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前編

こちらの作品は、拙著『笑顔を探そう』の続編となっておりますが、そちらを読んでいないかたでも楽しめるように書いています。もちろん前作『笑顔を探そう』をお読みいただいたかたもより楽しめる内容となっておりますので、お楽しみいただければ幸いです。

前編、後編の二編に分けてお送りいたします。

「まずはみんな、卒業おめでとう。四月からはとうとう中学生になるな」


 江田先生にいわれて、みんな思い思いの顔でうなずきました。泣きはらして目が真っ赤になっている子もいます。最後のときを楽しむかのように、友達と冗談をいっている子もいます。しかし、どの子たちもこの小学校を出て、春になれば新しい制服を着るのです。きっとそのときは、泣いている子も笑顔で、そして笑っている子はもっと笑顔で、中学校の門をくぐることになるのでしょう。と、江田先生がパンパンッと手をたたきました。


「さて、それじゃあみんなに、最後だから宿題を出そうと思う」


 江田先生の言葉に、クラス中がシーンと静まり返ってしまいました。そのあとに、ざわざわとざわめきが起こります。


「宿題?」

「春休みの?」

「誰に提出するんだ?」


 みんなの頭の上に、たくさんのはてなマークが浮かんでいるようです。それは祥子も同じでした。


 ――江田先生、いっぱい宿題出してたから、今日も出すのかな――


 五年生、六年生と、祥子は二年間江田先生のクラスで学んできました。五年生の最初のころは、祥子は少しも笑わない子だったのですが、江田先生に助けてもらい、じょじょに笑いかたを思い出していったのです。父親と離婚して、祥子と二人で暮らすようになったお母さんは、仕事の疲れもあって、よく祥子にあたっていたのです。『笑いかたが下品だ』といわれたことで、祥子は笑えなくなっていたのでした。


 ――江田先生、ママともちゃんと向き合ってくれた――


 何度も家庭訪問を重ねることで、最初は江田先生のことをうっとおしそうに思っていたお母さんも、少しずつ祥子によりそうようになり、今ではお母さんとも助け合い、家でも少しずつ笑えるようになっていました。でも、江田先生は優しいだけの先生ではありませんでした。


 ――中学校の予習とかかな? また『毎日プリント』配るのかな――


 夏休みや冬休みは、計算ドリルや漢字ドリルのほかに、『毎日プリント』と呼ばれる、江田先生オリジナルの問題集を解かなくてはなりませんでした。とはいえ、計算ドリルや漢字ドリルのような、味気ない問題集とは違い、それらはとても面白い作りになっていました。


 ――ゲームブックみたいに、間違えた問題数で次に解くプリントのページが変わるんだよね。毎日プリントなのに、百枚近くプリントがあるのも、使わないプリントが出てくるからだったわ――


 祥子はふふっとひとりでに笑いました。実際には、ほとんどの生徒が使わなかったプリントまでも全部解いて提出していたので、江田先生が『これじゃあゲームブック風にした意味がないじゃないか』と苦笑いしていました。それを思い出して笑ったのですが、となりの恵子がそれを見つけて、からかうようにいいました。


「あっ、また祥子笑ってるわ! いくら江田ちゃんが好きだからって、宿題出されるのに笑わないでよ」


 恵子の言葉に、クラス中が爆笑のうずに包まれました。祥子の顔が真っ赤になります。


「もうっ、ちがうわよ!」

「いいからいいから、ほら、最後なんだし、江田ちゃん先生に告白しちゃいなさいよ」

「恵子ちゃんのバカッ!」


 そっぽを向く祥子を見て、江田先生は苦笑しながらもう一度手をたたきました。


「ほらほら、ちゃかすんじゃない。いっておくが、これは相当に難しい、そして面白い宿題なんだぞ。なんてったって、先生が徹夜で考えた問題なんだから」


 江田先生の言葉に、みんなうっと顔をしかめます。クラス中のしかめっつらを、江田先生は満足そうに見まわしながら、やがてプリントをトントンッとたたいて整理しました。


「さぁ、それじゃあ配ろう。前の人は、うしろの人へ回していってくれ」


 江田先生にプリントを渡され、一番前の席の人たちは、固まってしまいました。とまどいながらも、うしろに回していきます。いったいどんな問題だったんだろうと、祥子も身構えながらプリントを見て、そして思わず「えっ?」と声をあげてしまいました。


