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第17話 夕食、そして入浴

 その後、リヴィエルがすぐに機械工を呼び寄せた。リヴィエルの知り合いなだけあって、アクアシティでも最高級の腕前を持つという機械工の若者だった。彼は携帯していた大きな鞄から必要な道具を取り出すと、次々と手際よくイグニスの体の破損を修復していった。その手さばきに、ネージュも感心した様子である。


「流石はアクアシティで最高級の機械工なだけあるわね。アルティジャーノさんにもひけを取らないほどだわ」


 ネージュが口にした名前に機械工の若者が反応する。


「アルティジャーノさんをご存じなんですか?私、昔はアルティジャーノさんに師事していたんですよ。これでもまだまだアルティジャーノさんには及びません」


「へえ、そうだったのね。私も左腕が機械のサイボーグでね、アルティジャーノさんによく修理してもらってるのよ」


「そうなんですね。……あ、フラムさん、脇腹失礼しますよ」


 機械工がフラムの服を捲り上げる。脇腹に痛々しい刺し傷がつき、内部機構が露わになっている。


「あらフラム、おなかが見えちゃってかわいいわね」


「お、お姉ちゃんったら、そういうところしか見てないんだから……」


 イグニスが躊躇いがちに俯きながら呟く。彼の演技に、端で見ていたリヴィエルは今にも吹き出しそうになっていた。


 このような調子で、イグニスの体はあっという間に元通りになった。修理費は全てリヴィエルが負担してくれることになり、イグニスは彼に頭が上がらなかった。


 機械工が帰っていった後、イグニスとネージュはリヴィエルに案内され、彼の屋敷を見て回った。屋敷の内部も庭も非常に広大であり、全てを見終わったときには辺りはすっかり暗くなっていた。リヴィエルが二人を振り返って言った。


「どれ、暗くなってきたことだし夕食の準備をしよう。仲間になった記念だ。僕がたっぷりとご馳走するよ」


 こうして三人は食事を取ることになった。イグニスとネージュは屋敷の食堂に通され、巨大なテーブルの前に腰掛けた。二人が待っていると、使用人たちが次々と皿を運んできて、テーブルに所狭しと並べていくのだった。


「え、これ全部私たちの分なの?」


「当たり前さ。好きなだけ食べておくれ。さあ、いただこう」


 驚いて尋ねるネージュをよそに、リヴィエルはさも当然という様子だ。イグニスとネージュは並べられた料理に圧倒されながらも、食事を始めたのだった。


 イグニスは料理のあまりの量に、どれを食べようか迷う。旨そうな鶏の丸焼きにも目が行くが、彼は皿に美しく盛り付けられた色とりどりに光る正体不明の食品に視線を奪われた。


「リヴィエルよ、これは一体何だ?」


「ああ、それは魚の刺身だよ。綺麗だろう?大陸の東部ではその昔、生で魚の肉を食べる習慣があったらしくてね。僕も大好きなのさ」


「おお、確かにこれはこれで旨いな。俺は今まで、焼いた川魚しか食べたことがなかったのだ」


 一方、ネージュは茶色くて甘い食品を夢中で頬張っていた。


「これすごく美味しい!止まらないわ」


「ああ、それはチョコレートだ。木の実が原料らしいが、今では栽培している農園も少ない貴重品だよ。……って、それはデザートじゃないか。それに、あんまり食べ過ぎると……」


「あら?なんか鼻血が出てきたわ」


「ああ、もう遅かったか……」


 こうして料理を満喫したイグニスとネージュはすっかり満腹となっていた。


「はあ……こんなに食べたら太っちゃう。フラムがうらやましいわ」


「まあ、俺はオートマタだからな」


 そうは言いつつも、イグニスも動けないほど満腹だった。オートマタの体であっても、満腹感は感じるのだ。そんな二人に、リヴィエルが声をかける。


「一段落したら、大浴場を開放しよう。とても広いから、存分に疲れを癒やせるはずだ」


 その後、食休みも兼ねてリヴィエルと談笑したイグニスとネージュは、それぞれ割り当てられた部屋へと向かっていった。リヴィエルは二人が今日から宿泊するために、使っていなかった部屋を開放してくれたのだ。


 イグニスが部屋に入ると、その部屋だけでもネージュの家の3倍はあろうかという広さであり、一人で使うには十分すぎるほどだった。イグニスは荷物の中から着替えを取り出すと、リヴィエルに教えられた大浴場へと向かった。


 大浴場もこれまた巨大だったが、今までこの屋敷で見てきたあらゆる設備が巨大だったのだ。イグニスは流石にもう驚かなくなっていた。壁には美しい山の景色が大きく描かれている。イグニスは500年前にこの山の名前を聞いたことがあったはずだ。果たして何という名前だっただろうか……と考えながら、イグニスは何十も並んだシャワーの一つの前へ向かい、体を洗い始めた。


