第2話 魔王軍、襲来
イグニスが眼前に広がる青一色の光景に思わず見入っていたその時だった。
「おい君、そこで何をしている!」
若い男の声がかかる。イグニスが声のした方を振り向くと、そこにはやはり風変わりな鎧を身につけ、何らかの武装と思われる巨大な筒状の機械を携えた兵士風の若者が数人立っており、彼の方に訝しげな視線を注いでいた。よく見ると、彼らの後方や周囲のあちこちにも同じ恰好の者達が控えている。イグニスは言い返した。
「俺は今からあの魔王軍を迎え討つ。あなたがたの方こそ、一体何者だ。」
イグニスはそこでしまった、と思った。彼の口から発せられたのは可愛らしい少女の声だ。発言の内容と今の容姿も相まって、明らかに奇妙で滑稽なのが自分でも分かった。
「この子、正気か……?」
案の定、兵士たちの間で失笑が漏れる。すると、柔和な笑顔を貼り付けた兵士が一人、イグニスに声をかける。
「あのね、その心意気は結構なんだけど、魔王軍を倒すのは僕たちガーディアンの仕事なんだ。危ないから、君は早くシェルターに向かいなさい」
ガーディアン……?聞き慣れない言葉だ。いつの間にそのような組織が結成されたのか?魔王軍をはじめとする魔族と戦うのは勇者の役目ではなかったのか?
しかし、考えても分からないものは分からない。このままここにいても彼らにつまみ出されるだけだろう。ひとまず引くしかない。
「……わかりました。ごめんなさい」
イグニスはそれ以上怪しまれないように言葉遣いを取り繕うと、駆け足で路地へと戻り、建物の陰に置かれた土管の横にこっそりと身を隠した。兵士たちは上空の飛行艇に視線を移しており、彼がシェルターに向かわず近場に隠れたことに気付いていない。
もうすぐ魔王軍との戦いが始まる。その混乱に乗じて参戦すればいいだろうと、彼は考えた。
しかし、改めて状況を整理してみると、分からないことばかりである。突然少女の姿と化した自分自身、何もかも見慣れない上に宙に浮く街、ガーディアンと名乗る謎の集団……。まるでいきなり別世界に来てしまったかのような感覚である。
だが、魔王軍がいるならばここは自分の見知った世界に間違いない。ひとまず向かってくる魔王軍を倒し、その後で自分の身に何が起こったのか確かめよう。イグニスはそう心に決めた。
魔王軍の飛行艇が発する駆動音がいよいよ近づいてきた。巨大な飛行艇の腹にあたる部分が重々しく開き、そこからさらに大量の飛行艇が吐き出される。街の道路でそれぞれ抱えていた筒状武器を準備し、身構えるガーディアンたち。イグニスも土管の陰から、その様子を真剣な面持ちで見守る。
小型飛行艇の群れの姿が大きくなってきた。その透明な上部ハッチから、昆虫や甲殻類のような形態をしたおぞましき怪物たちの姿が視認できる距離となる。
その時である。筒状の武器を構えていたガーディアンたちが一斉に声を上げたのだ。
「火炎魔法充填完了!『殲滅火砲』、撃てェーーーーッ!」
瞬間、筒状武器の先が炎を噴き、目にもとまらぬ速さで火球が吐き出される!ガーディアンたちが放った火球は次々に魔王軍の小型飛行艇を襲う。
だが、飛び回る小さな虫が散開するように、小型飛行艇の群れは容易にこれを回避。次々に発射される火球に恐れる様子も見せず接近してくる。
その小型飛行艇のなかでもひときわ大きく、赤い外装を持った目立つ機体が、見る間にガーディアンたちの頭上へ飛来し、空中で静止した。そのハッチが開き、立ち上がって姿を見せたのは、燕尾服を着た人間の体でありながら頭部のみがエビという奇怪な姿の魔族だった。
それは警戒するガーディアンたちを見下ろすなり、大仰な身振りで挨拶した。
「人間の皆さん、こんにちは。素敵な挨拶をどうもありがとう。魔王軍甲殻族の長、ホマルスです。本日は浮遊都市イグニスシティを襲撃しに参りました」