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第15話 打開、そして和解

 頭上から触手の槍を突きつけられ、生徒たちは身を寄せ合って震えている。少しでも動く様子を見せれば串刺しにされるかもしれない。その恐怖で声を上げることすらできないのだ。イグニスとネージュも為す術がない。一度にこんな大人数を救出することなど不可能だからだ。


「貴様、なんて卑劣な!!」


 リヴィエルがセピアに非難の声を浴びせる。氷の剣を突きつける腕は、怒りに震えている。だが、セピアは悪びれる様子すら見せない。


「あたいはこいつらが死のうが別にどうでも良いんだにゃ。でも、おまえにとっては大事な大事な生徒さんたちなんだよにゃ?こいつらが串刺しになるのを見たくなければ、その剣でおまえ自身の首を斬るんだにゃ!」


 セピアは心底愉快そうな顔でリヴィエルに自決を迫る。リヴィエルは今にも湧き上がる怒りが爆発しそうな表情だ。


 イグニスは焦燥に駆られる。リヴィエルが死んでしまっては、アクアシティにやってきた意味がない。それに、自らの先生が自決する瞬間を見た生徒たちに深刻なトラウマが残るのも明白だ。どうにか彼の自決を防ぐことはできないのか……?しかし、現状では手の打ちようがない。


 リヴィエルは悔しげに目を瞑ると、意を決して言った。


「……分かった」


「にゃはははははははは!!!!素直で良い子にゃ!」


 セピアが笑い声を上げる。ネージュや周囲の生徒たちが困惑の声を漏らす。


「ちょっと、あなた本気なの!?」


「先生……!」


 リヴィエルはセピアに向けていた氷の剣を引っ込め、自分自身の首横に刃を向けて構える。いよいよ彼は本気で首を斬るつもりだ。


「……こんな情けない先生ですまない。皆の命を守るためだ。許してくれ……」


 セピアが満面の笑みを浮かべながら、彼の自決の瞬間を今か今かと待ち構えている。イグニス、ネージュ、生徒たち、職員は呆然と彼の様子を見守るしかない。


 そしてついに、リヴィエルが叫んだ。


「みんな目を瞑れ!」


 生徒たち、そして職員が目を瞑る。イグニスとネージュも思わず目をそらす。


 そして次の瞬間……!


「『水流共鳴』!!」


 突然リヴィエルが叫んだ。一同が困惑したその時である。周囲の生徒たちの体から一斉に水流が噴出し、瞬く間に頭上に突き出た触手の槍を飲み込んだではないか!それはあっという間に凍結し、触手の槍を凍りづけにしてしまったのだ!


「にゃッ……!これは一体どういうことにゃ!?しょ、触手が動かないにゃ!」


 リヴィエルが首から血を噴出して死ぬものだと思っていたセピアが、仰天して叫ぶ。触手を氷から引き抜こうとするが、びくともしない。


 イグニスはリヴィエルの魔法に感嘆する。


「これは共鳴魔法……。他者の魔法を利用する非常に難易度の高い魔法だ。しかも、こんなに大人数の魔法を同時に操るとは……」


「なんかとにかくすごいのが分かったわ。とりあえず最悪の事態は回避したわね」


 ネージュもほっと胸をなで下ろす。


 氷に触手を拘束されたセピアの元に、リヴィエルは歩み寄る。


「言ったはずだ。僕の大事な生徒たちを一人も傷つけさせないとな。そして、僕自身もだ」


 氷の剣を手に迫るリヴィエルに、セピアは言い放つ。


「くぅッ、こんなところで終わらないにゃあッ!!!!」


 セピアは触手を自ら引きちぎって切断すると、飛び上がって逃げ惑い始めた。彼女の触手はほぼ全てが失われている。全て回復するまで逃げ切ろうという算段だ。


 それを悟ったイグニス、ネージュ、リヴィエルは同時にセピアへと襲いかかる。そして、セピアめがけて絶え間なく次々に攻撃を放つ。生徒たちの方に転移させられるのを防ぐため、繰り出すのは全て近接攻撃だ。


「『灼熱手刀斬撃』!」


「『飛翔突風斬』!」


「『流氷回転斬』!」


 だが、回避に徹するセピアはかなりすばしっこく、攻撃がどれも当たらない。ほとんど全方位からの攻撃を、紙一重のところで回避していく。イグニスは手負いの状態だったが、その狙いに狂いはないはずだった。


「急げ……早く再生にゃ……!」


 焦るセピアの眼前に、ついにイグニスが迫る。燃え盛る手刀を振り絞り、セピアを睨む。だがちょうどその時、セピアは触手の再生を完全に終わらせていた。


「にゃは!残念だったにゃ!」


 セピアはイグニスの背後に波紋を出現させた。イグニスは未だ気付いていない。セピアは勝利を確信し、勢いよく触手の槍を伸ばした。


 だがその時!


「フラム、危ないッ!」


 イグニスの身に迫る危険に気付いたネージュが、彼の体をすかさず蹴飛ばしたのだ。イグニスはわけの分からないまま、横へ弾き飛ばされる。そして一瞬前までイグニスがいた空間を触手の槍が通り抜け、そのままセピアの腹部に突き刺さったのだ!