「……先生、これ、印刷ミスなんじゃないですか?」

「あたしのも、なんにも書かれていないよ」

「卒業式だから、江田ちゃん先生あわててたんでしょ?」


 恵子がまたもちゃかして、クラスが再び爆笑のうずに包まれました。江田先生もアハハと笑いましたが、首を横に振りました。


「いいや、それが今日の宿題だ」

「えっ?」


 江田先生の顔を見て、みんなどうやら先生が本気だということに気がついたようです。再びクラスがざわざわとざわめき、みんなお互いの顔を見合います。


「ちなみに、提出期限はない。できたと思った子は、先生に提出してくれ。明日でもいいし、中学校になってからでもいいし、……十年後でもいい」


 いったい先生はなにをいいたのでしょうか? みんなぽかんとしていましたが、祥子がスッと手を挙げました。


「祥子、どうした?」

「先生、問題はなんなんですか? 問題文が書かれていないと、どう答えていいかわからないわ」


 祥子の言葉に、みんなもうなずきあいます。江田先生は優しい笑顔を浮かべてうなずきました。


「そうだな。今までの宿題やテストなんかじゃ、ちゃんと問題文が書かれていたもんな。……でも、今回の宿題は、問題文も自分で見つけないといけないんだ」


 みんなとまどったような、むしろおびえたような表情を見せました。江田先生は続けました。


「みんなはこれから、中学生になる。今までは、問題ってのは紙に書かれていて、それを解いていけばよかったな? そしてそれは、君たちの生きかただってそうだった。小学生のころは、先生や親のいうことを聞いていれば、怒られることはなかったかもしれない。……でも、これからは違うんだ」


 江田先生は、今一度クラスのみんなの顔を見まわしました。


「中学生になれば、部活動も自分で決めるだろうし、高校に行く子は、どの高校に行くか決めなければならない。中学校になれば、試験もある。勉強をがんばるかどうかも、結局は自分で決めることになる。……それに、みんな好きな人もできるだろう。友達とも、今までよりももっと深いつながりができる。中学校っていうのは、そういう宝がたくさん眠った、宝島のようなところなんだ」


 いつの間にかみんな、一心不乱に江田先生の話を聞いていました。江田先生は続けました。


「……そこで先生は、宝島を旅する君たちに、地図を渡そうと思ったんだ。難しい言葉で、羅針盤といってもいいかもしれない。これはコンパスのことだ。君たちが目指す宝物にたどり着くため、進むべき道を決めてくれる……。それがこの白紙の問題用紙だ」

「でも、この問題用紙、っていうか白紙、地図なんて書かれてないわ」


 恵子がすねたようにいいました。江田先生は笑ってうなずきました。


「そりゃあそうさ。この問題用紙にはね、問題も、もちろん答えも、まだなにも書かれていないんだ。……だから君たちに出す宿題は、この問題用紙に問題を、そしてそれに対する答えを書いてほしいということだ」

「問題、そして、答え……?」

「そう。中学校もそうだし、そのあと高校、大学に行く子もいるだろう。就職して、社会に出る子もいるだろう。どちらがいい、どちらが悪いとは、先生はいわない。ただ、そこにたどり着くときに、ただ流されてたどり着いたのか、それとも問題を、そして答えを探してたどり着いたのか、それによって、いいか悪いかは変わるだろう」


 江田先生はなにかを思い出すかのように、遠い目をしていましたが、やがてもう一度みんなを見まわしました。


「……答えを知っているのと、答えを探すのとでは、意味は全く違う。そして人生においては、答えを探す力のほうが大切なんだ。……そうしないと、なにもできない傍観者としてしか生きられなくなってしまう。この地図はね、君たちが問題を、そして答えを探すための助けになるものなんだ。この地図を手にした君たちは、おめでとう! 問題を探すための地図を手に入れた。これで君たちは、どんな荒波にもまれても、しっかり船をこいでいけるよ。……そしていつの日か、答え合わせをしよう。君たちがこの白紙の地図に、どんな素晴らしい地図を描くか、先生は楽しみに待っているからね。……さぁ、それじゃあ最後のホームルームを終わろう。祥子、号令をかけてくれ」


 祥子はうなずき、「起立!」とはっきりした声で号令をかけました。


「礼!」

「ありがとうございました!」

「ぼくのほうこそ、ありがとう。また会おうね」

後編は本日1/13の19時台に投稿する予定です。

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