふりをして、俺と一緒にいてください!お願いします!」


「……え?」


 さっきまでの痛ましい気分はどこへやら、三人は硬直してしまった。

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