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第18話 作戦、そして開戦

 その夜、イグニスは夢を見た。真っ白い世界、ぼやけた視界、遠くに見える何者かの霞んだ影。以前と同じ奇妙な夢だ。しかし、心なしか影が前よりもイグニスに近づいているように見える。イグニスは影に向かって何か問いかけようとしたが、声が出ない。そのまま彼は目が覚めてしまった。


 気付くと、ネージュが眠そうな目でイグニスの顔をのぞき込んでいた。部屋の窓からは柔らかい日差しが差し込んでおり、朝であることが分かる。


「フラム、おはよう。どうしたの?そんなきょとんとした顔して」


「何か夢を見たような気がするのだ。はっきりとは思い出せないが……」


 イグニスは夢の内容を思い出そうとしたが、思い出そうとすればするほどその輪郭は失われていった。


「夢なら私も見たわよ。……ものすごい内容だったけど」


「どのような夢だ?」


「えー、ちょっと教えられなーい」


 ネージュと話すうち、イグニスの中で自分が見た夢に対する関心は薄れていった。


 その日、リヴィエルは通常通りガーディアン養成学校へと出勤していき、イグニスとネージュはリヴィエルの屋敷で留守番することになった。


 リヴィエルが申し出たイグニスとの手合わせは翌日行なわれることに決まった。そこでイグニスは、ネージュと共に屋敷の庭で作戦を練りつつ練習を行うことにしたのだった。


 仕事に出ているリヴィエルと違い、練習する余裕のあるイグニスの方が有利であると言える。しかし、リヴィエルはイグニスが元の体とは異なるオートマタであることを考慮し、この条件を認めたのだ。


 魔法の練習用の的がいくつも並んだ広大な石畳の庭で、イグニスとネージュはリヴィエルとの戦い方を話し合っていた。


「リヴィエルは水流魔法の使い手で、フラムは火炎魔法の使い手。これだけ見ると、あなたの方が不利なように思えるわね。だけど、リヴィエルが使うのは水流魔法の中でも氷結系の魔法。火炎の方が有利じゃないかしら?」


 ネージュの問いかけに対し、イグニスは首を横に振る。


「いや、リヴィエルが氷結系水流魔法ばかりを使うという保証はない。それに彼との戦いでは、俺が普段使う近接攻撃は恐らく不利になるだろう」


「一体それはどういうこと?」


「火炎魔法の高温に水が接触するとき、水が急速に蒸発して爆発が起こる。近接攻撃を使う上、彼よりも体が軽い俺の方が、衝撃を受けて弾き飛ばされやすいだろう」


「よくそんなこと知ってるわね……」


 ネージュが感心したように声を漏らすと、イグニスは遠くを見つめるような目で答える。


「かつてアクアと手合わせしたとき、このことを知らずに敗北したのだ。同じ失敗はしない」


 イグニスは右腕を伸ばして構えると言った。


「そこで、今回は遠距離攻撃を多用しようと思う。このように。……火炎魔法発動。『熱殺火球』!」


 彼が唱えると、耐熱性グローブをはめた手が瞬時に炎に包まれ、掌の中に火球が形成された。彼はそれを石畳の向こうに設置された的に向かって高速で射出する。火球は的に描かれた円の中心に衝突して爆ぜた。的は耐熱素材なので火事になる心配はない。


「ガーディアンたちが使う『殲滅火砲』みたいなものね。素手でも放てる辺り、流石はフラムだわ」


「本来はあまり得意ではないのだがな。しかし、四大勇者の称号は名ばかりではないのだ。それに、昨日の戦闘で俺は近接攻撃しか使っていない。リヴィエルは俺が近接攻撃しか使わないという先入観を持っている可能性もある。……まあ、彼はそこまで甘くないと思うが」


「そういえば、彼の共鳴魔法は警戒しなくて良いの?」


 ネージュが思い出したように尋ねる。


「共鳴魔法は比較的魔法の実力が弱い者、それも大人数に対して使うことで真価を発揮する魔法だ。俺との一対一の戦いで使ってくるとは考えにくい」


 こうして、作戦会議と「熱殺火球」の練習に時間を費やし一日が終わった。


 翌日、ガーディアン養成学校にある闘技場の観客席には多くの生徒たちが詰め寄っていた。イグニスとの手合わせのため、リヴィエルが特別に闘技場を貸し切ったのだ。生徒たちは、自らの先生と突然やって来た魔法使いの少女が演習すると聞いて、興奮に目を輝かせていた。


 審判に呼ばれ、イグニスとリヴィエルは観客席に囲まれた試合場の上に上がり、向かい合う。審判は一昨日の戦闘に居合わせた職員だ。


 先に円形の枠から外の地面に体が接触するか、戦闘不能に陥った方が敗北となる。とはいえ、今回は命がけの戦いではない。相手の体を場外に出す方が先決だ。


「フラム、正々堂々と勝負だ。互いに手加減は無し。全力を見せて欲しい」


「ああ、分かっている。こちらこそ、貴方の実力を見せてもらうぞ」


 向かい合った二人は真剣な眼差しで言葉を交わす。生徒たちの前なのでリヴィエルはイグニスをフラムと呼ぶが、イグニスは口調を取り繕わない。生徒たちは、フラムという少女がこのような口調だとすでに知っているのだ。


「先生、頑張れー!」


「リヴィエル先生ー!」


「フラムちゃんもかわいいけど、やっぱり先生の方が素敵ー!」


 試合場に向かって生徒たちが口々に叫ぶ。ほとんどの者は先生であるリヴィエルを応援するようだ。


「ああ、見ているこっちが緊張してきたわね……」


 観客席の最前列に座ったネージュがそわそわしながら試合開始を待っている。その隣には、一昨日にイグニスが助けた少年、プーロが座っている。ネージュが彼を見つけ、強引に隣に座らせたのだ。


「ぼ、僕はどっちを応援すれば良いんでしょうか……」


 プーロはイグニスとリヴィエルを交互に見ながら迷っている。片方は彼の先生、片方は命の恩人だ。


「好きな方を応援すれば良いんじゃない?私は両方応援するけど。生徒さんたちは基本、リヴィエル先生を応援するんでしょう?」


 ネージュが笑いながらそう言うと、プーロが頷きながら威勢よく言った。


「じゃあ、僕も両方応援します!リヴィエル先生も、フラムさんも頑張れ!」


 そんな彼の様子に自然と微笑を浮かべながら、ネージュは試合場へと視線を移した。審判がイグニスとリヴィエルを交互に見やった後に言う。


「それでは、これからリヴィエル先生とフラムさんのエキシビションマッチを始めたいと思います。お二人、準備はよろしいですかな?」


 イグニスとリヴィエルは同時に頷いた後、再び真剣な表情で向かい合う。その様子を見て、審判も真顔に変わる。興奮していた生徒たちも固唾を呑み、闘技場が一瞬の静寂に包まれる。


 そして……


「では、始め!!」


審判のかけ声が響き渡ると同時に、イグニスとリヴィエルは同時に唱えた。


「火炎魔法発動。『煉獄掌』!」


「水流魔法発動。『激流拳』!」

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