第21話 遭遇、そして困惑
リヴィエルとの演習の後、アクアシティが次の目的地テラシティに接近するまでの一週間、イグニスとネージュはリヴィエルの案内を受けつつアクアシティを観光した。その間は特に魔族の襲撃などは起こらず、いたって平和な日々が過ぎていった。イグニスのファンとなった生徒に町中で囲まれたり、ネージュのせいで落ち着いて入浴や睡眠ができなかったりしたことは、イグニスにとって災難ではあったが……。
リヴィエルはため込んでいた休暇を一気に使って、イグニスやネージュと鍛錬の日々を送り、これからの旅に備えることにした。リヴィエルがしばらくの間学校を休むと聞いて、生徒たちは非常に残念そうな様子を見せていた。この間の魔法使いの少女と駆け落ちするつもりなのではないかと噂されたほどだ。もちろん、リヴィエルの休暇が魔王討伐のためであるとは、生徒たちや学校側は夢にも思っていない。
こうして、テラシティへ向かう日が明後日に迫ったその日の昼、三人は人気の多い街路を楽しげに歩いていた。ネージュが口を開く。
「なーんか、アクアシティにいるのもあっという間だったわね。もう明後日に出発だなんて、信じられないわ」
「そうだな。あの日から平和で楽しい日々が続きすぎて、もう少しここにいたいくらいだ」
イグニスもネージュに同意する。リヴィエルが笑いながら言う。
「そう言ってもらえると、アクアシティ出身として嬉しいよ。でも、テラシティは最先端の工業都市だからね。こことはまた違った面白いものが見られるんじゃないか?」
そんな話をしながら、三人はこの先にある喫茶店へと向かっていた。するとその時だ。
「ん?あれは一体誰かしら?」
ネージュが何かに気づき、前方を指差した。三人の視線の先には、猛烈な勢いでこちらに走ってくる一人の青年の姿があった。周囲の人々は驚いたように飛び退き、走る彼の姿を奇異の目で見つめている。
「ひどく慌ててるようね」
「おい、あの青年こちらに近づいてきていないか?」
「本当だ。……逃げた方が良いのかな?」
青年のあまりの勢いに三人は圧倒されつつも疑問を浮かべる。
青年はいよいよ接近してきた。彼は銀髪で、リヴィエルよりも少し年下ぐらいの外見だ。青年はイグニスの姿を捉えるなり、大声で叫び始めた。
「エストレヤ!!エストレヤァァァァッ!!!!」
困惑する三人。
「エストレヤって誰よ?」
「し、知らん!」
「おい、こっちに来るぞ!」
しかし、逃げる暇など彼らには与えられなかった。青年はあっという間に三人の元へ到達すると、いきなりイグニスの肩を両手で鷲掴みにした。そして、赤い目でイグニスの顔を見つめると、ほっとしたように叫んだ。
「やっと見つけた!エストレヤ、俺だ!お兄ちゃんだよ!」
その言葉と青年の勢いに、イグニスは驚愕し混乱するばかりだった。もちろん、イグニスはこの青年のことを知らない。
「だ、誰だ……?」
かろうじて出たのはその一言だけだ。ネージュが青年の腕を掴み、イグニスから離そうとする。
「ちょっと、フラムを離しなさい!それに、あなた本当に誰なのよ!」
それを聞いた青年はいきなり怒りの形相となり、怒鳴る。
「俺はエストレヤの兄、ソルだ!フラムって名前こそ一体誰なんだ!この子はエストレヤだぞ!」
ソルと名乗った青年はイグニスの方に視線を戻すと、いきなりその体を抱きしめた。
「ああ……エストレヤ、一体どうしていきなりいなくなったんだ……。お兄ちゃんとっても心配したんだぞ……」
その言葉にイグニスは苦々しい気分になり、無理矢理彼の腕から逃れた。急いで口調を取り繕い、言い放つ。
「わ、私はフラムです!私には兄などいませんし、ソルなんて名前の人も知りません!」
「エ、エストレヤ……そんな……」
ソルはショックのあまり言葉を失っている。しかし、徐々にその表情は憤怒に満ちていく。そして、今度はいきなりネージュとリヴィエルの胸ぐらを掴んで怒声を浴びせた。
「お前らァッ!!エストレヤに何を吹き込んだんだァッ!!」
「ふ、吹き込んだも何も……」
「最初からこんな状態だったし……」
ネージュとリヴィエルは慌てて弁解を試みる。すると、ソルはリヴィエルの言葉に反応し、急に怒りが冷めた様子で真顔に戻った。
「最初からこんな状態……?まさかエストレヤ、記憶がないのか……?」
すると今度は、イグニスの肩を掴んで揺さぶりながら泣き叫び始めた。
「ああああーーーーッ!!!!手術失敗じゃないかあああああーーーーッ!!!!うわああああーーーーッ!!!!」
「な、何なんですか貴方は……」
ソルの情緒不安定な様子に、イグニスは揺さぶられながら呆れ声を漏らした。周囲の人々がソルの様子を見てこそこそと話をしながら距離を取っていく。
しかし、ネージュとリヴィエルはソルの言葉を聞き逃さなかった。
「手術失敗?一体それはどういうこと?」
「じっくり話を聞かせてもらった方が良いかもしれないね」




