第12話 見学、そして拒絶
魔動車の窓から顔を覗かせたこの青年がリヴィエルであるようだ。その風貌を見て、まるで四大勇者のアクアがそのまま男になったかのようだ、とイグニスは思った。
門番が事情を説明する。
「この二人、リヴィエル様に用があると言って、予約も取らずに来たのです。それに、この少女は自分が四大勇者のイグニスだなどとわけの分からぬことを……」
「四大勇者のイグニス……?」
リヴィエルは訝しむように眉をひそめた。イグニスがすかさず答える。
「そうだ。俺は四大勇者のイグニスだ。貴方が四大勇者アクアの子孫だと聞いてここに来た。協力してもらいたいことがある。どうか、話を聞いてはくれないか」
すると突然、今まで落ち着きを払っていたリヴィエルが声を荒げた。
「この少女、何を言っている!それに、僕は四大勇者のアクアなどとは違う!あんな惨めな敗北者などと、僕を一緒にするな!さっさと帰れ!二度と関わらないでくれ!」
イグニスを睨みつけながら、彼は窓を閉めた。そして魔動車は見る間に走り去ってしまった。門番は顔を真っ青にしている。
「ああ……なんてことをしてくれたんだ……リヴィエル様がお怒りだぞ……」
だがイグニスとネージュはそんな門番をよそに、リヴィエルの魔動車が去った方へと走り始めた。
「とにかく後を追うわよ!」
「ああ、急ごう」
「おい二人、待ちなさい!」
二人は門番の制止を気にも留めない。見る間に門番の姿は後方へと遠ざかってしまった。
「もうフラム、いきなりイグニスを名乗るのはやめてよね。リヴィエルも怒っちゃったじゃない」
「すまなかった」
ネージュの言葉に、イグニスは素直に謝罪する。先ほどの自らの言動は軽率だったと、彼は反省した。それに、四大勇者やアクアの名を出された途端、リヴィエルは激昂したのだ。無理もないだろう。彼の先祖、アクアは魔王軍に敗れ逃げ帰ってきたのだ。しかも彼は、人々から先祖の七光の大富豪だと嫌味を言われている。アクアと結びつけて考えられれば、自尊心が傷つくに決まっている。
ふと、イグニスはアクアのことを思い出した。リヴィエルの抱える苦しみは、アクアのそれと似ている。アクアは貴族の名門の出身であった。四大勇者になることができたのはその家柄のおかげではないかと人々に噂され、彼女は苦しんでいたのだ。彼女が原因で、その子孫がまた同じような苦しみを抱えることになるとは、何という皮肉だろうか。
住宅街を抜けてひたすら走るうち、二人はリヴィエルの魔動車を見失ってしまった。そればかりか、長距離を走り続けたために、ここがどこなのかも分からなくなってしまったのだ。
「困ったわね……。彼、一体どこに向かったのかしら」
「おいネージュ、あれは何だ?」
イグニスが遠くの建物を指差す。道路沿いに設置された金網の柵の向こうに広い敷地があり、そこに4階建ての建造物が複数そびえ立っている。これまで見てきた建造物と同じ乳白色だが、リヴィエルの屋敷にひけを取らないほど巨大だ。すると、ネージュが何かに気付いたように金網に歩み寄った。
「これってもしかして……」
二人が金網の向こうを覗くと、広場に何十人もの少年少女が整列しているのが見えた。制服なのだろうか、皆同じデザインの、動きやすそうな服装をしている。それを見て、ネージュが興奮したように叫んだ。
「間違いないわ!ガーディアンの養成学校よ!」
「ガーディアンの養成学校……?ここが?」
ネージュの話には聞いていたが、イグニスが初めて見る施設だった。ネージュもこのような施設で育ったのだろうか。
「すごーい……。かわいい女の子がいっぱいいるわ……」
「見るべきところはそこじゃないだろう……。お、おい、あれを見ろ!」
ネージュの様子に呆れていたイグニスだったが、不意に何かに気付き、金網の向こうを指差した。
整列する少年少女に向かって歩いてくる青年が一人。青い髪、瑠璃色の目。間違いない!