 するとその時だった。


「あ、フラム、先に入ってたんだ」


「な……!」


 大浴場の入り口が勢いよく開き、ネージュが姿を現した。イグニスは慌てて目を背ける。当然ながらネージュは全裸だ。彼女は一切の躊躇を見せずイグニスへと歩み寄る。


「フラム、何恥ずかしがってんのよ」


「お、お前には羞恥心というものがないのか……!」


「お姉ちゃんとお風呂に入るのは当然のことでしょ?ほら、背中洗ってあげるから後ろ向きなさい」


 こんなことになるなら、入ってくるなとあらかじめネージュに言っておけば良かったとイグニスは後悔した。イグニスの体は家庭用オートマタなので問題ないが、ネージュは左腕以外生身の人間なのだ。そして、今まで特に気にしていなかったが、ネージュは意外とスタイルが良い。……いや、そんなことはどうでもいいとイグニスは頭を横に振った。


 されるがままネージュに体を洗われたイグニスは、ネージュと共に広大な浴槽に浸かることとなった。オートマタの体なので元々身体的疲労はなく、浴槽に入る必要は特にないのだが、ネージュがどうしてもとせがんだのだ。ネージュの隣で首まで湯に浸かったイグニスは、生きた心地がしなかった。そこで彼は現実から逃れ、また物思いにふけることにした。


 黙り込んだイグニスの様子を見て、ネージュが声をかける。


「どうしたのフラム、黙り込んじゃって。そんなに恥ずかしいの?」


「……いや、考え事をしていただけだ」


 ネージュの方に顔を向けることができず、イグニスはまっすぐに正面を向きながら答える。


「こんな時にまでどうして頭使ってるのよ。せっかくのお風呂なんだから、少しは休んだら良いじゃない」


「それが……ふと疑問に思ったのだ。俺はこのオートマタの体に憑依しているのだろう?ならば、いつかはこの体を離れなければならない時が来るのではないかと……」


「もう、そんなこと言わないでよ。悲しくなっちゃうじゃない」


「……そうだな。いきなりこんな話をしてすまなかった」


 イグニスが謝罪すると、その体はネージュに抱きしめられた。


「私たちはずっと一緒よ。少なくとも、魔王を倒すまではね」


 イグニスは恥ずかしさのあまりすぐにでもネージュの腕を抜け出したかったが、彼女の腕の力は強く、逃れることができなかった。


 しかし、彼の心境は複雑だった。ネージュにとって大切なのは、イグニスとしての自分ではなく、フラムとしての自分なのだ。ではネージュがイグニスとしての自分を好いてくれるのを望んでいるのかというと、そうではない。自分が本当にフラムという少女で、ネージュの妹であるならばどれだけ良いか。イグニスはそう思いかけたが、自分は何を思っているんだ……と、彼はそれ以上考えるのを中断してしまった。


 しばらくして、二人は大浴場を出た。そして脱衣場で寝間着を着て外に出ると、今まさに歩いてきたリヴィエルと鉢合わせた。リヴィエルは脱衣場から同時に出てきた二人を見て、呆然と立ちつくした。


「まさか二人、一緒に風呂に入ったのか……!?」


「そうよ。それがどうかしたの?」


 ネージュが当然のことのように答える。イグニスは顔から火が出るような気分で俯いている。


「だって、イグニスは男だろう?」


「何言ってるの。フラムは私の妹よ」


「きょ、狂人だ……!」


 ネージュの返答に、リヴィエルは開いた口が塞がらない様子だ。リヴィエルがイグニスに視線を向けると、イグニスはすかさず弁明する。


「お、俺は望んで付き合っているわけではないぞ!」


「本当か!?」


「本当だ!」


 リヴィエルの様子に、ネージュが憤慨する。


「あなたは何でちょっとうらやましそうなのよ!」


「う、うらやましがってなんかない!」


 こうして一悶着を終えたイグニスはネージュ、リヴィエルと別れ、一人で部屋へと向かった。風呂に入りに行ったはずなのに、逆に精神的疲労が増えてしまった。


 イグニスはベッドの上に乗り、布団に入る。今まではネージュと一緒だったので狭かったが、今日からはベッド自体の大きさも相まってのびのびと眠れそうだ。イグニスは明かりを消し、そっと目を閉じた。


 しかし少し経って、彼は再び目を覚ますこととなった。しきりに部屋の扉をノックする音が響いてきたのである。渋々開けてみると、ネージュが飛びついてきた。


「フラムー!!一人じゃ眠れなーい!!」


 結局イグニスはネージュと一緒に眠ることになってしまった。抱きつくネージュに、イグニスは呆れた声で言う。


「お前の方が外見的に年上だろう……。普通、立場が逆ではないか?」


「いいのよ、そんなことは。あー、やっぱフラムと一緒だと落ち着くわあ……」


 そう言った後、ネージュはすぐに寝息を立て始めた。どこに行こうが、この状況は変わることがないだろう。これも一種の幸せなのだろうか……?そう思いながら、イグニスは再び目を閉じた。

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