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第1話 目覚め、そして変貌

 暖かい日差しが顔に当たっていることに気づき、イグニスは目を覚ました。長い長い夢を見ていたような気がする。


 一体ここはどこだ?眼前には見知らぬ白い天井が広がっている。彼はベッドの上で布団を被り、眠りについていたようだ。


 彼はゆっくりと身を起こす。見渡してみると、そこが小さな部屋であることが分かった。太陽光が差し込み、青空が見える窓が一つ、その反対側の壁にドアノブのついた木の扉が一つ。彼が寝ていたベッド、可愛らしい動物のぬいぐるみがいくつか置かれた棚、簞笥といった最低限の家具。


 そして部屋の隅には大きな姿見がある。彼はベッドの横に置いてあった黒い靴を履いて立ち上がると、吸い寄せられるように姿見の前へと歩み寄った。そして、そこに映った姿に自身の目を疑った。


 鏡に映ったのは、屈強な赤髪の男などではなかった。代わりに映ったのは、白いワンピースを着た、長い銀髪の可憐な少女だった。年齢は15歳くらいだろうか。瞳が赤いことを除いては、本来映し出されるべきイグニスの容姿とは全く異なっている。鏡の中の少女も、彼と同じ驚愕の表情で彼を見つめ返していた。


 誰なんだこれは……。これが自分の姿なのか……?イグニスは混乱しながら思わず顔に手をのばした。鏡の中の少女も全く同じ仕草をする。まるで他人の体を動かしているかのような奇妙な感覚だ。


 続いて彼は自分の手に視線を移した。本来の彼の手よりも明らかに小さく、しなやかな指であり、傷一つない透き通るような肌である。まるで人形のようだ、と彼は思った。


 見下ろしてみると、自分も鏡の中の少女と同じワンピースを着ていることが分かる。そして、目と地面との距離が異様に近いことから、身長が縮んでいることも悟る。


 なぜなのかは分からないが、どうやら自分は本当に少女の姿になってしまったようだ、と理解せざるをえなかった。


 イグニスが困惑しながらもこの極めて不可解な状況を把握し始めた矢先のことである。突然、窓の外でけたたましい警告音が鳴り響き、男性の声で大音量の放送が流れ始めたのだ。


『警報!警報!魔王軍の飛行艇が接近中。市民は直ちに中央シェルターへ避難せよ!』


 魔王軍、という言葉を聞いた途端、彼は電撃を受けたかのような反応を示した。魔王軍?今、魔王軍と言ったか?


 彼は窓へと駆け寄る。鍵を外して窓を開け放ち、眼下を見下ろす。この部屋はどうやら建物の2階のようだ。


 この建物と、その正面に並んだ2階建ての建物の間に細い路地が通っている。その路地を、大勢の人々が我先にと視界の右奥へ駆けていくのが見えた。緊迫した警報は繰り返し鳴り響き、人々の危機感を煽っている。


 魔王軍と聞いて、イグニスはいてもたってもいられなくなった。自分は四大勇者の一人、火炎魔法使いのイグニスだ。自分も行かなくては!


 彼はすぐさま窓に背を向けて駆け出すと、部屋の入り口の扉を跳ね飛ばし、見知らぬ建物の階段、廊下を駆けていった。建物の中には他に誰もいないのか、彼をとがめる声はない。


 玄関にたどり着いた彼はそのまま扉を勢いよく開き、外の光景を目にした。相変わらず多くの人々が走って避難している途中である。彼は人々の逃げる方とは逆方向へと、迷わず走り出した。


 彼の視界に飛び込んでくるのは、見慣れない恰好をした人々、建築材料の見当もつかない建物の列である。そして道路は未知の材質で舗装されており、黒くて硬い。一体ここはどこなのだろうか。だが、そんなことを気に留めている場合ではない。魔王軍がいるのだ。魔王軍を倒さなければ……!


「お嬢ちゃん、どこに行くんだ!そっちは逆方向だぞ!」


「今戻ったら危ない!早く逃げろ!」


 途中、背後から口々に警告の声が浴びせられる。端から見れば、少女が自分の家族でも探しに危険地帯へと引き返していくようにしか見えないだろう。イグニスは投げかけられる声を無視して走り続ける。少女の姿であるからか体がとても軽く、いくら走っても疲れない。


 しかし、ふと彼の心に一抹の不安がよぎる。普段とは異なるこの体でこれまで通りの火炎魔法は使えるのか……?だが、迷っている暇はない。


 走るうちに街路を抜けて丁字路に突き当たり、手前側に向かって緩やかにカーブした広い道路に出る。道路の向かい側には石材でできた塀が建ち並び、その向こうに建物は一つも見えない。


 そして、視線を上へ移したとき、彼は目にした。空の彼方に不気味に浮かび、こちらに接近しつつある巨大な飛行艇の姿を!


 甲虫の羽のような黒く禍々しい光沢。側面からは昆虫の翅のような形状の機構が延び、せわしなく動いている。間違いない。あれが魔王軍の飛行艇だ。


 イグニスは道路を渡って、胸の高さほどの塀の前で立ち止まった。そしてその向こう側を見るなり、再び自身の目を疑った。


 塀の向こうは、地面でも水辺でも何でもなかった。見渡す限り、青一色。そしてところどころにかかる白い靄。いや、靄ではない。雲だ。


 彼はそこでようやく理解した。この街自体が、空に浮いている。そしてその街の縁の部分に、彼は立っているのだった。


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