「リヴィエルだわ!」
「一体なぜこんなところに?」
「もしかして彼、ガーディアン養成学校の教官なのかしら?」
二人がリヴィエルの様子に見入っていると、
「お二人さん、弊校に興味がおありですかな?」
突然右側から声がした。二人がそちらを見ると、スーツを着込んだ初老の男性が微笑みながら立っていた。
「え、ええ、この子がガーディアンにちょっと興味があるみたいで」
ネージュがイグニスの肩に手を置きながら慌てて話を合わせると、男性は笑いながら言った。
「そうですか!それは良いことですぞ。私は弊校の職員でございます。良かったら、弊校を見学しては行きませんかな?」
二人はこれを好機と見て、職員の言葉に甘えてガーディアン養成学校を見学することにした。
職員に連れられて学校内に足を踏み入れた二人は、建物内部の美しさに思わず息を呑んだ。これがただの養成学校だとは思えない。まるで美術館の中にいるかのようだった。
「なんてきれいな校舎なの……。うらやましいわ」
ネージュの言葉を聞いたイグニスは小声で尋ねる。
「ネージュ、お前も以前に養成学校にいたのではないのか?」
「だって、イグニスシティの養成学校は古くてぼろぼろだもの。最悪だったわ」
前を歩く職員が笑いながら説明する。
「ほほほ!弊校は2年前に改築したばかりでしてね。全寮制ですが、生徒たちからも快適に暮らせると評判なのですぞ。改築には弊校教官のリヴィエル先生も多額の出資をしてくださったのです」
やはりリヴィエルはこの学校の教官であるようだ。彼がこの学校に出資したと聞いて、二人は改めて彼の財力を思い知らされた。
二人は職員に案内されて校舎、特別棟、学生寮、訓練施設などを見て回った。そして、ついに彼らは先ほど敷地の外から見えた広場へと足を踏み入れた。
「おお、今ちょうどリヴィエル先生が魔法の実技指導をしているところですな」
見ると、広場の中央で少年と少女が向かい合って立ち、リヴィエルと他の生徒たちが周囲でその様子を見守っている。
「『激流殴打』!」
「『水神乱舞』!」
向かい合った生徒二人はそれぞれ唱えて飛び上がった。少年は拳を振るい、その腕から大量の水を噴射して水の拳を形成する。少女は舞うように回転しながら円盤形の水の刃を飛ばす。
しかし、二人の放った魔法はぶつかり合って消滅し、二人は衝撃で互いに吹き飛ばされてしまった。倒れた二人に歩み寄り、リヴィエルが指導を行う。
「止めだ。二人ともまだイメージが足りない。水路に手を突っ込んだときの流れる水の感覚を思い出すんだ。後で水路に行って確認してくるといい。そしてそのイメージを戦闘中常に欠かしてはいけない」
「「はい!!」」
生徒は威勢良く返事をしながら立ち上がった。
ふと、リヴィエルは視線を感じたのか、後方を振り返った。そして、イグニスとネージュの姿を捉えると血相を変えた。
「君たちはさっきの……!なぜここにいる!?」
「ちょっと見学しに来ただけよ」
「先ほどは申し訳なかった」
「おやおや?お二人はリヴィエル先生のお知り合いだったのですかな?」
職員が驚いたように、イグニスとネージュ、そしてリヴィエルの方を交互に見やる。リヴィエルは怒りを露わにしながら続けた。
「僕に関わるなと言っただろう!それに、今は授業中だ!」
ひたすらに二人を拒絶するリヴィエルに、イグニスは歩み寄る。
「分かっている。貴方の仕事が終わったらでいい。少しだけ話をさせてくれないか」
「ふざけるな!今すぐ帰ってくれ!」
リヴィエルは話を聞こうとしない。
……そんな彼らの上空に水の波紋のようなものが浮かび上がり、そこから怪しげな影が出現したことに、彼らは気付いていなかった。影は波紋から顔を出すと、ガーディアン養成学校の敷地を見下ろした。
「にゃ?あの青い髪……。にゃはは!間違いないにゃ!」
影は空中で人知れず笑い声を上げた。
「四大勇者アクアの子孫、リヴィエル!見ーつーけーたーにゃーー!!」