「にゃがッ!?!?」


 セピアは腹部と口から青い血液を噴出し、態勢を崩して地へと仰向けに倒れ込む。そこへリヴィエルが飛びかかり、氷の剣を成形し直して特大の氷柱を作り出す。


「『氷柱刺突・磔』!」


 セピアに回避する余裕はなかった。氷柱の先端がセピアの喉元に勢いよく突き刺さり、貫いた。そして彼女はそのまま地面へと串刺しになった。


「フラム、大丈夫?」


「ああ、心配ない。ありがとう」


 弾き飛ばされたイグニスにネージュが駆け寄ると、彼は問題なく立ち上がった。


 串刺しにされ動けなくなったセピアの元に、再びリヴィエルが歩み寄る。


「あたい……死ぬのかにゃ……?嫌だにゃ……死にたくないにゃ……」


 セピアは体を痙攣させながら涙を流し、掠れ声で呻いていた。リヴィエルは心底軽蔑するような目で彼女を見下ろしている。


「あたいが……あたいが悪かったにゃ……生徒を攻撃しようとしたことも……おまえを自決させようとしたことも……。500年前の恨みなんてもう忘れるにゃ……一生かけて償うにゃ……だから……命だけは……」


 セピアはこれまでとは態度を一変させ、震える声で命乞いをする。すると、リヴィエルはセピアに突き刺さった氷柱にゆっくりと手を伸ばした。


「助けてくれるのかにゃ……?優しいにゃ……ありがとうだにゃ……」


 だがその時、セピアは態度を豹変させた!


「……なんて言うとでも思ったかにゃああああああああッ!!!!」


 リヴィエルの背後に二つの波紋が出現し、勢いよく触手の槍が伸びる!しかし!


「『灼熱手刀斬撃』!!」


「『飛翔突風斬』!!」


 イグニスとネージュが瞬時に飛び上がり、それぞれ触手を切断!切られた触手が跳ね飛び、虚しく地面に落下した。


 そしてリヴィエルは、セピアに突き刺さった氷柱にそっと手を触れた。その瞬間、氷柱は水へと戻り、セピアは地面に叩きつけられた。溶けた水とセピアの青い血液が混じり合いながら、急速に地面へと広がっていった。


 リヴィエルはセピアを見下ろすと、冷たい声で言い放った。


「貴様のその卑劣な性格は死んでも直りそうにないな。冥土で僕の先祖にでもしごかれるといい」


「そんな……馬鹿にゃ……」


 セピアは穴の開いた喉で呻いた後、絶望の表情のまま動かなくなった。


「やった!勝った……!」


「リヴィエル先生、でかしましたぞ!」


 周囲の生徒たちや職員が歓声を上げる。涙を流す者、抱き合いながら喜び合う者、緊張の糸が切れてへたり込む者などさまざまだが、とにかく皆無事だったのだ。広場を包む水膜はいつの間にか消滅し、周囲の風景は普段通りに戻っていた。


 イグニスとネージュの元に、リヴィエルが歩み寄る。さっきまでの怒りの表情とは打って変わって、彼は笑顔に満ちていた。


「君たち、共に戦ってくれてありがとう。君たちのおかげで、生徒たちを守り抜くことができた」


 リヴィエルの様子に、二人も自然と笑顔になる。


「そんな、私たちは魔法使いなんだから当たり前よ」


「生徒たちを守ることができたのは、貴方の決意と実力があってのことだ。俺たちのことは気にするな」


 リヴィエルはそんな二人の返答に照れながら話を続けた。


「……さっきは、ろくに話も聞かずに拒絶してしまってすまなかった。二人とも、相当な実力を持っていたようなのに」


「いや、こちらこそ謝罪しなければならない。突然あのような話を聞かされたのだから、貴方の反応は当然だ」


「決めた。君たちを僕の屋敷に招待しよう。そこで詳しい話を聞かせてくれないか」


 リヴィエルの申し出を、二人は笑顔で承諾した。魔族との戦いを通じて、彼らは打ち解けることができたのだった。


「あ、あの……!」


 突然後方から聞こえた声に、イグニスは振り返った。見ると、そこには茶髪の純真そうな少年が恥ずかしそうに立っていた。イグニスが先ほどの戦闘で2回助けた少年だった。


「フ、フラムさんて、いうんですか?あの、さっきは助けてくれてありがとうございました!僕が無茶なことをしてしまったせいで、フラムさんこんなにボロボロになってしまって、本当にごめんなさい!」


 頭を下げる少年に、イグニスは優しく返答した。


「大丈夫。俺はオートマタだ。この程度の傷、痛くもない上、修理すれば済む話だ」


「あの、僕、プーロって言います。後で必ず恩返しします!じゃあ、また!」


 プーロと名乗った少年は、そのまま踵を返し生徒たちの集団へと駆けていった。


「プーロはとっても良い子だよ。彼なら君のために何か恩を返してくれるだろう」


 リヴィエルは笑顔でプーロの背中を見送りながら言った。すると、彼はふと何か疑問に思った様子でイグニスに向かって言った。


「そういえば君……さっきはイグニスと名乗っていなかったか?君はフラム?それともイグニス?」


「ああ、それは……」


 イグニスは急に顔が真っ赤になるような感覚を覚えた。リヴィエルはその辺の事情をまだ知らない。


「あははは!そう、この子の本当の名前はイグニス。人前ではフラムって名乗ってるのよ。あとは、私が好きで勝手にフラムって呼んでるだけ」


 ネージュが笑いながら説明する。だがリヴィエルはますます困惑した様子だ。


「一体どういうことだ……?」


 イグニスは恥ずかしさで一杯になりながら叫んだ。


「ええい、分かった!その辺りの事情も後で全て説明するから!」

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